第拾壱話




 手持ちの弾薬は5発。内3発は互いに既に消費している。
 コッキングレバーを引いて4発目を薬室に送り込みながら、銃口より先、300メートルに目標となる的を見据える。それを見据えながらふとリオは、何で乗せられたんだろうと自問自答していた―――。


 精鋭部隊といえども四六時中戦術機に乗っているわけではない。
 むしろ距離感や射撃時の癖などを掴む為、生身での訓練も欠かすわけには行かない。相手との距離感が掴めず長刀が空振りしました、銃弾が届きませんでした、では笑い話にもならないからだ。
 そういうわけで、伊隅が「午前中は射撃能力の底上げだ」と口にしたこと自体は納得出来る。拳銃から狙撃用ライフルまで、これ戦術機に必要か? と思われる銃器を使用して、走後射撃や遠距離射撃、はては可動式目標を使用した近距離射撃を行っていた。訓練にしては随分と自由に動き回っている先任達を見て、新任達がいいのかな? という顔つきをしていたのも、微笑ましい光景だった。
 もっとも「感覚を掴め」と言った後、若干楽しそうに小銃をフルオートで射撃していた人が居たり、その光景を見ながら、
「ストレス溜まっておられますね」
 とか、
「大尉、私が溜まっている不満を解消して差し上げましょうか?」
 等と呟いている人が居たり、如月が拳銃を両手に保持し、まるで格闘術のように動き回っている姿を見て、
「銃型!?」
 とか驚愕している人も居たがそれは無視して。
 久々に嗅ぐ硝煙の匂いに、我知らずそわそわしながら射撃訓練を行っていたリオは、近距離に関しては完璧に近い成績を収めていたが、中距離になると的中心に生まれるべき弾痕の量が低下し始め、遠距離になると、命中はするものの中心から全て外れるようになった。
 リオ本人拳銃や短銃による射撃訓練は受けたものの、中距離戦用の機体を駆る彼が狙撃能力に長けているわけがない。一応出来る、と言った範囲であることは確かなのだ。
 そんなリオを見かねて柏木が助け船を出したのが訓練の中程。
 彼女の手ほどきで僅かながら遠距離射撃のコツを掴んだリオは、用意されていた弾薬をあらかた使い潰しながらも、何とか弾痕を中心に集約させることに成功していた。
 が、ここでひとつお邪魔虫が現れる。
 射撃能力に関しては近距離、中距離ともに完璧であり、遠距離に関してもなかなかの速瀬が勝ち誇ったような笑みと共に、「機体に頼らなきゃ射撃も満足に出来ないわけ?」と小馬鹿にしたのである。
 後々考えれば彼女なりのリオに対する発破のかけ方だったのだろうが、その意図を汲み取るには少年は少々幼すぎた。
 故に、「模擬戦で負けた八つ当たりですか?」と、もっとも彼女の神経を逆なでする言葉を吐き出してしまう。その言葉にあっさりとこめかみに青筋を立てた速瀬が「実力が上の人間に言われれば、その生意気な口も閉じるでしょ。それとも何? 負ける勝負はしないのかしら?」と、小銃を見せつけながら勢いに乗ったのも失敗だった。
そうなれば、彼女に対して若干の敵愾心を抱いているリオのことだ。「その言葉、そっくりお返しします」と、反論してしまったのである。
 売り言葉に買い言葉とは、昔の賢人達はよく言ったものである。訓練中ですよ? と苦笑する柏木を後目に、いつの間にか2人は何処からか引っ張り出してきたボルトアクションライフルを構えていた―――。


 硝煙の匂いが鼻につく。体を伏せた所為で目線の低くなった視界、眼前300の距離に目標を確認。風速は無いに等しいが、弾頭の軽いライフル弾は小さな要因で弾道が変化する。照星と照門を被らせ、目標より僅かに上に照準を合わせ、セレクターを単射に変更。パンッと軽い音と共に、目映いマズルフラッシュの向こう側に存在する目標に、確実に銃弾を送り込む。
 予測どおりの弾道なら、僅かに弧を描くように飛翔したであろう銃弾の軌跡を、リオは自身の銀色の瞳で追ってみた。
「……どうですか?」
 傍らで双眼鏡を除く柏木に尋ねながら、自身も狙っていた的を見つめる。額に手を当て簡易のバイザーを作り余計な日光を遮断して、狙っていた的に目を向ける。
 僅かに的に見える黒点―――命中箇所―――を、銀色の瞳が捉えた。正確な位置は判らないが、中心から外れていることには間違いない。
 発された柏木の言葉は、予測通りの物だった。
「中心より下に十センチ程ずれてるね。有効弾には違わないけど、致命傷となるかどうかは運次第って所かな」
「……そうですか」
 これで4発目も外れたことになる。もっともこれまでのリオと速瀬の成績は五分五分。実質5発目で決まる事となった。
「でもこのライフルの有効射程は300だからね。それであの命中率なら気にする程でもない……」
 柏木のフォローを遮って彼女を挟んだ反対側で銃声が響く。リオと同じく伏射の姿勢を取っていた速瀬が、眼前を睨み付けながら銃弾を発射した。ヒュンと空気を切り裂く音と共に銃弾が飛翔する。
「どう?」
「あ~……中心ですね」
 答えなど分かりきっているのにわざわざ柏木に確認させる速瀬。続いてリオを見て小さく、ふふん、と自慢げに鼻を鳴らしてみる。まるで勝負は決まったと言わんばかりのその表情に、嫌そうな顔で彼女を指差しながら、リオは柏木に援護を求めるも、しかし、苦笑した彼女は遠慮するねと言い放った。
「こ・れ・で、あんたの射撃能力は機体に頼った物ってことが証明されたわね」
「………」
「あらぁ? 何か言いたいのかしら、ボ・ウ・ヤ?」
 鬼の首を取ったように嘲笑を含んだ表情を向けてくる速瀬に、表情を顰め、しかし反論は出来ないリオ。
 もっとも彼の名誉の為に言っておくと有効射程ギリギリで的に命中させている時点で、中距離射撃の腕前は十分なのだ。早い話が的に当てれば目標を無力化できたと想定されている訳で、それなら命中箇所にこだわる必要もない。
 柏木の言った「致命傷かどうかは運次第」も、弾一発で無力化できるかと考えての言葉であって、目標を損傷させていることには変わりない。続く第二発、第三発で仕留められればそれでいい。
 しかし、此処まで見せつけられて黙っていられるリオではない。何より「機体に頼った物」と言う台詞が気に入らないのだ。これでは自分に射撃を教えてくれた男に申し訳が立たない。
 無言で最後の弾薬を装填。伏射の体勢で的を見据え、同時に周囲の環境を確認。相も変わらず無風状態で、空気は初冬の乾燥した状態。弾丸に掛かる負担は皆無と言っていいだろう。最後に射線軸上にゴミなどが舞っていないか確認。
 呼吸に合わせて銃口が僅かに上下に移動する。照門、照星、及びその先の的を重ね、タイミングを計り、ここぞという所で息を一瞬止める。
 ピタリとぶれていた銃口が停止する。
 機を逃さず引いてた人差し指に後押しとして僅かに力を込めた。
 それだけで絞られた引き金は撃鉄を作動させ、撃芯が銃弾の雷管を打つ。内部の炸薬に点火した次の瞬間には、ガス圧でライフル弾が飛び出した。銃身内に刻まれている旋条に沿って回転を加えられたそれは、安定した弾道を見せ見事に的に命中する。
「はいリオ。自分で確認してみるといいよ」
「どうも」
 柏木から渡された双眼鏡によって、拡大された視界の中で狙っていた的を確認する。
 円と十字を組み合わせたその的は元々そうであったかのように、中心に黒い穴を開けているのを確認したリオは双眼鏡から目を外すと、一つ決意を固め、前世からの宿命の如き覚悟で行動を実行する。
「ふふん」
 鼻で笑ってやった。
 今度は速瀬が嫌な顔をする番だった。だが年上としての矜持が邪魔したのか何も言ってこない。
 しかし、意外な所から速瀬に援護が飛んできた。
「うん……リオはちょっと照準に時間掛けすぎだよ。狙いは正確になってるけど、ノンビリしすぎだね。速瀬中尉は構えた瞬間には撃ってたからね、2人の命中率は同じだけど、実質的には速瀬中尉の勝ちじゃないかな」
 柏木が速瀬からライフルを受け取り、自身も伏射の姿勢を取りながら柏木はにこやかに厳しく言い放つ。予想外のアウェー戦に黙りこくるしかないリオ。
「まぁ、本来の目的は無力化が最優先だからね。命中箇所にこだわって相手に距離を詰められちゃ本末転倒だよ? 無理だと思ったら何処でもいいからとりあえず当てないとね」
 視線は銃口の先に向けたまま言い放つ柏木。と、大して狙っていないように見えるにも関わらず発射する。
 双眼鏡を持ち上げ、的を確認。10個近く並んでいるそれは、しかしどれも黒点は付いていない。怪訝な顔で目を離したリオから速瀬が双眼鏡を引ったくると同じように確認する。
「………相変わらず凄いわね」
「そんな~、珠瀬程じゃないですよ」
 悔しそうに言い放つ速瀬に、柏木が笑みを零しながら謙遜する。しかし、リオには命中しているようには見えない。と、双眼鏡が押し返された。
「何処見てるのよ。あっちよ、あっち」
 そう言って速瀬が指差したのは、先程リオ達が狙っていた300の的……ではなく、その先距離500先の的だった。自身達の立っている場所からでは、何かある位しか認識できないそれを、まさかと否定しながらリオは双眼鏡を覗き込む。
「右から3つ目」
 頭の上から声が振ってくる。3つ目……と復誦しながら目的の物を見つけだした。
 双眼鏡の倍率を上げなければ見えない場所に、それは付いていた。
「ど真ん中だ……」
「あははは、そんな改めて言われちゃうと照れるね~」
 カラカラと笑いながら柏木が、もう一発放つ。それは僅かに先程の着弾点からずれてはいるものの、ライフル競技で有れば十点満点の位置に納まっている。
 そんな精密射撃を苦も無しに行う柏木。遠距離射撃に関しては天性の感覚が必要と言われているが、これがまさにそうなのだろう。
「何で当てれるんですか?」
「ん~、私の場合当てようと思ってるわけじゃないんだよね。ライフル向けて照準付けてると当たるって場所が感覚で分かるんだ。的と銃口が一本の線で繋がったような感じかな? あ、繋がったって感じた時に発射すれば……ご覧のとおりだよ」
 そう言って銃口で的を指向する。はぁ~と溜息しか漏れない2人を前にして、その反応が面白かったのか軽快に笑う柏木。まったく謙虚さはないが、それでいて嫌味も全くないというのは凄い。彼女自身の醸し出す雰囲気もそうだが、意図しての行動もあるだろう。
 と、
「賑やかねぇ」
 ポンとリオの頭に手を置きながら登場した人物は朝光。
 実は朝光、初顔合わせした日に抱いたリオの感触が気に入ったらしく、何かに付けてリオに触ろうとする。手を握る、頭を撫でるなどはまだ可愛いほうで、時には抱きついたり、抱き上げようとまでする。
 それに対してリオとてお年頃である。何だかよく判らないが、妙な気恥ずかしさを感じ逃げ回っているのだ。
 リオがさり気なく頭を移動させると、それを追尾しながら片手間に双眼鏡を使用している朝光。
「ん~……みっきーとリオちゃんは悪くないわねぇ。ハルーはいつも通りと……」
「何か問題でも?」
 朝光の目的がリオをかいぐる事だけではないと判断した速瀬が、額に手を当てながら尋ねる。いい加減自分のあだ名に関して文句を言う気力もなくなったようだ。それにパタパタと手を振りながら応える朝光。
「そんなに警戒しなくてもいいわよ。向こうにいるみぃちゃんからの伝言を伝えるわね、え~と……」
 ゴソゴソとメモを取り出すと、コホンと咳払いを一つ。と、それを遮るようにリオが手を挙げた。
「何? リオちゃん」
「質問なんですけど……みぃちゃんって誰ですか?」
 その言葉に彼を除く3人が目を丸くした。
「あんた知らなかったの? みぃちゃん……って朝光中尉が伊隅大尉を呼ぶ時に使うあだ名よ」
 「みぃちゃん」の部分の声量を小さくしながら速瀬が教えてくれる。どうやらこのあだ名、あまり大っぴらに言える物ではないようなのだ。
 だと言うのに。
「小さい頃からこれで呼んでたものねぇ。今さらみちる大尉、とか、伊隅大尉、とか背中がむず痒くなっちゃうわ。それにウチの隊は堅苦しい言葉は無しでしょ?」
 大っぴらに言う人物が1人、妙に様になっているウインクを一つする。その行動を見ながら、あなたにはもう少し堅苦しさが欲しいですと朝光を除く全員が思った。そんな全員の気持ちに気付かず。
「でも、これで呼ぶと怒るのよねぇ」
 残念残念といった風に肩を竦める朝光。
 それもそうだろう。あの、完璧主義者とも取れる性格に他人とは立ち位置の違うような雰囲気。部隊長という肩書きも起因しているが、やはり本人の資質の方が大きい伊隅みちるという人物。リオの脳内に何故か眼鏡を掛けているイメージが浮かんだがそれはともかくとして、そんなミス・パーフェクトとも言えるような彼女を捕まえて「みぃちゃん」では迫力も何もあったものではない。
「何でそんなあだ名が付いたんですか?」
 何も知らないリオだけが無邪気に質問する。朝光は余程話が出来るのが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべていた。
「みぃちゃんの……まだ、男友達にしておきましょうか。前島正樹……まーくんて私は呼んでるけど、幼馴染みの彼がね、小さい頃よくみぃちゃんに苛められてたのよね」
「へー、伊隅大尉がそんなことを……」
 柏木にしては珍しく、本当に驚いたように目を丸くしている。速瀬も同じような物で、やはり自身の部隊長がいじめっ子だったというのは意外だったのだろう。
「今にして思えば若かったの一言で片づけられる程度なんだけど、やっぱり子供だと重大に考えちゃうじゃない? 何で嫌われてるのかって。で、深刻になった彼がみぃちゃんと幼馴染みだった私の所へ相談に来たの。どうすればいいの? ってね」
「で、朝光先輩は何て?」
「まずは親密感を持とうよって教えてあげたわ。それで相手のことを気軽に呼べるようにこのあだ名が生まれたのよん。もちろん考えたのは私だけど、真っ先に使ったのはまーくんだったわねぇ」
 懐かしむように目を細める朝光。平坦とは言えない人生の中で、少ない気の和む時期だったのだろう。
「で、その前島さんって人がそのあだ名で大尉を呼んでどうなったんですか?」
「見事に殴られてたわね。でも、その時のみぃちゃんの表情がね~、何とも言えなかったのよぉ。必至で怒ってたけど内心はすっごい嬉しかったんでしょうね」
 何かを思いだしたのか、楽しそうに笑い出す朝光。その表情と嬉しそうという言葉に柏木と速瀬は何かを思い立ったのだろう、若干にやっとした後笑みを深めた。
 ここで置いてきぼりなのはリオである。あだ名で呼ばれた伊隅が嬉しそうな表情を作る理由が分からないし、3人の零している笑みの意味も理解できない。。妙な疎外感を感じながら、頭を回転させてみる。
 だが、幾ら考えようとも答えなどでなかった。
「何でその人にあだ名で呼ばれて嬉しくなるんですか?」
 自身では答えの出せない疑問を尋ねてみる。しかし、3人から帰ってきた言葉は「自分で考えましょう」だった。それが分からないから聞いてるんじゃないか、と若干むくれるリオ。
 一人悶々としているリオを後目に、女性陣が話に花を咲かせる。と、柏木が何かを思い出したかのように手を打った。
「そう言えば朝光中尉、伊隅大尉から伝言を預かったんじゃないんですか?」
「あらら、すっかり忘れてたわ。ええっとねぇ……」
 いつの間にか握りつぶしていたメモを再び取り出しながら内容を確認する。コホンと咳払い一つした彼女は、
「『誰が遊んでいいと言った?』」
 伊隅の声色を真似て言い放つ。そのあまりの酷似さに残り3人から感嘆の声が上がる。
 だが、褒められたはずの朝光の様子がおかしい。普段ならこのまま調子に乗って声色の真似を続けそうな彼女だが、何故か動きを止めている。その頬に一筋の汗が流れたのをリオは見逃さなかった。
 しかし、気付かなかった柏木が素直に朝光を褒め称える。
「朝光中尉すごいですね~、今の声、完璧に伊隅大尉でしたよ」
 だが、褒め言葉を受け取ったのは別の人物だった。
「そうか……朝光の声はそんなに私にそっくりだったか。それは新たな発見だな」
 朝光の背後から、笑みを浮かべた伊隅が登場した。もっとも口だけが笑みの形をかたどり、目元は全く笑っていないと言うかなり拙い表情を笑みといえるので有ればの話だが。
「確かに今回は射撃練度の底上げと言った。得意な銃器を使え、とも言った。それは憶えている。しかしな」
 声に全く温度を感じない、いわゆる怒りの臨界越えてます状態の伊隅を前に全員が冷や汗を流す。
「訓練自体は終了していたから良いようなものの、人の過去まで声を大にして話しているとはどう言う了見だ? ん? 誰か答えてみろ……特に朝光」
「限定されてる!?」
 そう言われて答えられる訳がない。真っ先に白旗を揚げたのは誰でもない、当の朝光だった。
「ゴメン、みぃちゃん! 私が率先して話したからこの娘達に落ち度はないの。勘弁してあげてね?」
 リオ達を示しながら手を合わせ拝むように頼み込む朝光。しかし、向かえた伊隅の表情は変わっていない。
「貴様、謝るつもり無いだろう」
 使われたあだ名にこめかみを引きつらせながら伊隅がツッコむ。それに対し、
「申し訳ありません伊隅大尉殿すべて自分が招いた結果です如何なる処分も受ける覚悟でございます」
 超棒読み口調で淡々と言い返す朝光。こんな時まで巫山戯られるその根性は、褒めるべきか諌めるべきか迷う所だ。現に、小さく嘆息した伊隅は浮かべていた冷笑を消し去っている。もともと表面上だけの怒りだったし、相手をするのが面倒になってきたのだろう。
「はぁ……もういい、さっさと集合しろ。早くしないと昼食の時間が無くなるぞ」
「処分は無し?」
「そんな訳無いだろう」
 一抹の期待を込めて朝光が言い放つ。それを聞き取った伊隅は、迷い無く言葉を発した。
「いくら貴様達の訓練は一段落していたとは言え、訓練時間内であったことは確かだ。しかも諫めるべき中尉2人がよりにもよって……」
 その後の言葉は、伊隅の零した溜息に掻き消された。頭痛を堪えるように額に手を当てた彼女の眉根に皺が寄っていた。
「やっぱり、罰は有りかしら?」
「貴様達4人には全員が使用した銃器分解整備と標的の張り替えを言い渡す。今日は夜間訓練は無しだ。午後の訓練が済み次第、取りかかれよ」
「「「「了解」」」」
 4人の声が被る。それを確認した伊隅は、踵を返して残りの部下の元を去っていった。
「あまり怒られませんでしたね」
 肩の力を抜きながら柏木がそう零す。
「みぃちゃん自身も動き回ってたからでしょうね。でも、隊長という立場から見逃すことは出来ないと……まったく、損な役回りねぇ。押しつけて良かったわ」
 ボソリと朝光が呟いた言葉を速瀬は見逃さなかった。
「え? 朝光中尉がもともとの部隊長だったんですか?」
 意外そうな顔を向ける3人。腕はともかくとして、その性格は隊長に向いているのかと顔に疑問を浮かべている。それに対しぱたぱたと手を振るだけの朝光。
「候補に挙がってたってだけよん。それにあの時には……ま、みぃちゃんには向いてると思ったしねぇ」
 自身も踵を返しながら背中越しに語る朝光。その背中に付いていきながら3人は、ふと彼女が発した台詞に何かをこじつけたような違和感を感じていた。



 ガチャガチャと金属の触れ合う音が格納庫内に響く。机ほどの大きさのコンテナ一つを貸し切り、その上に古布を引いてバラした部品を丁寧に吟味していく。もともと構造自体は単純であるから使用されている部品は少なく、それは整備のし易さに直結する。
 今回はその整備のし易さに助けられた。使用はしていないものの、しばらく放っておいたせいか要所要所に埃が詰まっていたのだ。
 午後の訓練は整備実習。ヴゥルカーンのそれを終えたついでに、シートの後ろから不要になったサバイバルキットを処分しようと引きずり出したのが三十分前。ついでに見つけた鉄塊に、久方ぶりに懐かしい存在を思い出し、整備を行おうと決断したのが二十分前。
 火気厳禁の格納庫は、銃器類の整備にも向いていると判断し、緋稲田から一角を借り切って分解整備と相成ったわけだった。
 銃身や輪胴内を覗き込んで、異物が詰まっていないかを確認。全体の溝や隙間の埃を拭き取り、稼働部に機械油を差して滑りを向上させる。ついでにホルスターにも整備兵から失敬した保革油を塗り込む。
 てきぱきと整備を行うリオの手は、まるで何年もそれを愛用してきたかのように淀みなく動いていた。
「リオ、ちょっと用事頼まれてくれねぇか」
「はい?」
 そんなリオに背後から緋稲田が声をかけてきた。唐突な内容に幾分眉を動かしながらも、首だけを向けて反応するリオ。その間も彼の小さな手は動き続けていた。
「何ですか?」
「お使いだ。この後は何もねぇんだろ?」
「……たぶん、その筈です」
 何か忘れているような気がするが。
 頭の片隅に異物を感じているリオを後目に、緋稲田が差し出してきたのは一枚のMDだった。裏を見、表を見ても中身が分かる訳もないが何となく見てしまうのは人間の本能か。
「コイツを第16格納庫の棲紗乃ってヤツに渡してくれ。俺からだって言えば通じるからよ」
「何でボクなんですか? 整備兵の誰かにでも頼めば……」
「その誰かさん達はな、お前さんがじゃじゃ馬嬢ちゃんの機体を派手に苛めてくれたから、その整備にてんやわんやなんだよ。それとも何か? お前さんが代わりに整備やってくれんのか?」
「……行ってきます」
「よし、いい子だ。子供は素直が一番だぜ。後で駄賃に飴の一つでも買ってやるよ」
「いりませんよ。子供扱いしないでください」
 いつから自分は緋稲田の子供になったのだろうか。
 かなりげんなりしながら、そう考えたリオは頭を振って目障りな思考を吹き飛ばすと、分解していた物を手早く組み立て腰の後ろに収め、やれやれといった風に立ち上がる。
 その様子が緋稲田の興味を引いた。
「さっきから気になってたんだけどな、お前さんのそれ、一体何なんだ? でかすぎて携帯には不向きなように感じるんだがよ。と言うかそんなもん持ち歩いて良いのか?」
「副司令から許可は取っています。それに弾は入っていませんし、コレはお守りみたいな物ですから。出来る限り持って歩きたいんですよ」
 腰に吊した物のあまりの重さにずれたベルト兼ホルスターを直しながらリオは答える。その上から上着を羽織り、腰の鉄塊を隠す。いくら香月から許可を貰っているとは言え、武器を携帯しているとなれば問答無用で撃ち殺されても文句は言えないからだ。
 と、緋稲田の視線がそれに注がれている事に気付く。
「持ってみます?」
 その視線が好奇心だと悟ったリオは、興味半分で緋稲田に提案してみる。それに対し大様に頷いた緋稲田。
 少年の腰から体に不釣り合いな巨大な鉄塊が引き抜かれる。
「だいぶ重いですよ」
「俺をなめてんのか? お前さんが持てるぐらい俺だうおぅっ!?」
 ぽんと軽く置かれたその物体は、それに反して巨大さに相応しい程の重量を持ってして緋稲田の手に襲いかかった。慌てて両手で支えるも正面に構える事は出来そうにないらしい。持ち上げた腕が小刻みに震えている。
「重ってぇ! 何だこりゃっ!? お前さんこんな物片手で持ってたのか!?」
「だから言ったでしょ? だいぶ重いって。コツがいるんですよ」
「重いなんてモンじゃねぇぞ、これは」
 うなりながら鉄塊を返す緋稲田。それを軽々と受け取って腰に戻すリオ。あまりにも異様な光景であるが、負荷の掛かった腕をさすっている緋稲田にそこまで気にする余裕は残っていなかった。
「それで? その棲紗乃って人にコレ渡したらどうすればいいんですか?」
「後はご自由にだ。飯でも食いに行きな」
「判りました。それじゃ行って来ます」
「おう
 笑顔で手を振って送り出してくれる緋稲田。それを背後に感じながら格納庫をあとにするリオ。なんだか体よく使われた気がするが、もはや文句を言う相手も居ないし、仕事を貰えたというのは、悪いことではない。
 何かしている方が楽だ。



「えーっと……」
 なんだかんだ言っても言いつけられた仕事はこなす性分のリオ。それが元々の性格なのかレイヴンとしての性格なのかは分からないが、どちらにせよ、彼は今目的の人物が見つからず困っていた。
「特徴ぐらい聞いておけばよかった……」
 そう呟いてもう一度辺りを見渡す。誰1人として動きを止めない格納庫内、目的の人物の背格好も分からないとなれば、見つけだせと言う方が無理だ。どんな人物なのか緋稲田から聞き出しておけば良かったと今さらながら後悔する。
 とは言え、緋稲田が名指しで渡してこいという程の人物だから、彼と同じ整備主任かそれ以上の立場にいる人物なのだろう。ついでに髭ででかいと見た。
 まさにその名の通りキャットウォークの上をあっちへウロチョロ、こっちへウロチョロするリオ。しかし、思い描いている人物がそうそう見つかる訳でもなく、いい加減疲れて手すりにもたれ掛かる。忙しそうな整備兵達に声をかけるのは気が引けるが、自分もこの仕事を終えないと帰るに帰れないのだ。少し我慢して貰おうとタラップを駆け下りようとしたリオに、背後から声が掛けられた。
「ぬしは先程から何をしておるよ?」
 妙に古風な喋り方と落ち着いた声色に、足を止めて振り向くリオ。
 彼の目の前に歩いてくる1人の女性。年の頃はヴァルキリーズの年長者達と同じくらいか。この場に相応しくない化粧っ気は無いながら美しい顔立ち。そして何処か眠たげな双眸。どう見ても作業の邪魔なのか長い髪を一つに結い上げ、漆黒と言っても過言ではない綺麗な瞳でリオを見つめている。身に纏っているツナギと手に持っているトルクレンチが驚くほど似合っていない。
「何ぞ先刻からうろちょろ動いておると思えば………」
 そこで女性は一旦言葉を切った。眠たげな双眸を細め、じっとリオの顔を覗き込む。黒曜石のような美しい瞳にリオを映しながら、女性は一言ぼそりと「………かの?」と聞こえないほどの声で呟いた。
「え?」
 内容をハッキリと聞き取れず、間抜けな声を上げたリオに、初めて女性は気付いたように目を瞬かせる。
「すまぬの、気にするでないよ。……しかしよくみれば覚えのない顔よな。わしが見た事が無いという事は新参の輩かの。名は何というよ?」
「リオ……ですけど」
「ほうか、リオというか……それで、ぬしは先刻から何をしておる? 随分と落ち着きが無いように見えたがの」
 奇妙な人物に捕まってしまったが、これはこれで良いタイミングだ。そう思い、リオは言いつけられた仕事を行う。
「あの、ちょっと人捜しを……」
「うん? 誰かの? この格納庫の輩か?」
「あ、はい。棲紗乃さんっていう人を……」
「ほう……ならば丁度良かったの。その者はすぐ近くにおるわ」
「へ?」
 目の前の女性がふと視線を下げる。その緯線を辿ればその先には、先刻の予想通りでかい図体の整備兵が以外と身近にいた。
 何やら指示を飛ばす中年。残念なことに髭はないが、彼が緋稲田の言う棲紗乃なのだろう。礼を言ってその中年の元に行こうとしたリオの眼前を、ヒュンッと風切り音を残し何かが猛スピードで通り過ぎていった。
 慌てて視線を戻せば、いつの間にやら手の中のトルクレンチを消し去った女性。もう一度レンチが飛んだ軌跡を追うと、その先では中年の男が飛翔したであろう物体を受け止めていた。
 あのスピードの飛翔物を掴むなんて、さすが緋稲田の知り合いと言った所か。
 と、妙に感心していたリオの頭がポンと軽く叩かれた。
「何処を見ておるよ。ぬしの目当ての人物は目の前におるであろうが」
「………は?」
「わしだよ。弥刀棲紗乃(みと すさの)とはわしの本名だよ………しかし、わしを下の名で呼ぶなんぞそんなに数はおらんはずだがの。誰の使いか?」
「あ、緋稲田主任からコレを渡すようにって……」
 そう言ってリオが渡したMDを興味深そうに眺める。眠そうな双眸を微かに見開いたその表情は、何処か挑戦的である。
「久志貴か。あん男め、何ぞ厄介事でもわしに押しつけるつもりかの」
 口調の割には楽しそうに緋稲田の名前を呼び捨てにしながら目の前の女性がリオが渡したMDをツナギの胸ポケットに放り込む。どうでもいいが、口調と服装がこの上ない程似合っていない。
「ご苦労だったの。奴にはわしから言うとくでの、ぬしはもう戻ってよいよ」
「あ、はい……」
 言うだけ言うとさっさと歩き去っていく弥刀。彼女の口調から緋稲田と単純ならぬ仲だと言う事は理解できたが、一体2人の間に何があったのだろうか。気にはなったがその疑問を口にする間もなく、目の前から女性は消え去っていた。
 何か空ぶった気分になったリオ。が、言いつけられた仕事は一応終えたので、格納庫を後にしようと何となく周囲を見渡した彼の目に、見慣れない物が映った。
 鈍い地肌を覗かせる戦術機が並ぶ中、その最奥に、目にも鮮やかな紫で着色された機体がひっそりと佇んでいたのだ。
 興味を引かれ、タラップを駆け下りその機体に近づく。と、同時に妙な違和感を感じ始めた。
 【吹雪】と呼ばれる高等練習機に混じって佇むその機体は、形状からどう見ても実戦仕様の特別機。しかし、周囲に同型の機体が見受けられない事から試作機とも考えられる。
 それはそれで別種の機体と混成させるのも不思議だな、と我知らずその機体に興味を抱くリオ。じっと紫の機体を観察する彼にも、人並みに好奇心はあるのだ。
 鎧武者のような禍々しさを発しながら、同時に美しさを醸し出す紫の機体。一本角のよう飛び出した頭部のセンサーマストに正に人間の目のようなメインカメラ。曲線で構成された細身の機体は刃を連想させる。そして強調するかのような飛び出した肩当てとそれ自体が凶器のような二本爪の脚部。もはや人間と言うよりは鬼武者と言った方が当てはまるだろうか。
 試作機にしては随分と完成度が高そうだが、誰かの専用機なのだろうかと考え、次の瞬間にはその考えをかき消すリオ。
 チリチリと首筋に違和感を感じながらさらに機体に近づく。
 元の世界と違い、この世界は物量戦を行っている。そんな世界で専用機を作るなど無駄も良い所だ。個人にしか使用できないような機体は、所有者が死亡した時点で無用の長物である。
 そう考えるなら、多少性能を落としても万民に適応する機体を作成するべきなのだ。そうすれば、いざというときの使い回しがスムーズになる。
 人の事言えないけど、とリオは自身に機体を思い出し内心苦笑した。ワンオフの機体であるACは個人認証システムこそ積載していないものの、結局の所持ち主であるレイヴン以外は扱う事は出来ない。何故ならレイヴン個人個人で得意な戦い方は千差万別だ。自身の慣れない機体に乗ったところで、その特性を生かすことなど出来はしないからだ。
 紫の機体をまじまじと見つめるリオ。近づいてぺたぺたと機体に触れてみる。材質の違いは感じられないから、やはり誰かの専用機なのだろうか。
「うーん……」
 唸りながら彼は動きを止める。もっとも目の前の機体に対して唸ったわけではない。
 そのまま背後に意識を向けた。先程から感じていたが、やはり誰か居る。それも気配を消すつもりはないのか随分と濃密な威圧感を放っての登場だ。
 全身をほどよく緊張させながら、背後を振り向く。何時仕掛けられても対処出来るようにだ。
「………」
 振り向いた先にはじっとこちらを射殺さんばかりに睨み付ける4対の視線。その先頭に立つ鮮やかなエメラルドグリーンを腰まで伸ばした長髪の女性が、すっと一歩踏み出してくる。
「下賤な手で触れるな」
 結ばれていた唇が冷徹な声を紡ぎ出す。必死で怒りを押し殺していると感じさせる声の温度。これ以上目の前の機体を触り続ければタダではすまさないと暗に語っている視線。まるで仇敵を睨み付けるようなその瞳を、真っ向から見据えるリオ。
 目の前の女性の機体だったのだろうか。確かに自身の機体を見ず知らずの人間に遠慮もなくぺたぺた触られれば憤りも湧くというモノだろう。
 にしては随分と怒り方が尋常ではないようだが。
「……スミマセン」
 睨まれ続けるのも嫌なので、一応謝罪しその場を去ろうとするリオ。
「待て」
 しかし、彼の歩みは続けて発された女性の声に止められる。
 まだ何かあるのかと振り向けば、こちらにツカツカと歩み寄ってくる女性。その後ろにまるでお供のように三人の少女が追従している。少しの距離を置いて、その女性は脚を止めると口火を開いた。
「貴様の名前、リオ・レムレースと、間違いないな?」
 尋ねているくせに、既に断定しているような口調。見ず知らずの人間に名前を呼び捨てにされる不快感を感じながらも、ここで無視すればさらに面倒なことになりかねない。言葉は発さず顎をひいて肯定の意志を示す。
 それに対し、女性は剣呑な表情を深めただけ。整った柳眉がジリジリと跳ね上がっていく。
「……尋ねる。貴様は何者だ? 何を企んでいる?」
 いきなり穏やかでない質問である。第一質問自体が先程と矛盾しているし、何を企んでいると言われても、どう答えてよいやら分からない。
 険悪な空気を存分にぶつけてくる目の前の女性は、どう見ても冗談を言っている雰囲気ではないし、リオとしても冗談を返すつもりもない。そもそも、いきなり現れて頭ごなしに詰問してくる人間に素直に答えるほど、リオは従順な性格ではない。
「自分の名前も名乗らないような人に答える気はありません。それじゃ」
 そう言って歩き出そうとする。だが、背後からの声がその脚を止めた。
「貴様の名、偽名だな?」
 小さな肩がピクリと反応し、少年はもう一度女性達に振り向いた。真っ向から見据えた銀色の瞳、それは先程とは打って変わって一切の温度を消し去っている。
「だから?」
 例えるなら機械のような冷たさを孕み、一切の感情の光を消し去った銀眼で女性を睨み返す。その無機質な視線に女性の背後に立っている3人の少女が僅かにたじろいだが、当の女性はそんな視線を受けながらリオに向けて厳しい口調で言葉を続ける。
「わざわざ偽りの名を用いて国連軍に介入した理由は何だ? あの白銀とも面識があるようだが、貴様達は何を画策している?」
 女性の口から出たシロガネという単語が若干引っ掛かるものの、今は彼との関係を尋ねている場合ではない。どう見ても自分を悪者に断定している女性は、何を言っても無駄なようだ。
 何より、自分をじっと見つめてくるその視線が気に入らない。自身の正当性を信じて疑わない盲目的な視線だ。狂信的な信念を孕み、自身に無い物を持っている。
 いっそ羨ましいほどの迷いのない視線。
 ホントウニ。
「………気に入らない」
 ぼそりと、リオの唇から言葉が漏れる。幸いにして女性達には聞こえなかったようだが、異変に気付いたらしい。先頭の女性の背後に控えていた3人の少女が、徐々にだが左右に広がっていく。無手のようだが、そんな事は気休めにもならない。そもそも得物が必要なら何かしら仕込んでいるはずだ。
「もう一度問う。偽りの名で国連軍に介入し、何を企む? 素直に答えれば命まで取らずに置いてやろう。どうやってかは存ざぬがあの坩堝から生き残った命だろう? 容赦は加えてやる。……だが、これ以上誤魔化すようで有れば」
 じりっと女性が重心を移動させた。同じように腰に手を回しながら、リオは言葉を返す。
「……あなたがボクと同じ立場だった場合、自身の秘密をぺらぺらと話しますか?」
「何?」
「お互いの名前については、どうでも良いです。知った所で何の意味もありませんし……ただ、ボク自身知らない事を一方的に質問されても困ります。だいたい何ですか、坩堝って」
「貴様、まだシラを切るか!!」
「気付かれないと思ったのですか?」
 左前面に展開した色黒の少女が怒声を吐き出す。続いて右前面のお団子頭の少女が間延びしていながら友好的とは言えない声を発する。そんな反応に、若干リオの唇が引きつるが、それでも努めて平坦な声を出す。
「シラもクソも無いです。そもそも、そんなにボクを目の敵にする理由は一体……」
「貴様の質問に答える必要はない。先程の質問に答えろ。返答次第ではただではすまさん」
 あまりの高圧的な態度に、リオの奥歯が噛み締められた。小さく徐々にだが、確実にリオの心に芽生えた悪い感情が成長して行く。
 腹立つ……と唇の形だけで語った少年は上着の下で腰に回された白い手に、不釣り合いな程巨大な銃把を握らせる。
 撃つ必要はない。ただ殴りつければ人間にはそれで充分だ。
 少し痛い目を見なければ逃がして貰えないらしい。以前に速瀬達とあった時と似ているが、あの時はまだ状況に納得が出来た。しかし今の状況では、この湧いてくる感情も仕方のない物だろう。
 このふつふつと湧いてくる苛立ちは。
「答えろ。もしも貴様があの御方に、ひいては日本帝国に仇成すようで有れば……」
「ウルサイ」
 少年が端的に発したその言葉で、周囲の空気が凍り付いた。一瞬何を言われたのか4人の女性は理解できなかったのだろう。若干の間があった。
「なっ……!?」
「きっさまぁ!!」
 女性の背後に控えていた色白の少女と、色黒の少女が瞬時に激昂する。お団子の少女は辛うじて唇を引き結んでいるものの、今にもタガが外れそうだ。飛び出さんばかりの3人の眼前に手を挙げ諌める女性。とは言え、彼女の表情も限界と言った所だ。
 対してリオは能面そのもの。顔面の筋肉一つ微動だにしない完璧な白仮面。目の前の女性達のような、人間らしさを発する「何か」が一切消え去っている。
「我慢して聞いてればワケわかんない事をグダグダと……いい加減鬱陶しいよ」
 もはや敬語を使うのも面倒になったのか、タメ口で話し始めるリオ。その言葉に4人の纏っていた雰囲気が、険悪から殺気へと変化する。
「貴様……その態度は認めるのだな?」
 肩眉を跳ね上げ、死刑宣告のような言葉を紡ぎ出す女性。ここでもしもリオが首を縦に振れば、即座に4人が飛びかかってくるだろう。 いや、ここまで状況は悪化したのだ。縦に振る振らないの次元ではない。
 4対1、しかも相手は立ち振る舞いからして殺人術を会得しているであろう生粋の軍人だ。精神的に未発達であろう少女3人は、挑発すれば何とかなるだろうが、隊長格である目の前の女性は簡単にはいかないと判断する。
 先手を打った方が良いか?
 ずるっと腰から巨大な鉄塊が抜き取られる。持ち場所を銃身の部分に持ち替え、いつでも殴りかかれるように構えた。徐々に右足のつま先に体重を移動させていく。同じように身構える女性達。
 まるで火薬に点火する寸前のような張りつめた空気が周囲に充満していく。
 互いの緊張感が臨界点を越え、つま先に溜めに溜めた体重をバネとして、両者が飛び出そうとした瞬間。
「騒がしいのは好かぬよ」
 間に声が割って入る。
 放っている殺気そのまま、5人の目が声の主に集中する。
「何ぞわしの部下達が戦々恐々しとるとおもうたら、ぬし等は随分と人目を憚らんのよな」
 弥刀が軽い口調で言葉を発しながら、リオと女性の間に割って入ってきた。
「口喧嘩までは大目に見るがの、それ以上はわしの目の届く範囲では許さんよ。この格納庫でわしを怒らせたらどうなるか、そこの坊はともかく月詠中尉殿は存分に知っておろう?」 クスクスと子供っぽい笑みを浮かべながら、えも言わさぬ気配を醸し出す弥刀。今さらながら相手の階級を知り、拙い事したとリオは後悔した。
 軍という組織では何があっても上官に逆らう事は許されない。階級という物は、実質的な発言力の強さ以上に、心身の動きを制御する物でもあるのだ。
 いくら一方的な詰問に腹が立ったとは言え、危うく手を挙げそうになっていたのは事実。上官反逆罪で拘留されても文句は言えない。
 だが、彼の懸念をそこそこに、月詠は割って入った弥刀に殺気の矛先を変える。
「悪いが、我々とそこの少尉とでの話だ。貴女には関係のない事。作業に戻られて結構だ。じきに終わらせる」
 言葉遣いこそ丁寧なものの、邪魔するなと暗に語っている視線を弥刀にぶつける月詠と呼ばれた女性。しかしその殺気を纏った視線を真っ向から受け止め、尚も弥刀は笑みを浮かべていた。
「しかしのう……ぬしらが殺気を放っている所為でわしの部下達が騒ぎ出してよ。このままでは能率が悪くなるでな。とりあえず互いに物騒な物はしまってくれよな」
 その言葉を聞いて、初めてリオは月詠と呼ばれた女性の手に、小型の短刀が握られている事に気が付いた。
 そんなことにも気が付かなかったとは、だいぶ頭に血が上っていたようだ。一度大きく息を吐き出し、頭を冷却するリオ。
 仲介者が入った以上、流石に目の前の女性も仕掛けてくるようなことはないだろうと判断し、鉄塊を腰の後ろのホルスターに戻し緊張感を解く。殺気を放っていた人物の前で得物をしまうなど状況判断が甘い証拠だが、傍らに弥刀がいれば月詠は動きそうにないと感じたのだ。
 それを確認し満足げに頷く弥刀。
「ほれ、子供が先に動いては格好がつかんぞ? ぬしらもこのような所で油を売っておらず、本来の仕事に戻ってはどうだよ?」
「一介の整備主任に口を挟まれることではありません。これは私達帝国軍と、そこの不審人物の問題ですから」
「不審者とはのう……少尉殿はワシの部下達が不審者を易々通したと仰るわけかな」
 お団子の少女の声に、弥刀は納得したようにふむふむと頷く。そんな様子を見ながら、ふと、リオは弥刀に妙な気配を感じた。
 外見とは裏腹に今にも破裂する寸前の風船のように、極限まで緊張感の高まった空気をまとい、弥刀は月詠達を見る目をすっと細める。しかし4人の放つ殺気によって緊張していると言うわけでは無さそうだ。
 どちらかというと、先程の自分と同じ―――苛立ちが最高潮まで達する寸前のような空気なのだ。
 それに月詠自身も気付いたのだろう。何か拙いと判断したのか口を噤んだ彼女だったが、代わりに色黒の少女が言葉を発する。
「国連軍の整備兵は随分と身の程を知らないようだな。いいか、我々の行動を妨げるということは帝国軍に反することであり……」
 何か御託を並べ始めた少女に対して弥刀は嘆息一つの後に、言い放った。
「図に乗るでないよ。阿呆」
 先程までの眠たげな双眸が消え去り、酷くつまらなそうに目を細め、少女の言葉を切って捨てる弥刀。それだけで彼女から受ける印象は一変した。
 尉官の言葉を遮るなどあってはならないことだが、弥刀と少女では圧倒的に醸し出す迫力が違っていたのだ。
 少女が尻尾を逆立てている猫なら、弥刀は目を覚ました獅子。
 圧倒的に、格が違う。
「いくら帝国の斯衛といえど、これ以上の蛮行は目に余るから言うとるよ。この横浜基地で、この格納庫で、わしを敵に回すのがどれ程無謀なことか、一から教えてやろうか? のぅ、小娘風情が」
「一介の整備主任如きが……! 我らに刃向かう気……」
「っ! 控えろっ、巴!!」
 仲間の危機、と色白の少女が弥刀を威圧するように言葉を叩き付けるのを、慌てた様子で月詠が押しとどめる。
 ふと、リオは周囲から無数の気配を感じた。慌てて見渡せば、格納庫にいた整備兵の大半が穏やかでない視線を向けてきている。まるで猛獣の群に放り込まれたような感覚を覚えさせる重圧に、知らず知らずのうちに背筋に冷たい汗が流れ落ちた。
「………」
 少女たちもそのことに気が付いたのだろう。額に冷や汗をかき、表面上こそ冷静な月詠も忙しなく視線を動かしている。全員の動きが停滞したことを確認したのか、弥刀が表情を緩めた。
 それだけで周囲の空気が一気に弛緩する。まるで弥刀が周辺の大気すら操っているような錯覚を覚えさせる。
「いらぬ体面など捨てればよいのにの……ま、よいよ。どのみちぬし等の喧嘩はこれまでだよ。リオや、迎えが来ておる」
 そう言って弥刀は背後を指さすと、そこにはこちらに走ってくる朝光の姿。近づいてきた彼女は一度腰を落とすと目線をリオに合わせ、力強い笑みを浮かべる。
 それは救援に駆けつけた者の笑み。だが、その笑みの正体を掴めなかったリオは怪訝な表情をするだけ。
 そんなリオを後目に、立ち上がった朝光は月詠に視線を向けた。
「この子に何の用でしょうか?」
 小さな怒りすら内包するその言葉。対して月詠は失敗したという顔つきになる。
「恩賜の機体に不作法に触れたことはお詫びしましょう。しかし、先程の態度はどう見ても貴女方に非があると思われます。この子について不信感があるのでしたら、私の上官に直に談判なさってください」
 いつもの軽い口調とは一転して、厳しい気配を発する朝光。まるで我が子を護る母親のような姿。
「それぐらいで良いよ、春華。月詠中尉もこれ以上無駄な時間を過ごすことも無いであろう? まさか斯衛とも有ろう輩が、たかだか口喧嘩を引きずることもなかろう? リオがもう一度詫びて、この場は収めるとしようの」
 牽制の言葉を込めて仲介する弥刀。先程までのリオとのやり取りを上官反逆として報告すれば、それは即ち自身の手で負えなくなったとして泣きつくことを示唆している。プライドの塊である斯衛軍にこう言っておけば、それほど公になることもない。
 とは言え一方的に引っ込め、では周囲に示しがつかない。そこでリオに謝罪させ、一応のメンツを保たせようとしているのだ。
 上手い手を、と素直にリオは感心する。先程までのつまらなそうな、それでいて底冷えするような雰囲気などは微塵も残っていない、眠たそうな双眸の女性。その目はさっさと謝ってしまえと語っている。
「……中尉殿、申し訳ありません」
 頭を下げる。それを一瞥した月詠は、小さく何事かを呟くとそのまま去っていく。
「朝光中尉、縄はしっかりと握って置いた方が良いぞ。その者、そのような外見を……」
 リオが聞き取れたのはそれだけ。顔を上げた時には既に月詠達の姿はなく、朝光が大きく息を吐き出していた。
「寿命が縮んだわねぇ。まぁったく、リオちゃんも元気なのは良いけど、喧嘩売る相手をもうちょっと考えないとねぇ」
 盛大にため息を付く朝光に、何時も通り眠たげな双眸を向けた弥刀が、若干楽しそうに視線を向ける。
「そうかの? この坊はなかなかに面白いよ。何せ斯衛相手に一歩たりとも退かぬかったからの。それどころか気圧しておったよ」
「弥刀さんのお陰で助かっちゃったわ。アリガトね」
「気にするでないよ。わしとて騒がれるのは好かぬのでな、それにその言葉は部下達にも言ってもらえるかの」
「あ、そうね」
 格納庫全体に響き渡る声で、礼の言葉を朝光が叫ぶ。それに対して手を挙げたり、工具を振ったりと思い思いに応える整備兵達。その光景を満足げに眺める弥刀。
「しばし見んうちに中尉とは、また立派になったの。そう言えばみちると綾女は息災か?」
「2人とも元気いっぱいよん。みぃちゃんもらぎっちも女になっちゃってるしねぇ~」
「あの堅物と男勝りが恋を出来るとはの、わしも年を取ったものだよ」
 クスクスと小さく何かを含ませ笑う弥刀。何やら思い出したことがあるらしい。それに同じように笑みを零す朝光。
「あらま、どの口がそんなこと言ってるのかしら? 全然思ってもいないくせに」
「おや、バレたかの?」
 一度顔を見合わせ楽しそうに笑う2人。随分と仲が良く、見た目それ程年齢が変わらないように見えるのだが、同期なのだろうか。
「朝光中尉は棲紗乃さんと知り合いですか?」
 とりあえず尋ねてみる。
「春華姉様って呼びなさいって……そりゃ知り合いも知り合いよ? だって私たちが訓練兵の頃からのつき合いだもの」
「ああ、同期なんですか?」
 その言葉に首を横に振る朝光。
「私たちが訓練兵の時から……うぅん、もっと前からだっけ? この格納庫の整備主任してくれてるのが弥刀さんなのよん」
「春華の隊だけに限らず、大方の訓練兵の機体はこの格納庫で受け持つようになっておるでの。こやつらもわしが受け持ったのだよ」
「あ、それで……」
 納得し掛けたリオは、ふと疑問に気付いた。
「ところで春華よ。ぬしは……」
「分かってるわよ、弥刀さん」
 傍らで何やら話し出す2人を無視して、その疑問を探ってみる。
 彼女達の機体を整備していたということは、朝光達が訓練生の時には既に一人前の整備兵であったのだろう。
 それは良い。だが、気になる単語があった。
 整備主任。この単語だ。
 緋稲田と同じその肩書きは、長い年月を得た熟練の整備兵が授かる称号でもある。だが、朝光とそれほど歳の差がないように感じる女性には、似つかわしくない。
 だが、見た目からはとても想像出来ない。じっと凝視するリオに気付いた弥刀は、「良い女は年を取らぬものよ」と言い残して消えていった。
「弥刀さんの実年齢って、知ってる人居ないのよね」
 ぼそりと呟いた朝光は、そのままリオを手招くと格納庫を後にする。
 しばし通路を歩く足音だけが響いた。
 その沈黙に耐えきれず、誤魔化しをかねてリオは朝光に疑問をぶつけた。
「どうして中尉が来たんですか?」
「リオちゃんねぇ、何か忘れてることがあるんじゃない?」
 リオの疑問には答えず、逆に質問する朝光。無視された形だがリオはさして気にしている様子はない。朝光が人の話を聞かないのはいつものことだ。
「……何かありましたっけ?」
「もう忘れちゃったの? その年で物忘れの傾向なんてちょっと拙いわよん」
「いや、そうじゃ……いいですよ、それで。で、ボクが忘れてる事って何ですか?」
「午前の射撃訓練の後、みぃちゃんに何て言われてたかしらねぇ~」
「隊長に? え、と………あ」
 訓練を放り出し、速瀬との勝負に興じていたリオ達を諫める意味で伊隅が突き付けたペナルティを思い出す。
 すなわち、使用した銃器の分解整備と、標的の張り替え作業。
「思い出せたかしら?」
「そう言えば言われてましたね……じゃあ中尉はわざわざボクを呼びに?」
「そうよん。整備実習の片づけでゴタゴタしてたら、いつの間にかリオちゃん居ないんだもの。ペナルティが嫌で逃げ出したのかと思っちゃったわ」
 失礼な、と反論しようとしてリオは口を噤む。実際に忘れていたわけだし、緋稲田の頼み事を聞いて格納庫を去ったのも事実。これでは逃げ出したと取られてもおかしくはない。「緋稲田さんに聞いたら16番格納庫に居るって言うじゃない? で、呼びに来たらさっきの場面だもの。おねーさん軽く10年は寿命縮んじゃったわねぇ」
 戯けた様子で言い放つ朝光は、いつもの軽い態度の彼女だ。その態度に先程の行為が不自然に思えて、あえてリオは疑問を口にする。
「何で助けてくれたんですか?」
 その言葉に疑問符を頭に浮かべる朝光。純粋に分かっていないらしい。
「さっきの格納庫の事です」
「ん? ……あ~、当たり前じゃないの。いきなりあの機体に触ったリオちゃんも悪いけど、月詠さん達もちょっとしつこすぎるわよね。それに何だかリオちゃんが不審者みたいに言い出してたし、そりゃ見逃せないでしょ」
 腰をかがめ視線をリオに合わせる。その表情は優しい笑みを湛えている。こうも色々な表情が出来る女性も珍しい。
「………」
「仲間だしね。あ、仲間って言っても無条件な物じゃないわよ? もしもリオちゃんが悪いようだったら口出ししなかったけど、さっきのはどう見ても向こうが悪いでしょ? 一方的に詰問して望む回答が得られなかったら怒り出すなんて、そんな人にわざわざ付き合う必要なんてないわ。それに、仲間が責められてるのに無視出来るはずが無いじゃないの」
「仲間……」
「そうよん。リオちゃんはもう私たちヴァルキリーズの一員なのよ。チームなんだから、ね?」
 そう言って腰を上げた朝光は、柄にもないこと言っちゃったわねぇ、とごちり歩き出す。
「……何してるの、リオちゃん。こっちいらっしゃいな。まだ仕事が残っているでしょ?」
 脚を止めていたリオに気付き、手を伸ばして来る。だが、リオはその手を取ることはなく、ただ朝光に追い付いただけ。
 行きましょう、と端的に言い放った少年に、朝光はとても寂しそうな表情を向けるが、それも一瞬のこと。
 次の瞬間にはいつも通りの饒舌で態度の軽い彼女に変わっていた。



 後書き



 此処までお読み頂き有難うございます。筆者のD-03です。
 まずは、全国五千万のマナマナファンの方、そして三千六百万の3馬鹿ファンの方申し訳ありません。彼女達を完璧な噛ませ犬扱いにしてしまいました。リオの生意気な態度を画きたかったのですが、ヴァルキリーズ相手だと面白みがない、ということで彼女達の緊急出演となったしだいです。
 そしてまたしてもオリキャラ登場。どこかで見たことがあるのは勘違いでは有りません。彼女がモデルですので。流石に神器は持っていませんが。
 それと前半の訓練は、訓練って雰囲気じゃないですね。正直自主練と言ったほうがいい空気です。何で如月がガンカタしてんですか。そりゃ友人にも「まるでファルスだ」って言われますよね。
 最後に。リオが持つ鉄塊、あれ一応壱話でそれとなく伏線を張っていたのですがお気づきでしたでしょうか。ただの「拳銃型」の自衛用の武器です。
 では、次回もどうぞ、リオにお付き合いください。