第拾参話




 人1人くらいなら簡単にその内部に収めることの出来る巨大な筐体。それが両手の指では足りない程立ち並ぶ、これまた巨大な空間。今は動きを止めている筐体の前に、10人程の人間が集まっている。その中で1人、紅い髪の女性が残りの人間達を前にして何事か口にしている。手の持った紙の束をめくりつつ、熱心に、力強く言葉を続けている姿は、まるで教壇に立つ教師のようだ。
「随分と成長したものじゃて」
 その姿を確認して、嬉しさと慈しみを込めて紡がれた言葉は弥刀の物。手元に設置されているコンソールを指が霞む程の速度で叩いているにもかかわらず、彼女の視線はキャットウォークに立つ人間達に注がれている。その視線は子供を見守る親そのものだ。
 と、暖かみと慈しみを含んでいた視線に、一抹の鋭さが含まれた。視線の先には、金髪の美女と、銀髪の少年。女性が少年の頭を撫でようとしては避けられている、端から見れば微笑ましいと言える2人の姿。
 だが、それは2人を表面だけでしか見たことのない人間の感想だ。そして少なくとも弥刀は表面だけを見る女ではない。
「強がってもやはり忘れられはせんか……」
「? なんか言ったか?」
 傍らにしゃがんで何やら作業をしていたでかい熊、もとい緋稲田がその巨体を立ち上げる。
 弥刀と並べば縦も横も有に二倍近く幅があるだろうか、日本人離れしたその巨体が直立するだけで、部屋の中の空気が一気に膨れ上がる。
「気にするでないよ……それよりも、機体の方はぬかりないじゃろうな? 歩き出した途端にすっころんだなどとわしは聞きたくはないよ」
 独白した言葉を悟られないよう、軽く手を振り話題をすり替える弥刀。
「それに関しちゃ抜かりねぇぜ。何たって俺んとこの連中が徹夜で仕事したんだからな。あとはお前さんのシステムと嬢ちゃん達の腕前次第ってところだ」
 おそらくは感づいているだろうが、緋稲田もそれ以上は追求してこなかった。立派とも言える髭を撫でながら、挑戦的に弥刀に言葉を返す。
「ふん、言ってくれるよ。わしとて頼まれた以上は完璧に仕上げてみせるて……というかよ、そもそも何故わしを呼んだ? あの娘達の受け持ちはぬしじゃろうが」
 疑問を投げ掛ける弥刀に、さも当然と言った口調で言葉を返す緋稲田。
「ソフト面に関しちゃ俺は得意分野じゃねぇんだ。副司令からはさっさと仕上げろってせっつかれるしよ。で、幸いなことにこの横浜基地には、俺が三日かかる所を一日で仕上げる女が居るからな」
 それ以上は言わなくても解るよな? と視線だけで語ってきた緋稲田に、呆れ半分嬉しさ半分の視線を投げかける弥刀。何だかんだ言っても彼女自身頼られることは嫌いではないのだ。
「戦術機の重量変動計算を暗算でする男が何を情けないことを……」
 僅かに照れ隠しじみた言葉は、途中で途切れさせられた。弥刀と緋稲田、2人して音のした背後を振り向けば、閉まる電子扉を背に、白衣を纏った女性が近づいてくる。
「夕呼か。わざわざこんな所まで出てくるとはご苦労なことだの」
 その正体をいち早く見破った弥刀が、何でもないかのように呟くとコンソールに向き直る。仮にも一つの基地の副司令を前にして一介の整備員が取っていい態度ではないが、香月自身気にした様子もなく、弥刀のそばに歩み寄ると彼女の手元を覗き込み、感心したように頷いた。
「流石、JIVESを生み出した弥刀主任ですわね。それほどの速度と精度は誰にも真似は出来ませんわ。緋稲田主任の判断も間違ってはいなかったようですね」
 香月に何か苦手意識でもあるのか、苦虫を噛み潰した表情の緋稲田を視界に収めながら、感心しているのか馬鹿にしているのかよく解らない口調の香月。
「下手な世辞はいらぬよ。それにぬしに敬語を使われるなどむず痒くてかなわん。いつも通りの小生意気な口調は何処かへ忘れてきおったか? それとも、何ぞ悪い物でも食ったのかよ?」
 作業の手は休めず、呆れを含んだ口調で弥刀が切り返す。それに小さく肩を竦め、薄く笑う香月。
「これは手厳しいですわねぇ……弥刀主任、作業終了まであとどれくらい掛かります?」
 普段通りのきつい口調。それでも敬語は忘れないのは、弥刀への尊敬か、それとも畏怖の所為か。
「わざわざそんなことを聞きにくるほどでもあるまいに……もう間もなく、十分少々と言ったところかの。あの娘達の話が済む頃には、シミュレーターの中身は別物に変わっておるよ。それで? 更新分は人数分で構わんのか? どうせこの後はあの娘達の所へ行くのであろうて」
 またちらりと視線を上げ、弥刀はシミュレーターの筐体の前に立つ女性達に目をやる。
「ええそうです……ああ、いえ、レムレース少尉の分は必要ありません。彼……いえ、彼の機体は特別ですから」
 意味深に呟いた香月の言葉に、猛烈な勢いでコンソールを叩いていた弥刀の手がピタリと止まった。
「それよ」
 なにを思い出したのか、香月へと振り向いた弥刀は普段の眠そうな双眸を僅かに細め、じっと彼女を見つめる。
「すまんが久志貴よ、少々席を外してくれんかの。わしは夕呼に聞きたいことが一つ二つあるでな」
 視線は香月に向けたまま弥刀が言い放つ。2人を見つめていた緋稲田が、弥刀の変化を機敏に察し部屋を後にした。2人きりとなった弥刀と香月。
「聞きたいこととは?」
「リオとか言う坊の事よ。わざわざ『機体』と言い直したところでわしを誤魔化せるとは思わんことだよ。ぬしは先程、特別、だとぬかしよったの。それはどの意味でじゃ?」
「仰っている意味がよく解りませんが?」
 本音半分、誤魔化し半分で香月が惚ける。だが弥刀は詰問の手を緩めない。
「簡単なことだよ、あの坊の中か、外か、それとも全てを含めてか。わしとて軍という物に入って随分じゃ。よからぬ噂も多々聞いておるからの、思い当たる節がないと言えば嘘になる」
「………」
 静かに見つめてくる弥刀の視線に、立場上は圧倒的に上位であるはずの香月が口を閉ざす。彼女の頭の中にはいくらでも誤魔化しの言葉は浮かんでくる、しかしそのどれもが弥刀には通用しないと確信出来るのだ。ならば一番良い方法は口を閉ざすこと。
 しかしそれは隠し事をしていることを認めることにも繋がる。
「………」
「………」
 しばしの睨み合いに、部屋の中の空気が硬直する。先にその硬直を破ったのは弥刀だった。
「……まぁよいよ。無茶をさせんのならな」
 普段通りの眠そうな双眸に戻り、コンソールへ向き直る弥刀。その背後で香月が弥刀に気付かれないよう肩の力を抜いた。
「引き留めて悪かったの。それともうあの娘達の元へ行くなら、シミュレーターは何時でも使用可能だと伝えておいてくれるか」
「わかりましたわ」
 振り返りもせず言う弥刀に、その背中を目にして部屋を後にしようとする香月。お互いに背を向けあったその時、思い出したように弥刀が付け加えた。
「ああそうじゃ。夕呼よ、あの坊の記録だがよ、いくら誰も覗かんとは言え検査結果をそのまま記すのはお粗末だよ。あれほど小柄な体で、体重が成人男性並みと書かれていては、誰でも不自然に思うよ」
 苦笑を含んだその口調に、一旦足を止めた香月は、僅かに顎を引いた後部屋を後にする。
 入れ違いに入ってきた緋稲田は、何も聞かないまま、肩を竦めると作業に戻る。その気遣いに心中で感謝しつつ、弥刀は小さく呟いた。
「本当に頑固なものだよ……困ったものじゃて」



 伊隅の口から紡ぎ出される説明に、誰しもが怪訝な表情を隠せずにいた。それに負けず劣らず伊隅自身も顔を顰めている。何故なら、部隊長であるはずの伊隅でさえ、更新されたOSの特性を掴み切れていないからだ。持ち主、といえるかどうかは解らないが、搭乗者である自分達に相談もなく、一昨日突如として告げられた仕様変更。しかも変更内容は操縦の簡易化と、行動キャンセルなる聞き覚えのないものだった。
「……不思議そうな表情をするな。私だってさっき聞かされたばかりなんだ」
 自身が理解出来ていないことを他人に説明しろと言われても、そう簡単にはいかず、珍しく、声が小さくなる伊隅。いつも通りの損な役回りではあるが、これも上に立つ人間の仕事を割り切ったのだろう。小さく嘆息すると、いつもの冷静な視線を取り戻す。
「さて、説明は以上だ。何か質問は?」
「はいはーい」
 いつもの軽い調子で、朝光が手を挙げた。もう片方の手は逃げ回るリオの頭を追っている。その様子を出来るだけ気にしないよう返答する伊隅。
「何だ?」
「もうシミュレーターに実装されてるらしいけど、全員分の蓄積データってどうなってるの? まさか全消去されたとか、全く別のパターンに変わってるとか無いわよねぇ?」
「データ自体は残っているのだが、殆ど別物と言っても差し支えないそうだ。その点で考えれば一から覚え込ませることに代わりはない……と言うより、このOSはまだ初期型だからな、既存のデータで何処まで変更に付いていけるか、また操縦系統の変更による衛士への影響はどうか……とりあえず今回はさっさと慣れろと言うことだ」
「うぇ~……初期OSって実際に動かす感覚と微妙に誤差があるから気持ち悪いのよねぇ。反応が鈍いってのも嫌いだし」
 溜息も付随させ心底嫌そうな表情で言葉を吐き出す朝光。と、足音と共に別の声が場に割り込んでくる。
「鈍いですって? 搭乗したらそんなこと言ってられなくなるわよ」
 唐突に聞こえてきた挑発を込めた声に一同が視線を向ければ、そこには白衣の美女。横浜基地副司令兼直属の上司である香月夕呼のお出ましであった。
「っ!? 敬礼!」
 いきなり雲の上の人物の登場に、ヴァルキリーズの全員が踵を揃える。同時にリオが嫌そうな表情を浮かべ、香月もウンザリした表情を浮かべたが、彼女の場合理由が違う。
「伊隅ぃ~、止めてって言ってるでしょ。あなたも少しは朝光を見習って、肩の力抜きなさいよ」
「はぁ……いえ、その……」
 答礼代わりに手を振りながら、朝光を引き合いに出す香月。そして微妙に対応に困る伊隅。
「わーい誉められちゃったぁ。ほらほら、みぃちゃんもそんなだからまーくんに気付いて貰えないのよぉ?」
「きさっ……! ………失礼しました」
 相も変わらず一言多い朝光の言葉に反応しかけて、香月の前だと気付いた伊隅が自制心を振り絞って矛先を収める。
「あら、私は続けて貰って一向に構わないわよ?」 
「……そんなことより副司令。折角お出で頂けたのですから実装されたOSについて副司令自身から説明していただけませんか? 私ではどうにも要領が掴めません」
 小さく笑っていた何人かを視線の一睨みで黙らせ、話題をすり替える伊隅。本人もからかわれているという自覚はあるようだ。
「ん……そうね、あなた達の機体に搭載された新OSについてなんだけど……」
 技術者としての目になった香月が佇まいを直し、腕を組む。専門家であれば自分の説明より数段解りやすいだろう、そう思った伊隅の期待は、予想以上の形で裏切られた。
「説明するのめんどうだからからパス。さっきあなた自身が言ってたでしょ、乗って慣れなさい」
 香月が投げやりに言い放つ。彼女特有の長ったらしい説明を覚悟していたその場の全員が脱力感に苛まれた。
「あの、副司令。それではあまりにも……」
「だって本当に面倒なんだもの。まぁ参考程度ってぐらいだけど……操縦系統の遊びが従来の3分の1になったとでも思いなさい。結構繊細に扱わないと、無様な結果になるわよ」
「3分の1……!? それって殆ど無いって事じゃ……」
「うわ……本当に別物になっちゃったんだ」
 多種多様な反応を返してくるヴァルキリーズの面々を楽しそうに見つめていた香月が、何かを思いだしたかのように手を打つと、リオを手招きし言葉を続ける。
「リオをちょっと借りるわ、この子は慣熟訓練なんて必要ないし。あなた達は午前シミュレーター、午後実機演習よ。演習はチーム戦ね、振り分けは……伊隅、任せるわ」
「えぇ~……」
「はぁ……」
 ビシッとリオを指差し、付いてきなさいと言い放ち歩き出す香月に、もはや抵抗する気力も萎えたのか、生返事を返す伊隅。それでも本人の特質か、思考の切り替えは早く、香月とリオが格納庫を後にする頃には指示を飛ばす声が聞こえてきた。
「何ですか? データならあらかた見せたはずですよね?」
 白衣の背中を見つめながらそう切り出すリオ。ヴゥルカーンに蓄積されていた向こうの世界での戦闘や兵装に関してのデータは、既に香月の脳へと吸収されているはず。ここの所十分な睡眠時間を確保出来ていたのだがその証拠だ。
 にも関わらず、わざわざ香月自身が呼び出しに来るとは何事か。
「………」
 リオの問には答えず、ただ先を行くだけの香月。その背中は、一切の質問を拒絶している。
 いや、拒絶していると言うより、場を弁えろと言っているようだ。
 その意図をくみ取ったリオは、表情を改め、素直に追従していく。地上から地下へ、それからB19フロアの香月の部屋へ。自分達が入っていく部屋とは別の扉がある事が気に掛かったが、どう見ても香月に聞けるような雰囲気ではなかった。
「あなた、最近何か夢を見た?」
 部屋に戻り定位置とも言える執務机のイスに座り込み、開口一番香月はそう切り出した。
「夢……?」
「そうよ。具体的に言うと、元の世界での記憶みたいな内容の夢。見た事ある?」
 その言葉に視線を左上に上げ、記憶を掘り返すリオ。ややあって、首を横に振った。
「……夢に見ることはないですね。生活中に思い出すことはありますけど」
「そう。……まだ見てないって事かしら? でも白銀は……作り物じゃやっぱり駄目って事……?」
 しかし、最初の単語しか気にしなかったのか、思案顔になった香月は、何やらブツブツと呟き、勝手にパソコンに向き直る。
「やっぱり本人以外関係がないって事かしらね? それとも存外強い繋がりがあるのかも……もう一つ質問、この世界に来て元の世界にいた人間と出会った? もしくは同じような場所を見たと言うことは?」
 これに関しては即答するリオ。
「それも無いですね……だいたい違う世界にボクの知ってる人間がいる訳無いじゃないですか」
「さあどうかしら? 『外には自分と同じ人間が3人は居る』って言うぐらいだしね。もしかしたらあなたが気付いていないだけかも知れないわよ」
 パソコンの画面からこちらへと視線を移した香月。その口角が一瞬持ち上がった事にリオは気付けなかった。
「どういう事ですか?」
 釈然としないといった風にリオが聞き返すも、香月はこれ以上の問答は必要ないと言うかのように手を振って退室を促す。必要なところだけぼかされた恰好だが、香月自身喋る気がないならこれ以上粘っても無駄なことだ。失礼します、と小さく言い捨てて、電子扉を開けた直後。
 ゴツッと鈍い嫌な音を立てて、リオの額に何かが衝突した。
 一瞬目の前に火花が飛ぶ。後ろに仰け反った頭を元の場所に戻すと、額に手を当ててしゃがみ込んでいる人間らしき物体が目に入った。
「あが~」
 変な声が聞こえた。
 自分と同じ透き通るような銀髪と、ウサギの耳に似た髪飾り。しゃがみ込んでプルプルと痛みに耐えながら、小さな手で額をゴシゴシと擦っている。以前、白銀の部屋に居候していた時に会った、白銀が霞と呼んだ少女だった。
「大丈夫……?」
 頑丈なリオとしてはそれなりに衝撃はあったものの、さほど痛み自体は感じてはいない。その分目の前の少女に痛みが移ったようで、気丈にも立ち上がり視線を向けてきたその目尻には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「あ……赤くなってる」
 少女の額を指差し、無粋に言い放つリオ。それに気付いた少女は、若干頬を染めながらも、反抗の意志を示しているのかリオをむっと睨み付けた。とは言っても、年端もいくらの、見た目可愛い少女が睨んでもまったく迫力はない。むしろ背伸びしている感が有って微笑ましいぐらいだ。
「リオ、あんまり彼女を苛めないでちょうだい。社、こっちいらっしゃい」
 背後から聞こえた声に、反論しようとしたリオの前を、少女―――社が通り過ぎていく。いつぞやと同じように、チラリとリオを一瞥するその視線に、何か覗き込まれるような感覚を憶え、背筋を震わせる。
 妙な気配に眉を顰めながら、退室しようとしたリオの背後から、香月の声が飛んできた。
「この時間なら実機演習に間に合うでしょうから、あなたも混ざりなさい。振り分けは伊隅に一任してあるから。それとあなたの機体を最大積載状態に変更している途中だから、緋稲田主任の手助けに行きなさい」
「分かりました」
 顔を上げないまま、手をヒラヒラと振ってリオを送り出す香月。こちらを見つめ続ける少女が気に掛かったが、追求するのも面倒なのでリオはそのまま部屋を後にする。
 コツコツと靴音を響かせながら、長い廊下を歩く。蛍光灯を反射する白い床が、静謐さを際立たせる。
「………」
 コツコツコツコツコツコツコツコツコツ………
「………」
 コツコツコツコツコツコツコツコツコ、カツ………
「……?」
 違和感を感じ、背後を振り返る。だがそこには先程自身が歩いてきた廊下が広がっているだけ。首を傾げながらも、気のせいかと思い直し、歩き出す。
 コツコツコツコツコツコツコツコツ………カツ。
「!?」
 今度こそ、明確に違和感を感じ取った。自身の足音に、別の足音が混ざっている。誰が何時の間に背後に、と焦りを憶えながらも振り向く。だが、予測に反して、そこには足音を発生させるべき「何か」は存在していなかった。
 とは言え、2度目ともなれば流石に気のせいで済ませる訳にはいかない。姿も見せず、追跡してくるような人物が、まさか香月や先程の少女な訳が無く、しかもリオに察知されなかったとは、かなりの手練れであると判断出来る。
 腰の後ろに手を回し、そこに愛用の得物がない事に気づき、小さく舌打ち一つ。腰に結び付けている物を小さく響かせ、落ち着けと自分に言い聞かせる。ちりんと澄んだ音色がささくれ立ちそうになる神経を優しく撫でた。
 ここまで見事に気配を消す相手に、無手で立ち回りなど演じたくはない。一気に突き放すべきだと確信、回れ右のあと駆け出そうとして振り向いた途端、ボフッと何かにぶつかった。
 予想外の反動に、尻餅を付くリオ。そんな彼の頭上から飄々とした声が振ってくる。
「いけないな。作られた時にちゃんと前を向いて歩くということを教えられなかったのかね?」
 先程まで一切の気配もなかったのに、今はそこにいる。上等そうなスーツを身に纏い、目深に帽子を被りながらどこか惚けた笑みの様子の中年男性。日常で出会ったとしてもさして気に留める程でもなく、何処にでも居そうな至って平凡な男。
 しかし、笑みを浮かべているその目には、深い知性と中身の見えない不気味さを孕んでいた。深海のような視線に引き込まれ、男の言った台詞を聞き逃してしまう。
 底の見えない視線に一瞬惚けたものの、即座に立ち上がり一歩引くリオ。
 場所が場所だけに、迷い込んだ民間人などど言う訳が無く、しかも高位セキュリティの塊であるB19フロアに突如として出現した得体の知れない人間。この男が先程の足音の原因かと認識したリオの瞳に、一瞬で警戒の炎が灯る。
「誰ですか?」
 一応尋ねてみる。だが、男はそれと解る程の余裕を浮かべたまま、こちらの警戒心などまったく意に介さないかのように振る舞っている。
「それもいけないな。人に名を尋ねる時は自分から名乗るべきだと教わらなかったのかな?」
「人の後ろ付きまとうような人間に名前を教えたくありません」
 厳しい口調で返すリオに対し、男は何処までも余裕の態度を崩さない。
「ふむ、至極尤もだ。だが、自身が気に入らないから喋らないとは。それでは情報を入手する事など出来はしないよ? リオ・レムレース君」
 唐突に名前を読み上げられ、一瞬体が硬直する。どうやら目の前の人物は、自分がリオ・レムレースだと知って接触してきたようだ。動揺を悟られないよう、口早に言葉を紡ぐ。
「情報なんて。今MPを呼べばすぐに……」
「私は微妙に怪しい者だ」
「手に入れ……はい? 何ですって」
 聞き間違いでなければ、目の前の男は今自分のことを「微妙に怪しい者」と言い放った筈だ。
 反応に困るリオを後目に、男の言葉は続く。
「因みにその微妙さは……」
「いや、そんな事は聞いてませんって」
「沸かした風呂をしばらく放って置いた時のぬるさ、といったところか」
「あ、それはかなり微妙な……って違う! あなたは誰なんですか! さっきからボクの跡つけ回して!」
「付け回すなどと失敬な。私は君を尾行していたのだよ」
「一緒でしょうが!」
 妙に庶民的なたとえをする「自称」怪しい男に、危うく飲まれる所だったリオ。慌てて納得し掛けた思考を放り出し、詰問する。
「そう簡単に怪しい人間が自分の正体を明かすと思うのかな?」
「それなら無理矢理にでも……って前後の文の繋がりを無視しないでください!」
「私の名は鎧衣だ」
「人の話を……って鎧衣? それがあなたの名前ですか?」
「人に名を尋ねる時は自分の名から……」
「それさっき聞きました」
「いけないな。聞けば何でも答えて貰えると思っているのか?」
「いや、実際答えて……ああもういいです。で、何か用ですか」
「おお、すっかり忘れていた。君で少々試したいことがあったのでね」
 本当に忘れていたのか、ぽんと手を打った鎧衣と名乗る男にリオが言葉を発する前に、鎧衣の体が一瞬で眼前に迫った。予想外の俊敏性に反応が遅れ、身体が動き出そうとした時には鎧衣の手は既に伸びており……。
「はっはっはっ、良く伸びる物だな。シロガネタケルと同じくらいだな」
「いひゃいいひゃいいひゃいぃ~!!」
 リオの頬を思いっきり左右に引っ張っていた。頑丈とは言ってもそれは中身、表面上は普通の人間と変わらないリオは、皮膚自体は大して強化されていない。御陰で子供特有の柔らかい肌が、思いっきり中年男性に弄ばれる事となった。
 妙な会話ですっかり毒気を抜かれていたとは言え、こうもあっさり懐に入られるなど、自身が油断しまくっていたか、相手が相当の手練れかのどちらかだ。そして今回は後者の方に軍配が上がるだろう。何せ鎧衣は革靴を履いているにもかかわらず、リオに近づいてくる時に足音の一つもしなかったのだ。
 頬を抓られる痛さを感じながら、頭の一部では冷静にそんなことを考える。
 身のこなしと気配の遮断の巧さ、そして足音どころか吐息すら消し去る目の前の男。おそらくはスパイ関連かそれより上位の組織に属していると考えられる。そんな男がこの場所にいる理由は……。
「何か勘違いをしていないかな? 私はただ君の後ろを付いて回っていただけなのだが」
 いつの間にかリオの頬から手を放し、ポケットへ収めている鎧衣。その行動すらもリオには認識出来なかった。
「それは手段であって、目的じゃない」
「確かに。だが、その逆も然り、だ。世の中には目的より手段が優先する人間もいるものだからね。目先に捕らわれすぎては全ては見えなくなる、大局的に見ることが出来るかどうかで人間の価値は決まると思わないかな」
「……? どういうことです?」
 まわりくどい言い方に、リオは真意を掴み損ねる。それに小馬鹿にしたように肩を竦める鎧衣。
「先程も言っただろう? 尋ねれば答えて貰えるというのは甘い考えだ。君もシロガネタケルもその辺りを肝に銘じておくと良い」
「何でシロガネが……」
 関係ある、と質問しようとして、リオは踏みとどまる。どうせ先程と同じようにはぐらかした答えが返ってくるだけだ。
「惰性で生きるなど所詮限界がある。他人の立ち居地に収まろうとしても、結局のところ無理は生じるものだ。自身の脚で居場所を探してみるといい」
 明らかに自分に言い放っていると気づきリオが表情を歪める。それを確認した鎧衣は、先程と同様飄々とした笑みを浮かべ、リオの手に何かを押しつけて去っていく。
「では、さらばだ。ハンドメイド君」
 妙な含みを持たせ言葉を言い放ち、リオの脇を抜ける鎧衣。その言葉の意味を理解し、リオが背後を振り返った時には、既に男の姿は消えていた。ギリッと奥歯を噛み締め、射殺さんばかりの視線を背後の通路に投げ寄越したリオは、一つ大きく深呼吸を行うと、普段の年相応の顔付きに戻る。
 挑発に乗った自分に反省を促しながら、ふとリオは鎧衣に押しつけられた物体に目を落とす。
「……ハニワ?」
 シュールな造形の土器性物体が、虚ろな眼窩をリオに向けていた。



「全機データリンクは正常だな? 相手は恐らく鏃陣形で向かってくる。そこで我々は変則鶴翼一陣形……中央をα2、その両翼を3と4、2人の後方を私とα5で固める」
『『『『………』』』』
 視界には3人のバストアップが網膜投影されている。1人足りないが、あちらは機体自体に技術的な問題があり映像が来ない。部下の顔色が窺えないというのは気に入らないが、通信自体は確保出来ているため対処を後回しにされているのだ。
「α2、貴様は敵が食い付けば、我々が前進すると共に後退して誘い込め。迂回するようで有れば、そのまま背後に回り込め」
『了解です』
 静かな風間の声が、確固たる意志を持って伊隅に答える。
「3および4は2の援護及び、迂回を試みる敵の分断役だ。無理に落とす必要はない、1機ずつ確実に引きはがせ」
『はーい』
『りょーかいです』
 柏木と築地は普段通り気楽そうな声。
「5、私と共に遊撃に出るぞ」
『了解……ですけど、今回は若干遅れるかも知れません』
 そして最後に聞こえたリオの声は、若干の力の無さを伝えていた。
「なに? どういう事だ。機体に不備でもあるのか?」
 その声の弱さが引っ掛かるも、今はリオの言った、遅れる、と言う言葉の方が気に掛かる。もしやこの自分になって機体が駄々を捏ねているのだろうか。
『不備というか……兵装が最大まで積まれてますから機動が鈍いんですよ。久しぶりだから慣性移行動作も慣らさなきゃいけません。たくっ……せっかく昼ご飯我慢したのに結局間に合わなかったし』
「貴様の機体が遅れて入場してきたのはそう言う理由か」
『まぁ、それだけじゃないんですけどね……あ、やっぱり慣性修正誤差がずれてる。隊長、もう少し時間を下さい』
 何やらブツブツ呟いているリオに、構わないぞ、と言い放ち伊隅が改めて目の前の機体―――ヴゥルカーンの全身を見つめる。暗い色調の機体は伊隅達の装備している突撃砲や長刀、追加装甲などはなく、どうやら特注らしい見たこともない兵装で身を固めている。
 伊隅達と初めて出会った時と同様、ハリネズミのようにあらゆる兵器を搭載したその姿は、登場している少年とは全く正反対のように感じられた。
 左背部の電磁投射砲は前回の模擬戦で確認しているが、左手に保持する巨大な砲口を持つ兵装、そして右背部にぶら下がる誘導弾のコンテナらしき物は模擬戦では初めてだ。
 因みに何故ヴゥルカーンが最大積載状態なのかというと、それが本来の姿だからである。長刀や突撃砲も装備可能だが、自身の専用兵装の癖を忘れるようでは困る。それに死重量が増えた場合の機動性の鈍さも覚えておく必要があるからだ。
「最大積載量と言うことか。だが、相手にとってはそんな事は関係ないぞ? 何せまた貴様が相手だと知って速瀬が息巻いていたからな。あいつの前で挙動の鈍さなど見せて見ろ、嬉々として向かってくるぞ」
『それは面倒ですね……』
 力無く答えてくるリオ。それが自信の無さから来るのだと考えた伊隅は、珍しいと思った。
 驚かされ、からかわれることもあるリオだが、戦闘、特に戦術機を使用しての模擬戦においては絶対的な自信を持っている筈だ。本人は傭兵時代に鍛えられた御陰だと言っていたが、それだけで到底為し得ない程の操縦技術、反射速度などを持っている。天性の才能があるのか、それとも操縦適性がずばぬけているのか、どちらにせよ、リオ自身は口調こそ弱気だが負けるとは考えていないだろう。
『そうだ、隊長。更新されたOS実際に使ってみてどうですか? 香月副司令は機動性は増しているとか言ってましたけど』
 声だけ聞こえるリオの質問に、視界に映っていた3人が一瞬口元を歪める。その意図を酌み取った伊隅が、惚けたような口調になった。
「ん……まぁ、増していると言っても微々たる物だったな。私達全員をやりこめた貴様なら、気にする程の物でもないだろう」
『そうですか。それならまぁ……警戒する程でもないかな』
『あらまぁ、随分と自信たっぷりですね』
 素直に信じたリオの反応に、自身も含めて残りの人間が笑いを噛み殺した。本当のところ、機体の操縦性とそれに伴う機動性の向上は、微々たる物などと言えるレベルではないのだ。まったくの別物といえる機体の変化に、情けないことに伊隅でさえ戦術機の膝に泥を付けてしまったし、築地など盛大にすっころんでいたのだから。
 では何故その事をリオに伝えないのか。
 それは前回の模擬戦におけるヴゥルカーンの推進機構の新機能を隠していたリオへの意趣返しと、ちょっとした悪戯心が混ざった感情の所為だ。
 あまり誉められた行為ではないが、やられっぱなしと言うのは伊隅の、そしてヴァルキリーズ全員の性にはあわない。
『わかんないよ~リオ? 向こうは5機中3機が前衛だからねー、もしかしたら振り回されるかも知れないよ?』
『そうそう~、何たって水月中尉だしぃ~。中尉はやる気に比例して機動性が増す人間だからさ、ひょっとしたら凄い機動するかも知れないよぉ』
 柏木と築地がわざと不安を煽るように言葉を吐く。
『……なんだか嬉しそうですね』
 何か察知したのだろうか、微妙の温度の下がったリオの声が聞こえる。
『あはは、まさか~。これでも緊張してるんだよ? ねぇ多恵』
『ウンウン、スッゴクキンチョウシテルヨ?』
『築地少尉の片言がすっごく気になるんですけど。しかも疑問形ですし』
 仲の良い3人の遣り取りを眺めてながら、伊隅は視界の隅で演習開始の時間を確認した。それは間もなくに迫っている。
『大尉、楽しそうな所恐縮ですが、間もなく開始です』
「ふ……からかうな風間。貴様達ももういいだろう、ウォーミングアップはそれぐらいにしておけ」
 綻んでいた口元を引き締め会話を終わらせる伊隅。風間と柏木が小さく笑う。
 が、次の瞬間にはその笑みが別の種類に変わった。
 短い電子音と共に、レーダー上に、赤色で新たなマーカーが表示される。それが1機、2機と増え始めた。
「各機、迎撃開始」
 冷たさを増した伊隅の声が響いた。
『音紋感知しました。数2……いえ、3です。一時の方角、距離2000』
「柏木」
『瓦礫の背が高すぎて狙いが付けられません。あの周辺を狙うなら高台にでも乗らない限り無理です』
「とは言え、頭を出せば撃ち返される……それを狙ってきたのだろうな。風間、残り2機、探知できるか?」
『不可能です。接近中の3機のノイズが邪魔をして音紋は頼りになりません』
 こちらが動かない以上、至近距離に近づかれない限り相手に探知される事はない。それを嫌って3機の動きを派手にし、こちらを誘い出すつもりなのだろう。のこのこ出ていけば身を隠している残り2機が襲いかかると言う訳か。
 さて、どうしたものか。残り時間も少なくなってきた。ベストの手段が見付からない以上ベターで狙っていくか。
「2、3、敵前衛にこのまま仕掛けろ。残りは私について来い。移動しながら説明する」
『了解しました、大尉』
『了解です!』
『りょーかい』
『了解……』
 2と3に部隊が分かれる。飛び出す柏木の背後から風間が目を光らせ追尾していく。それを確認して伊隅達も行動を開始する。
「いいか、相手側は恐らく我慢の限界だ。そこで風間達をワザと敵に食い付いたように仕向けさせる。そうすればあの連中の事だ。真っ先に飛びついてい来るだろう」
『『『『………』』』』
 振動する管制ユニットの中、移動ルートを脳内に描きながら伊隅は自信の考えを述べていく。懸念は所存の分からない2機だが、この際優先順位は二の次だ。
「あの3機……おそらく速瀬、如月、涼宮と言った所だろうが、風間達に仕掛ければ我々は背後から奇襲を掛けられる。残りの2機は恐らく狙撃ポジションで待機と言ったところだろうが、周囲の瓦礫は背が高い。遠距離射撃は気に掛けず叩け。」
『しかし大尉。もしも、あの3人が食い付かなければ? あるいは我々が感づかれたらどうします?』
 風間が、もしも、の部分に力を込めて発言する。彼女自身も得物を前にした突撃前衛が後退するなど考えてはいないのだろう。
 そう柏木と風間は撒き餌なのだ。支援攻撃、特に狙撃に長けた2人は脅威度が自分達より高いと認識されているはず。そして相手側にとっては真っ先に潰しておきたい得物なのだ。
「どちらにせよ、この位置では挟撃だ。構わず突っ込め」
 残り2機が気に掛かるとは言え、一つ一つ怯えていては作戦行動などおぼつかない。時には大胆に動く事も必要なのだ。
『α2、エンゲージオフェンシブ。フォックス1!』
『α3、フォックス1!』
 風間と柏木の声と共に、味方戦術機が捉えた映像がデータリンクによって網膜の片隅に映し出される。そこにはビル陰に潜む、3機の機体が映っていた。2機が突撃前衛、1機が迎撃後衛装備でV字隊形を構成している。
「α2、3はそのまま敵を引き付け後退。α4及び5はこのまま突っ込め!」
『りょ~かいっ!!』
『了解』
 威勢の良い築地と平坦な声のリオ。その温度差を感じ取りながらも、伊隅を先陣切って飛び込んでいく。
 その行動に、挟撃された事を認識した3機に、一瞬迷いが生じた。
 確かにこの訓練は、相手にとってはレーザー属種、こちらにとっては突撃級及び要撃級を想定した訓練だ。だが、訓練とは言え実戦を想定しての内容。
 そう、何が起こるか分からない実戦を完璧に想定するなど不可能だ。つまり、レーザー属種が絶対近づいてこないとは限らないし、突撃級や要撃級が常に正面から向かってくるとは限らない。
 硬直した思考では、いざという時の対処が遅れる。それを目の前の3機は如実に語っていた。マーカーに捉え、伊隅が引き金を引く。
『くそったれが!!』
 如月らしき罵声が聞こえてきたが、今は敵だ。
 轟音と共に吐き出されるペイント弾。それを3機は追加装甲と瓦礫で辛うじて凌いでいる。
『α2より1、目標の動きが鈍いですね。たたみ掛けるなら今だと判断しますが。周辺からの狙撃も確認されていません』
「となればこれは好機だな。一気に仕留めるぞ」
 それを目撃して、一息に畳みかけるべきと判断したのか、築地が吐き出す銃火そのまま、一気に噴射跳躍で接近する。手近な瓦礫に着地、再度跳躍を行う築地機を確認しながら、伊隅はふと違和感を憶えた。
 ペイント弾の雨に耐える3機。その機体達は、攻撃を凌ぎこそすれ、移動しよう、反撃しようと言う気配が感じられない。弾幕によって足が止められていると言えば其れまでだが、今回の場合、少々違う雰囲気だ。まるでその場を動きたくないのように感じる。
 相手が動かず、しかも攻撃してこない。自ずと接近する築地機の機動は直線的になった。
「……っ! 築地、罠だ!」
 感づいた伊隅が怒声を飛ばすがもう遅い。伊隅の考えを肯定するように横合いから飛来したペイント弾が、正確に築地機を直撃した。
『築地機、胴体部に被弾。致命的損傷、機能停止』
 CPからの声。だが、それを律儀に聞いている暇はなかった。
『伏兵……』
「そのようだ。我々の行動が筒抜けだったようだ。このままではこちらが挟撃される。一旦……」
 そう言いながら一歩機体を後退させた伊隅は、唐突に、ガツンと何かにぶつかった衝撃を受けた。衝撃を受けた背後の映像を網膜に映し出す。そこにはあまりにも予想通りの、そして認めたくない現実があった。
『んふふ~、何年越しの付き合いでしょう? あなたの考えはおねーさんの考えよ、気付くのがちょぉっと遅かったわねぇ、みぃちゃん』
 軽い衝撃。管制ユニット内が暗闇に包まれる。
『伊隅機、機関部に被弾。致命的損傷、大破』



 目の前で隊長機が崩れ落ちた。その背後から、朝光機が構えた突撃銃の銃口がヴゥルカーンを指向する。
 すなわち、自分の方へと。
「……っ!?」
 焦りつつ後方へブーストジャンプ。辛うじてつま先一寸の場所をペイント弾が通り過ぎていく。
 が、安心は出来ない。何故なら自分が飛んだ方向には、先程まで銃弾を凌いでいた3機が未だ健在なのだ。
「っ!? 後ろっ!」
 接近警報。視線を向ける暇はない。半ば勘を頼りに、エクステンションであるTBを起動。両肩から吹き出す推進剤の奔流、急激な方向転換で付いた慣性を利用し、背後から迫る敵に左手で保持するバズーカをぶち当てる。
 金属と金属がぶつかり合う鈍い音。世にも珍しい空中での鍔迫り合い。とは言え足場のない状況、弾かれるように2機は離れ合う。
『まんまと嵌ってくれてありがとよっ! いい反応してるが、この前と同じだなんて考えるんじゃねぇぞ!』
 こちらと同じように一旦後退し体勢を立て直すと想われた相手。だが、驚いたことに、ビルの壁面に足を付くとそのままこちらに飛び込んでくる。自重と突進速度が上乗せされた長刀が、自身とヴゥルカーンの間にある物全てを切断するかのように振り下ろされる。
 轟音。衝撃。
 唐竹割に振り下ろされた長刀を、再度バズーカで受け止めるも、衝撃で踏み締めているアスファルトが砕け散る。
 しかし押し切るつもりかと思われた相手は、突如として力を抜いた。急激な抵抗の消失に踏鞴踏んだヴゥルカーンの胴体を蹴り飛ばし、自ら距離を離す。
 せっかくのチャンスをフイにするかのような行動。だがその不可解な行動の理由は、飛来するペイント弾が教えてくれた。回避こそ成功したものの、引き遅れたバズーカが極彩色に染め上げられる。
『油断するなと言われただろう? そんなことではせっかく貴様を誘ってくれた速瀬中尉の好意が無駄になってしまうぞ』
『こら、宗像! 勘違いするようなことを言うんじゃないわよっ!』
 息を付かせぬ連撃。ブーストに点火し滑走回避するヴゥルカーンの軌跡を追うかのように、ビルの壁面に、砕けたアスファルトに、ペイントによる極彩色の芸術が造られていく。
『ほらほらどうしたのっ? 今日は何時もの小生意気な声は聞けないのかしらっ!』
 挑発を含んだ速瀬の声を、今のリオは聞いている暇はなかった。
「何処が、微々たる物だ、だよ……」
 今となっては暗闇となっている管制ユニットにいるはずの、伊隅に対して一言愚痴る。先程柏木達の様子がおかしかったのはこういう理由があった所為か。
 だが、対人戦の極地とも言えるレイヴンであるリオにとっては、事前情報の差違などいつものこと。俗に言う「騙して悪いが……」と言った状況などもはや慣れた物だ。驚きこそすれ、焦りはそれ程ない。
 とにかく、今現在の包囲されている状況はいくらリオとは言え、手に余る。昼ご飯の時間を潰してまで緋稲田に仕込んで貰った物を早速使うハメになるとは思わなかったが、この状況では仕方ない。この距離では風間と柏木に影響が及ぶだろうが……自分に嘘を付いたお礼だ。自分の身は自分で守って貰うしかない。
 装備から判別して速瀬機と一緒に斬りかかってくる如月機を、もはや使い物にならなくなったバズーカであしらいながら、隙を窺う。狙うは2機が密集したその瞬間。
 自分を仕留めたいという気が先走ったのだろう、その好機は以外と早く訪れた。
 こちらの銃撃を追加装甲で抑えた如月機が、一斉射後のマガジンリロードの隙をついて迫る。牽制代わりに飛来する追加装甲による打撃を受けるヴゥルカーン。重量級の機体とは言え、自身の全高程もある盾が直撃すれば、衝撃はかなりの物だ。よろけた隙を逃さず、前方の如月は肘から抜き去った短刀を、後方の速瀬が長刀を構え、平面挟撃を行う。
 どちらかに反応しても片方に仕留められる。ならば……
 一瞬の迷いもなく迫る両者を確認。足下に落ちていた追加装甲を、お返しとばかりに如月機へ蹴り飛ばすと、それ以上執心せず、ブーストジャンプ。追加装甲自体は容易に回避した物の攻撃のタイミングが1テンポ遅れる如月機。それより早く薙ぎ振るわれた速瀬機の長刀が爪先を掠めた。
 恐らく速瀬と如月は、縦と横の斬撃で逃げ道を塞ごうとしたのだろうが、その意図に気付いたリオが両者のテンポをずらし、攻撃に穴を作り出したのだ。
 空中に存在するヴゥルカーンに向かって、素早く兵装転換した如月が銃撃を行おうとする。しかしそれより早くヴゥルカーンの肩部装甲が開くと、何かが発射された。
 それは迫っていた速瀬機や、如月機に直撃する訳ではなく、両者の間でその身を破裂させる。それと同時に猛烈な勢いで白煙が辺りを包み込んだ。
『発煙欺瞞筒かよっ!? 姑息な手ぇ使いやがって!!』
『う、うわっ!? センサーが真っ白!!』
 まるで霧のように立ちこめる白煙に呑み込まれた2機が、跳躍ユニットの推力に物を言わせ急速離脱。上空から撃ちかけられたヴゥルカーンの射撃を間一髪避ける。何やら柏木の声も聞こえたがそれは無視して。
 従来通りの即応性なら恐らく直撃していたであろう攻撃も、機動性が増した不知火相手では有効打になりえない。ただでさえ不知火は高機動が持ち味だ、そしてそれを操る衛士も腕は本物である。
 鈍い機体では勝てないと判断し、周辺にスモークディスチャージャーをばらまくとその煙に紛れ離脱、しようとしてリオは急遽機体を横に滑らせる。
『ほらほら悪い娘ね、おねーさんを忘れちゃ駄目でしょ!』
 何故か嬉しそうなの声と共に、ペイント弾が襲いかかってくる。予想外の伏兵に右後方、左後方とジグザグ後退。周囲の瓦礫が極彩色に染められるも辛うじて直撃弾を避ける。
 相手が一息ついた所で、一旦瓦礫に身を潜める。知らない内に、グローブに包まれた小さな手が汗をかいていた。
 理由は簡単。追い込まれていると言うことだ。
 数日前に戦った同じ相手とは思えないほど機動性が向上している。しかもACに搭載するバランサー並みの空中機動制御。どんな魔法を使ったか知らないが、随分と手強くなっていた。
「………」
 正直参った。重量級であるこちらは、軽量級に取り付かれることほど厄介なことはない。しかも、こちらは既に3機。
『風間機、左腕部損傷、頭部損傷大破。胴体部に被弾、大破』
 ……訂正。残り2機。どうやら自分を見失った速瀬達が矛先を代えたようだ。流石に煙幕に包まれた状態では前衛相手は無理だったか。これでは多勢に無勢。時間もない。まぁ負けた所で自身として痛くも痒くも無いのだが……。
「……」
 いや待て。ここは一つやり返してやるのも悪くない。敵である速瀬達はともかくとして、伊隅達が自分に機動性についての助言を与えなかったのは、翻弄される自分を見たかったのだろう。
 ダシに使われるというのは非常に気に入らない。全くもって不愉快だ。
「向こうに追い付くには……」
 ふと、仮想損傷したバズーカに目を落とす。特注のペイント弾が手に入らなかったので、中身は空だが、それでもその巨大さ故、機体にとっては大きな死重量となっている。あれだけの機動を行う相手に、構え行動が必要なレールガンは、むしろ自身の身を危険に晒すだけ。ミサイルは元々模擬戦で撃てるような代物ではないし……。
「ロッシュ……ゴメン」
 一言謝ると、左手がバズーカを手放す。次いで背部に搭載されていたミサイルコンテナとレールガンを爆砕ボルトにより強制パージ。後の回収が面倒だが、今は捨て置こう。
 そう、答えは簡単だ。相手が速いのであれば、こちらも機体を軽くして速度を上げれば良いだけの話。
 格納兵装は必要ない、右手のマシンガンだけで十分と判断したリオは、ブーストペダルを軽く踏み込んだ。それだけで、身軽になった機体は軽々と宙に舞う。一度瓦礫に着地し再度ブーストジャンプ。高出力に比例するブースターの消費が気に掛かるが、ゆっくり地面を歩いていては到着する頃には残存する柏木機もやられるだろう。自分で巻き込んでおいて随分な言いぐさだが、敵の攻撃を分散させるため囮は多い方が良いのだ。
 随分と先程の戦場から移動し、ようやく残っていた柏木機をレーダー上に確認する。その周囲に4機。こちらの捜索を諦め、柏木を撃破し早々に孤立させるつもりだったらしい。
 リオがそう確認している間も、ヴゥルカーンの連続的なブーストジャンプによって劇的に距離が縮まり、今や柏木を取り囲む敵機が目視が可能な距離にまで近づいていた。これ以上空中を移動するのは拙い。多少足は遅くなるが瓦礫を盾に接近すべきだろう。
 轟音を響かせ、幅のある道路に着地する。それと同時に接近警報が響いた。
『飛んで火にいる夏の虫ってな! 目の前に降りてくれるとは有り難ぇじゃねぇか!!』
わざわざ伏兵として潜んでいたのだろう、嬉々とした声を上げ如月機が飛び出してきた。目と鼻の先、リオがマシンガンを構えるより、如月が長刀を振り下ろす方が早い。
 回避の為のブースター再点火は間に合わない。だが、ヴゥルカーンの移動方法はブースターだけではないのだ。
『もらったぁっ!!』
 仕留められると確信している如月の声。それより早く新たに押し込まれたボタンに反応し、ヴゥルカーンの背中が開く。
「おそいなぁ」
 ボソリと呟いた言葉と共に一瞬の吸気音の後、如月の視界から目標が消えた。
『え?』
 呆然としたような如月の声。
 当然だろう。先程まで網膜に映っていた目標の姿が、あろう事か消え去っていたのだから。
 何も存在しない空間を切り裂いた模擬長刀は勢いそのまま地面へ衝突。あまりの衝撃に樹脂製の刀身がへし折れた。そしてその天寿を全うさせるはずだった存在―――ヴゥルカーンは、若干の距離を置いて如月機の側面に立っていた。
 まるで元から其処にいたように佇んでいる。その機体がゆっくりとこちらに身体を向ける。
「はい、油断大敵」
 その言葉と共に、ヴゥルカーンがブースターの炎を吐き出した。次の瞬間には戦闘機もかくやと言わんばかりの速度で如月機に真っ直ぐ突っ込む。
『!』
 如月が言葉を発する暇すらない。彼女たちの駆る高機動が最大の武器である不知火。その最大推力時の、いや、それ以上の速度で闇が迫る。
 慌てて機体を向けてくるが、ヴゥルカーンの速度を見誤った彼女に出来ることは、銃弾を浴びて崩れ落ちることだけだった。
『如月機、頭部に被弾、大破。下腿部に被弾、機関部に被弾、致命的損傷』
 脚を止めるつもりもなく、崩れ落ちる機体から長刀を頂戴し、脇を抜けるヴゥルカーン。その目は既に残りの4機に向けられていた。
「柏木少尉、生きてます?」
 ブーストを一旦切り、身軽になった機体を走行させ、ガクンガクンと上下に揺さぶられる振動を感じながら、リオは通信を繋ぐ。それに普段通り気楽な、それでいて疲れを含んだ声が返ってきた。
『何とかね~。でもさっきの欺瞞筒はびっくりしたんだけどさ。ああいう物使う時は一言あると嬉しいかな』
「ボクに嘘付いた仕返しです。まぁそんなことはどうでもいいから、そのまま敵を引き付けといてください」
 一方的に言い放つと柏木の返答を待たずリオは通信を途切れさせる。これ以上の余計な思考は必要ない。あとはただ目標を撃破するだけ。
「10時から9時方向に2機、この2機が柏木少尉を抑えてるのか……それに2時方向に1機……5時方向から1機接近中、か」
 レーダー上で目標の光点を確認。3割程増した速度の御陰で、距離は見る見る縮まっていく。もはや目と鼻の先だ。
「いくよ、ヴゥルカーン」
 ブーストオン。ペダルを踏み続け、操縦桿を小刻みに動かす。それだけで機体は素直に、瓦礫の山を回避しながら街中を疾駆する。目標の角を右へ。まずは柏木を抑えている2機を潰す。
 予測通り通りの向こうに2機の目標が存在していた。相手はようやくこちらに気付いたようだ。
 路面を滑るように疾駆するヴゥルカーン。普段の鈍重な様子は微塵もなく、その姿はさながらプロのスケート選手のよう。
 高出力のブースターは、数十メートルの距離など一瞬で無に返す。相手の操縦者が瞬きをしたその刹那に、ヴゥルカーンは既に目の前に迫っていた。
 左手に保持した長刀を横薙ぎに振り抜く。人間で言えば綺麗に腹部に入った長刀は、まっすぐ一本の極彩色の線を相手に残し振り抜かれる。数秒の間をおいて抜き去ったヴゥルカーンの背後で膝を付く機体。
『宗像機、機関部に被弾。致命的損傷と判断、大破』
 CPの冷徹な声でようやくもう1機が回避運動を行いつつ、銃撃してくる。
 だが。
「だから遅いって」
 小馬鹿にしたように一言言い切り、機体をしゃがませ銃撃を回避。相手の正確な射撃が逆に仇となった。お返しとばかりにPIXIE3を発射。回避を行うも、逃げ遅れた左半身に直撃を受ける相手。
『朝光機、左腕部損傷。左脚部損傷、機体左部稼働不能』
 仮想損傷によって片膝を付きながらも、右手に残った突撃砲が、最後の抵抗とばかりにこちらに銃口を向ける。相対し攻撃時も接近していたヴゥルカーンと朝光機は目と鼻の距離、普通なら回避など間に合う距離ではないが、重荷を捨てたヴゥルカーンにとっては、問題にはならない。脚部と、背部に設置されているブースターが揃って吐き出す炎の方向を変えた。
 それだけで、慣性など一切無視して機体はほぼ直角に横に滑る。一泊遅れにヴゥルカーンが元いた空間を通り過ぎていくペイント弾。意に介さず朝光機の脇を抜ける寸前でTBを起動。九十度右方向転換、零距離に近い距離で膝を付いている機体にPIXIE3を向ける。
 ゴツッと小さな衝突音を残し相手の機体に銃口が密着した。一瞬だけ両者とも動きが止まる。
『わ~ぉ……』
 あまり焦っていないような朝光の声が聞こえた。その言葉を合図に引き金を引く。近距離過ぎる射撃に、飛び散ったペイントがヴゥルカーンの装甲まで汚す。そしてPIXIE3の奏でる轟音の中、別の2発の銃声が聞こえた。
『レムレース機、左腕部への至近弾、稼働率3割減少。朝光機、胴体部に被弾、致命的損傷。涼宮機、下腿部に被弾、跳躍ユニットに被弾、誘爆大破』
 ふと背後を振り向けば、そこには四丁の突撃砲をこちらへ指向した機体が、その恰好で停止していた。そして視線を落とせば黒に混じるきつい色合い。右腕が極彩色に染め上げられていた。
 もっとも今回の場合、これだけで済んだのは僥倖と言えるだろう。何せ涼宮機が撃墜されなければ、自身が撃破されていたのだろうから。
「柏木少尉ですか、助かりました」
 油断していた訳ではないが、目の前の獲物に気を取られ周囲への警戒を怠っていたのは事実。今度からもっと目標を手早く処理していかなければならない、とリオは考えを改める。
『撃破したからってぼーっとしてちゃ駄目だよ。貸し一つだね』
「了解」
 噴射跳躍によって隣に降り立った機体が、油断無く支援突撃砲を構える。ふと気付けば残り時間は僅かに5分。このまま逃げ切れば撃墜数判定でこちらの勝利ではある。
「どうします?」
『何で私に聞くかな?』
「ボク達以外味方は全滅してますから。先任少尉であるあなたに指示を頼んでるんです」
『んー……』
 正直に言うと、めんどくさいので思考放棄しただけなのだが、もっともらしい台詞の御陰で柏木には悟られていないだろう。
『そうだね……。このまま時間まで逃げ回るって言うのも一つの手段ではあるんだけど……』
「けど?」
『逃がしてくれないと思うよ』
 苦笑を含んだ言葉と共に、柏木が発砲する。その着弾地点にはいつの間にか、接近してくる機体が存在していた。着弾して極彩色にその身を変えるペイント弾。だが、残念な事に命中した箇所はただの路面。回避に成功した相手は、そのまま低い姿勢で跳躍ユニットを噴かし、まるで這うように接近してくる。
『さっすが速瀬中尉。もう乗りこなしてるよ』
 保持する支援突撃砲に勢いよくペイント弾を吐き出させながら、大して焦りを感じていない、普段通りのんびりとした口調で柏木が言い放つ。それが逆に言葉に真実味を持たせている。
『見つけたわよ! 今度こそその生意気な鼻っ柱、へし折ってやるわっ!!』
 怒声とは裏腹に、どうやら回避に専念したのか、飛来するペイント弾を全て紙一重で避けきる速瀬機。突撃前衛長の名は伊達ではないらしく、右に飛び、左に飛び、身を屈ませ、瓦礫を足蹴にし時には盾にし、乱数回避を織り交ぜた冷静な機動でジリジリと迫ってくる。
 どうやら相手は取り付きさえすれば勝てると考え、そしてそれを行えるだけの操縦技術があると自負しているのだろう。
『何だか随分と速瀬中尉に気に入られてるようだね、リオ』
「何処をどう見てそんな感想が出てくるんですか」
 確かに速瀬の操縦技術は大した物だ。模擬戦に於いて悉く最後まで生き残っている確率は彼女が一番高い。そしてそれは早瀬自身の操縦技術が優れていることに直結する。
 もっとも、リオにしてみれば、むしろその程度の回避能力など元の世界で嫌と言う程目にしている。少なくともかつての自分に風穴を開けた女に比べれば、緩いものだ。十分目で追える。
 だが、柏木にとっては充分脅威と取れたらしい。いつも通り気楽な、そいて僅かに自信なさげに声が聞こえる。
『あのさリオ。……勝てると思う?』
 もともと柏木は機体からして後方支援タイプだ。近接戦闘能力では速瀬には敵わないだろうし、リオの機体も中距離主体の重量機。身軽な不知火相手に格闘戦を挑むのはどう頑張っても荷が重いと判断したのだろう。
 しかし、
「当然です」
 リオは即答。簡潔にそう答えるだけ。
 その言葉が聞こえたのか、回避に専念していた目標が突っ込んできた。何ともはや、搭乗している人間をありのままに表している。
 それに答えるのは同じように飛び出したヴゥルカーン。ブーストに点火し、不知火のそれを上回る速度で迎え撃つ。一瞬で縮まる彼我の距離。双方とも突撃砲では仕留められないと判断したのか、投げ捨てると長刀を構える。
 轟音。衝撃。鍔迫り合い。
『あはは、いいねぇ。あの機動を目の当たりにして、そう言い切れるなんて羨ましいよ』
 後方から、楽しそうな声がペイント弾と共に届いた。針の穴を縫うような射撃は、もつれ合っているにもかかわらず、正確にヴゥルカーンから逸れ、速瀬機に追い縋っている。
 警戒して反発するように離れ、回避に移る速瀬機。息を付かせまいと追撃に移るリオ。右袈裟懸け、左からの横薙ぎ、右下方切り上げと繰り出す斬撃を、相手は弾いて、逸らして、受け流す。流石に長刀に関しては相手の方に一日の長が有るらしく、悉く有効打を逸らされていく。
 右に左に入れ替わり立ち替わる2機。接近戦に秀でた不知火相手に、ヴゥルカーンがここまで食らい付くとは想定してなかったのか、相手の動揺がつかみ取れる。だが、おそらく先に息が切れるのはリオの方だ。
 何故なら彼は、昼御飯を抜いているから。
 燃費の悪い小柄な体は、既にガス欠に近い状態。カロリー不足の思考回路は、遅々として進まない状況に段々と苛立ってくる。短絡的になった思考は、もっとも単純な答えをはじき出す。
 そう、動きの早くて攻撃が当たらないなら、その動きを止めてやればいいだけだ。
「α3、ボクが目標の動き止めます。一撃で仕留めてください」
 後方にジャンプし一旦距離を離すリオ。追撃を掛けようとした速瀬を柏木が牽制する。
『了解……って言いたいけど、どうやって?』
 射撃しながらの柏木の問。しかしリオに説明する機はない。
「説明するほどじゃありません。とにかく、やってくださいよ」
 言い放ちリオは一気に加速。またしても鍔迫り合いに陥ると思われた瞬間、一気に長刀を投げ捨てる。そのまま左から横薙ぎに放たれた斬撃を、あろう事か左腕を盾にして受け止める。
『レムレース機、左腕部破損、稼働率70%低下』
 さすがに重装甲といえども、一点集中型の長刀による攻撃を受ければ無事ではすまない。
 もっとも、リオにしてみればそれは予測の範囲内。むしろ左手自体はまだ動く、そちらの方が重要なのだ。鈍くなった左手をそのまま長刀に絡ませると、空いている右手でがっしりと不知火の頭部を掴む。こちらの意図を理解したのか、引きはがそうと藻掻く目の前の機体。
 だが、元々の膂力が違いすぎる。まるで不知火を抱き締めるように拘束したヴゥルカーンは、そのままブーストに点火。勢いを落とさぬまま、手近な瓦礫に狙いを定めた。
 頭部を掴んでいる指の隙間から覗く不知火のカメラアイが、まるで怯えたように瞬いた。
『あんたまさか!? ちょっ、止めなさいよ!』
 密着している不知火から驚愕と怒声が混じった声が聞こえてくる。それの対する答えは決まっていた。
「ヤだ」
 続いて聞こえた罵声は、襲ってきた衝撃と轟音に掻き消された。あろう事かリオは、自機ごと速瀬機をビルの瓦礫に突っ込ませたのだ。
 舞い上がる粉塵、崩れ落ちる瓦礫の山、その中で鋼鉄の人間が藻掻く。だが、その身は瓦礫に引っ掛かり上手く抜け出せない。足掻けば足掻く程、鋼鉄の支柱や崩れてくる瓦礫に絡め取られていく。やっと自由が利きだした頃には、既に自身の上に乗っていた機体は既に離脱していた。
 速瀬が悪態一つ付くと同時に晴れていく粉塵の向こう側から、支援突撃砲の銃口が突き出された。



「………こりゃひでぇな」
 額に手をやり、盛大に溜息を漏らした緋稲田は開口一番にそれだけ漏らした。周囲で動き回っている整備兵達も、自身の点検する箇所を見ては表情を歪めている。
「そりゃぁな、俺たちは物直してメシ喰ってきてる訳だ。それに戦術機も精密機械である以上何時かは故障する、その事に関しちゃ否定はしねぇよ。でもな……」
 埃まみれの機体に手を滑らせ、その表面を労るように撫でる緋稲田。
「わざと壊されるってのは気に入らねぇんだよな………大國、状態は!?」
「フレームに重大な損傷はありません! しかし、電子系統に一部寸断、背部装甲および跳躍ユニットに歪みが確認されます!」
 独白するような口調から一点、盛大に声を張り上げる緋稲田。それに答えるのは機体状態を調べていた部下からの、これまた怒号に近い声。
「ま、もろに押し付けられてそれだけですんだか……レコーダー見る限りじゃ潰れててもおかしくなかったんだけどな。しょうがねぇな……野郎共、今夜は徹夜になるぞ! 気合いいれとけよ!」
「「「合点承知!!」」」
 一言喝を入れた緋稲田に答えるように、一気に整備兵の動きが慌ただしくなる。頷きながら視線を背後へ。端末を操作している弥刀に声を掛ける。
「なんか解ったか?」
「衝突時のデータから見て、観測時最大推力、瞬間加速力共におおよそ2割強と言うところだよ。しかもこれでまだ加速途中とはの……一体何処の阿呆がこんな機体を作ったのやら」
「少なくとも俺の記憶にはねぇ。というよりだ、こんだけ逆行した機体が今更出てきたこと自体がおかしいけどな。副司令はなんか言ってたか? お前相手なら少しは喋るだろ?」
 緋稲田の言葉に、しかし肩を竦めるだけの弥刀。
「これに関しては妙に口が堅かったよ。あの娘は頑固なところもあるからの、それにわしとしても、無理矢理聞き出すのは性にあわん」
「さいですか……それで、被害者と加害者はどうしたんだ?」
「水月は大した怪我をしておらぬよ。骨に罅くらいはあると思うたがの……存外に頑丈だったよ。今は一応の精密検査中じゃて。リオの方は、用事にかこつけて春華の所へやっておるよ。少しばかり細工をしてな」
「細工?」
「大した問題ではないよ。少々面影を似せてみただけじゃてな……」
 僅かに悲しげな表情を作る弥刀を見つめながら、緋稲田は作業に戻る。



 髪を頭の両側で分けて結ぶ、所謂ツインテールになった銀髪を、旨く馴染まないのか突いたり引っ張ったりしながらリオは朝光の部屋へと急いでいた。
 自身の髪の毛が面白いことになっている原因は偏に弥刀の所為だ。ヴァルキリーズの機体の整備状況を記した書類を朝光に持って行けと押し付けられ、ついでに邪魔くさい髪の毛も纏めろと無理矢理結わえられたのだ。
 何故弥刀がヴァルキリーズの整備に関係しているのかは、緋稲田が「精密機械のチェックは棲紗乃の方が早ぇんだよ」との返答。何故部隊長である伊隅ではなく朝光の所なのかは弥刀に問いつめたところ「どちらに見せたところで大して代わりはないよ」との返答だった。
 まぁそれはともかくとして、今は自身のみに起きている変化の方が重要だ。もともとリオは可愛さの残る顔立ちである。それに加えて髪の毛まで弄られては外見は完璧に「美」少女へと変化してしまった。口さえ開かなければ、彼を男だと象徴しているのはいまや軍装だけ―――それでもすれ違う衛士や基地職員には怪訝な顔をされる―――になってしまっているのだ。勿論彼とて文句の一つも言おうとしたが、弥刀が女性用のC型軍装を引っ張り出してきた御陰で不発となっている。
 しかも不思議なことに、何故かあまり嫌でないのだ。恥ずかしいことは恥ずかしい、しかし弥刀が監視している訳でもないのに、結われた髪の毛を解こうとは思わなかった。
 まさか自分にこんな趣味が、と自問自答しているリオ。
 そして周囲から向けられる好奇と怪訝さを含んだ視線にもはや「飽きてきた」頃、ようやく朝光の部屋に到着した。普段は無愛想な扉が、今回限りは安息所の入り口に思えてくる。
 しかしドアをノックしても声はおろかドアが動く気配すらしない。既に寝入ったのだろうか。だが、すぐに渡してこいと言われた書類を持ったまま帰る訳にも行かない。しばらく悩んで、結局彼はドアノブに手を掛けた。
「失礼します……」
 何を恐れているのか尻窄みな声を出しながらゆっくりとドアを開いていく。しかし電気は点いているもののやはり部屋の中に朝光の姿はなかった。とりあえず机の上でも置いておけばいいか、と思い立ち以外と飾り気の無い据え付けの机へと近づく。と、
「うわっ!?」
 ズルッと何かに足を取られ、盛大に倒れ込んだ。手を放れた書類が宙を舞うと同時に、床に無様に叩き付けられる。目尻に涙を浮かべながらぶつけた鼻をさすり、自身に災厄を招いた原因に悪態の一つでも付いてやろうと目を向けた。
「何だこれ……軍服?」
 ぞんざいに転がっていたのは脱ぎ捨てられた軍服だった。これに足を取られたのかと納得する一方で、朝光も以外と無精な性格だったのかと認識する。
 そこで彼はふと嫌な予感に駆られた。消灯時間が近いこの状況で正規の軍服を脱ぎ去ると言うことは既に布団に入っていると言うことだ。しかし簡素なベッドの上に朝光の姿はない。時間的余裕で自主訓練という理由も却下。そして「この部屋」にはいない部屋の主。となると……。
 飛び散った書類をぞんざいに集め出す。自身が予測した未来とそれに付随するその後自分の身に起こりうる災厄が何故かハッキリと目に浮かんだ所為だ。
 しかし彼にその時間は残されていなかった。
 ようやく書類を集め終わり、順序を正し、さぁこれを置いて戻ろうとした矢先に、視線の隅で扉が開いた。しかも入り口ではないもう一つの方が。
「とぅ~とぅ~とぅ~とぅとぅ……」
 何か鼻歌を歌いながら湯気を纏い、頭髪をタオルで拭きながら朝光がシャワー室から出てきた。タオルすら纏わない姿をリオはしっかりと目に焼き付ける。
 まだ十分に拭き取れていないのかぽたぽたと滴を垂らし身体に貼り付いた髪、上気し朱の指した頬。女性特有の、柔らかくそして豊満なラインを描く肢体は男なら一瞬で燃え上がりそうな程。柔らそうな双丘にその先端の桃色の突起、細い腰と引き締まり形の良い臀部、そして髪の色と同じ茂みと………。
 これ以上は拙いと視線を引きはがしたリオ。その時になってようやく彼は、朝光が動きを止めこちらを凝視していることに気が付いた。見開かれた目に射竦められ、言葉すら継げなくなる。
「あ、あの……こ……これは……」
 辛うじて絞り出した声は、それ以上続かなかった。髪を拭いていたタオルを放り出し、朝光が真っ直ぐリオへと近づく。その妙な威圧感に、思わず一歩後退するリオ。眼前まで近づいた朝光は、腰をかがめるとすっと手を伸ばした。
「ひっ!?」
 情けない声を上げて思わず目を瞑る。しかし訪れると思った衝撃はいつまで経っても襲ってこず、代わりに両頬に柔らかく暖かい感触が訪れる。恐る恐る目を開けば、自身の頬を両手で包み込んでいる朝光。まるで何かを確認するかのように、優しく撫でるその感覚からは、怒っているとは到底感じられなかった。
 至近距離で交わる銀と金の視線。先に口を開いたのは金色の瞳の主だった。
「とう……か……?」
 消え入りそうな程小さく、まるで口にすることを恐れるかのような呟きは、リオにハッキリと聞き取ることは出来なかった。
「そんな……何で……?」
 口で否定しながら、それでもリオの頬をなで続ける朝光。その手が小さく震え、こちらをじっと凝視するその瞳の縁が結露している事にリオは今更気付く。
「……泣いてるんですか?」
 その言葉に、朝光の目が二、三度瞬きを繰り返した。
「え? あれ? あ、り、リオちゃん? え、何で?」
 夢から覚めたように、混乱している朝光。きょろきょろと辺りを見渡しているその姿は、先程まで泣いていたとは思えない。朝光の様子にようやくリオも身体の呪縛が解けたのか思考が戻ってくる。
「え? リオちゃんが何で部屋にいるの? ここおねーさんの部屋よね?」
 未だに混乱しているのか、部屋の中を見渡す朝光。そんな彼女にリオは手に持っていたものを差し出す。
「あの、この書類を……」
 そこまで言い出してようやく思い出した。今、自分の目の前にいるのは全裸の成人女性なのだ。捕捉するとリオの背に合わせて屈んでいる為、二つの膨らみやら茂みの奥やら全て丸見えなのである。幸か不幸か、リオにそれをじっくり凝視する時間はなかった訳だが……。
 ボンッという擬音を残しそうな程に一瞬で赤面するリオ。その事を意に介さず、リオの手から書類を抜き取り斜め読みしていく朝光。再度確認しておくが、彼女は今、全裸である。
 にも関わらず、リオを認識していないかのように、正確には男が目の前にいると思っていないかのように惜しげもなく肉体を晒している。
「そ、それじゃちゃんと渡しましたからっ! し、失礼しますっ!」
「え? あ、ちょっと!?」
 うわずった声をようやく吐き出し部屋を飛び出すリオ。書類を読んでいた朝光は一瞬対処が遅れ、その腕を掴み損なう。
「な~にをあんなに焦ってたのかしら……」
 ポリポリと困ったように頭を掻いていた朝光は、妙に肌寒いことに気が付いて、今にしてようやく自身が全裸であることを認識した。
 つまりリオの唐突な行動は、朝光の裸を見て照れていたからであって……。
「………うわ~ぉ……」
 絞り出せた声はそれだけだった。異性の前で全裸、しかも大事な場所まで丸見えだったのだ。いくら相手が子供だったとは言え、羞恥心が無くなる訳ではない。
 何故リオを見間違えたのだろうか。
 そんなことを頭の片隅で考えながら、消灯時間まで朝光は自身の愚行に悶えることとなった。



 後書き



 此処までお読み頂き有難うございます、筆者のD-03です。
 「なにこれ…ふざけてるの?」と友人に言われましたが、XM3搭載バージョンも書かなければなるまい、と言うことでまたも模擬戦です。だんだん、リオのワンマンショーが目立ってくるようになりました。実際にあんなことした日にはボコボコでしょうけどね。
 なお、今回のキーパーソンは弥刀と鎧衣ですね。作中で述べている通り、彼女は何でも知っています。筆者の書く作品には絶対こういう人間が一人は出るんですよね。そして鎧衣。書きづらいキャラ筆頭ですね。内心がまったく想像できません。
 それと後半のリオと朝光の扱いですが、後悔も反省もしていません。何故か修正する気にもなりませんでしたし、このまま行こうと思います。
 次回はクーデターまでの繋ぎとしてオリキャラが登場予定です。しかも意外と重要と言う既存キャラの立場を危うくする存在です。
 では、次回もどうぞ、お付き合いください。