「…………」
電子音がコクピット内の響く。その音に包まれながらリオはFCSに、データを流し込み読み込
ませていく。
マシンガン―――この世界では突撃砲と呼ばれるそうだが―――や銃身を延長した狙撃砲、長刀やミサイルなどの兵装データをヴゥルカーンに憶えさせているのだ。
自身と兵装がワンオフの代物である以上、何時かは弾薬が尽きる。補給の宛が無い事もないが、そうそう都合良く話が進む事もないだろう。わざわざ個人の為に弾薬を特注するなど無駄も良い所だからだ。
となるといざ戦場に出た時、自分の兵装以外使えません、では話にならない。換装がスムーズに行えるよう、あらゆる兵装を理解しておくのもACパイロットであるレイヴンの仕事である。
とは言っても、兵器という物は実際に使うまでどのような不都合が出るか解らない。比較的楽にヴゥルカーンに扱えそうなものといえば、ミサイルと突撃砲くらいだ。そもそも長刀など生まれてこの方触れたことなど一度も無い。剣戟モーションから覚えこませなくてはならないだろうし、その作業も残っている。
「ふぁぁ……」
小さく欠伸して目を擦る。結局昨夜は遅くまで朝光に引き回され、涼宮や速瀬からは戦闘技術について根掘り葉掘り聞かれ、その後には香月に言われていたデータ纏め。。
何だかこの世界に来てから寝不足だ。と思いながら、またしても欠伸。
因みに彼が1人きりで作業をしているのは、他のメンバーが全員シミュレーターで訓練を行っているからである。
見学しているという選択肢もあったが、それよりはヴゥルカーンにもこの世界に慣れて貰おうと思ったのだ。それにバックアップ体制の整っていない状況では、シミュレーターはもちろんの事、実機演習も行えない。正直に言えば、暇なのだ。
もちろん伊隅の許可は取ってある。
「………ふぅ、とりあえずは一段落っと」
最後に大きく息を吐き出し、作業を終了する。伸びをするとコキコキと関節の鳴る音が耳に響く。と、足下から音と共に僅かな振動が伝わってきた。誰かが装甲を叩いているのだ。
ハッチを開き外に顔を出せば、機体の足下には朝光、如月、築地の3人。通常の軍服に着替えているから訓練は一段落したと言う事だろう。築地が手を振って降りてくるよう示す。ラッタルを降りるのも手間なので、機外に出ると機体の凹凸を利用して地面に飛び降りる。猫のような身軽さで着地するリオ。一拍遅れてリオの腰から小さく涼やかな音が響く。
その身軽さに3人娘(?)が目を剥く。如月が小さく口笛を吹いた。
いち早く衝撃から我に返った朝光が言葉を発する。
「お昼食べに行きましょ」
そう言われてふと気付けば、時間帯は既に昼を過ぎている。作業に没頭していた為気付かなかったが、確かに腹も減っていた。是非もなく頷いたリオは3人に連れられ格納庫を後にする。
4人分の足音を響かせる廊下。如月と朝光は2人並んで前を歩きながら、先程の訓練の事だろうか、熱心に言葉を交わしている。それを一歩引いて見ている築地。と言っても彼女も時々口を挟んでいる。制圧支援である彼女の方が全体を目にしている為、客観的な意見を持てるのだろう。その光景を目にして、ふと元の世界の事を思い出す。
かつて自分を拾ったあの女と男も、依頼を果たした後はこうやって意見を交わしていた。もっとも一方的に女の方が注文を付けていた気がするし、男の方は聞き流していただけだったような気もするが。
「………だからあそこで突っ込んじゃったから、みぃちゃんとハルーに挟撃されちゃったんでしょ?」
「まさか打撃支援が上がってくるとは思わなかったからなぁ。思わず飛びついちまった」「その結果がB小隊全滅ですからね~。そりゃ速瀬中尉も怒りますよぉ」
「って言っても本人も飛び込んでたんだからどっこいどっこいなのよねぇ」
「結局、腕立てやらされたけどな」
たははは、と軽く笑い、さして反省もしていない様子の如月。その右顔に走っている傷跡が笑みをかたどった筋肉に引っ張られ歪む。その生々しさに思わず注視し、歩みが遅れてしまう。
結果として築地に不審がられた。
「そうですよねぇ、やっぱり突撃前衛の………んん? どうしたの、リオ少尉」
「あ、いえ……何でもないです」
まさか如月の傷跡が気になって足が止まりました、などと言えるはずがない。が、リオの誤魔化しはさして意味がなかった。あっさりと如月本人に見破られる。
「あん? 何だ、あたしのコレが気になんのか?」
右顔に大きく走る傷を指で撫でながら尋ねてくる。これ以上誤魔化す訳にもいかず頷くリオ。しかし如月本人は気にした様子もなく、そうか、と言い放つとそのまま歩いていく。
人間は自身の体に残る傷を指摘されると、大抵嫌な顔をする。リオとてそうだ。にもかかわらずあの軽さは何なのか。まさか何か意味があるのだろうか。
「らぎっちのあれね、明星作戦の時に出来た傷なの」
明星作戦という単語を脳内から引っ張り出す。もっともリオにしてみれば、この世界で二年前に行われた大規模な反抗作戦、というくらいにしか認識していない。
そんな彼を無視して朝光が語り出す。それに気付いているはずの如月は何も言わない。
「あの、言い辛い事なら別に……」
「構やしねぇよ」
リオの心遣いをあっさりと自ら切り捨て、如月が事も無げに言い放つ。
「いや、でも……」
一応人並みに気遣う心はあると自負しているリオ。なおも言葉を紡ごうとしたリオの唇に朝光が人差し指を当てて、彼女自身も同じように唇に人差し指を当てている。微笑みながらも頑とした表情に竦められ、反論する意欲を削がれるリオ。
「いいのよ、リオちゃん。同じ隊の仲間になったんだから、お互い色々知っておくのは悪い事じゃないわよ」
小声で優しく諭すように語りかける朝光。その文中に含まれた単語に、僅かに表情を歪ませるも、幸いな事に誰にも気付かれなかった。
「らぎっちが所属してたのって帝国軍第9師団だったわよね?」
「ああ。旧横浜線から旧京急本線沿いの前線に投入されてな。その時の隊長、後詰めだからって安心したんだろうよ。気付いたら随分と前線深くまで入り込んじまってたんだ」
あの隊長、昔っから気配り足りなかったんだよな、と苦笑を交えて付け足す。朝光が言葉を受け継ぐ。
「その時よね、HQから後退命令が出たのって。何でも米軍が新兵器を使うから着弾予定地にいる部隊は近隣の部隊と合流して急いで離れろって内容のやつが」
「あ……それって、G弾ですかぁ?」
何か思い当たる節があったのだろう。築地が間延びした口調で言葉を挟む。それに肯定の意志を示しながら如月は言葉を続ける。
「そう。当時の、しかも下っ端であったあたし達には何の事か分からなかったけど、その通信聞いてあの隊長無茶苦茶驚いてな、まぁ、いきなりの話だったからてのもあるけど、後々調べたらそん時あたし達の隊、物の見事に着弾地点にいたらしくて。聞いてない聞いてないって散々喚き散らしながら後退し始めたんだ」
「奇襲受けたの、その時だっけ」
若干声のトーンを落とした朝光が、思い出すように如月に尋ねる。
「今からすりゃBETAの連中も何か異常を感じて地上に出てきたんだろうな。……ま、そこに丁度隊が鉢合わせ。必然的に突破戦になるわな」
肩をすくめ、軽い失敗談のように話し続ける如月。
「真っ先に後方の打撃支援と制圧支援が潰された。んでもって道開いてた突撃前衛もやられてな、ものの見事に敵に全周塞がれちまったんだ。タイムリミットも迫ってたから迂回してる暇もない、正面突破で包囲を破るしかなかった。で、突破には成功したけど部隊の半分が喰われちまった。ま、残ってたら確実に死んでたんだから結果としちゃ悪くはなかったんだろうよ」
腰に手を当て、空中に視線を投げながら、如月の独白は続く。
「でだ、もうちょっとで味方に合流できるって時に、突然レーザーが部隊の連中を襲った。撃ち漏らした光線級だと思うけど……その頃は撃震だからな、まともな回避も出来なかったんだよ。あたし自身は何とか回避には成功したけど機体は半壊、地面に叩き付けられた衝撃でフレームが歪んで、そん時に飛び散った管制ユニットの破片でこの傷が出来たんだ」
懐かしむように傷を撫でる。その表情に一片の陰りもない。子供に昔話を聞かせる親のような表情だ。
「半壊つってもレーザーで機体の下半身が根こそ削ぎ吹き飛ばされてたんだ。衝撃で機関や跳躍ユニットが誘爆しなかっただけでも御の字だったんだぜ。………でもま、機体も動かない、同じ部隊の連中はとっくにいない。こりゃもう駄目だって諦めてた時に、合流予定だった味方が救助に来てくれたんだ。普通ならそのまま無視するべきなのにな。一瞬目の前の光景が信じられなかった。だって、たった1機の為に1個小隊が救助に動くんだぜ? 自分の状態も忘れて呆れたよ、こいつら馬鹿だって。しっかし、あんときゃホントに、味方の不知火が天使に見えたぜ。アイツのお陰であたしは今ここに居られるってわけだ」
自分で喋っている内にその時の光景を思い出しのだろう。僅かに身震いする如月。ぞんざいな口調で男勝りな彼女が、一瞬か弱く見えた。一瞬周囲を静寂が包む。
しかしそんな空気をぶち壊しにしたのが朝光。
「でね、らぎっちはその時に助けてくれた部隊の隊長さんに作戦後に御礼言いに行ったのよね。そしたらまぁ何というか、吊り橋効果というか……」
そう朝光が切り出した瞬間、如月の顔に衝撃が走る。怯えと驚愕を等分したその表情は、これから語られる内容を恐れてのものか。
「ま、待てコラ! そこから先は関係ないだろうが!!」
またしても喋り出した朝光を慌てて押さえつける如月。しかし、お互い前衛というポジションを受け持っており、無手である以上白兵戦は同レベル。となれば後は頭に血が上っている如月と冷静な朝光では勝負は見えている。
あっさりと返り討ちにされ、押さえ込まれる如月。
「続きね。で御礼言いに行ったのは良いんだけど……」
「だぁぁああっ!? 止めろぉっ!! 言うなぁぁ!! リオっ、てめぇも聞いてんじゃねぇ!!」
そんな無茶な。
どうすべきかと周囲に視線を走らせるも、自分のほかに居るのは件の3人娘(?)だけ。如月は押さえ付けられているし、朝光はさっき喋ったとおり。で、残った築地は目を輝かせている。好奇心が旺盛すぎるのだ。
結果2対1で聞くことになる。
「んふふ~いいわよ、その好奇心に満ちた瞳。そのままおねーさんの言葉に耳を傾けておきなさいよぉ?」
「やめろやめろっ!! ほんとやめろってばっ!!」
「ええい、少し静かになさいな」
後ろに回り込み如月の口を押さえ込む朝光。見ようによっては美女2人がくんずほぐれつな図なのだが…………嬉しくはない。
「その助けた衛士に………」
「―――!? ―――っ!!」
なにやら叫んでいる声が聞こえるが、くぐもっている所為で良く聞こえない。止めるべきの築地もどうやら彼女は初めて聞く話らしく、オロオロとしながらもしっかりと聞き耳を立てている。残念ながら如月に対しての援護は期待できそうにない。
一息大きく深呼吸した朝光。その表情が満面に輝き、笑みの形をかたどった唇が言葉を吐き出す。
「一目惚れしちゃったのよねぇ~!!」
その台詞が吐き出された瞬間、一気に如月の顔が湯気が出そうなほど赤くなる。力が抜けてぐったりとした如月に、先程までの勢いはなくなっていた。朝光が手を離せば、そのまま廊下に倒れ込む。顔を上げないのは、力が抜けたという理由だけではないだろう。というか頭髪から覗く耳までもが真っ赤になっている。
そんな彼女を放ったまま話を続ける朝光。
「しかも信じられない事に、相手もらぎっちの事気に入っちゃって。今でも遠距離恋愛真っ最中なのよ」
何が楽しいのか笑いを絶やさないまま話し続ける朝光。なんだか足下から泣き声が聞こえたような気がしたが、それは気に留めず。
「ああ、でも悲劇かしらっ! その後らぎっち、ウチの部隊に転属になっちゃって……相手と連絡が取り辛くなってしまったのよ!!」
特務部隊であるA-01は表面上存在しない事になっている。そこに入れられると言う事は存在自体が消えるような物であって、何も知らない相手にそうそう気軽に連絡など出来なくなる。
それを伝える為だけに、舞台役者のようにオーバーリアクションで動き回る朝光。というか往来でそんな事は止めて欲しい。人がいなくてよかったとリオは心底安心する。
しかしリオはともかくとして、完璧に続きを聞きたがっている築地。そして、例え聞きたがる人間が居なくても話を続けるであろう朝光。両者は勝手に盛り上がっている。
「それじゃあもしかしたらそのまま……」
「あ、つきちゃん、その点は心配無用よ。相手の衛士もだいぶ立派な方でね、最後に送ってもらった手紙に何て書いてあったと思う?」
「?」
「ただ一文の短歌だけでね、『立別れ いなばの山の 峰に生る まつとし聞かば 今帰り来む』って書いてあったのよん。因みに訳は、『おまえと別れてわたしは因幡国へ行くけれど、その因幡国の稲葉山の峰にはえている「まつ」のように、おまえがわたしを待ちこがれていると聞いたならば、都へとんで帰って来よう』ってなるの。簡単に言うと、自分は何時でも貴女のことを考えていますってなるわねぇ」
「うわぁ………凄いですね~。でも随分と古風な言い回しをしますねぇ? どんな人物なんですかぁ?」
「線の細いすっごく優しそうな人だったわよ。でも帝国軍の中でも指折りだって言われてたし……何でも富士教導隊出身って噂よ」
「す……すっごいエリートじゃないですかぁ!! 如月先輩、そんな人に見初められたんですかっ!? ガサツそうなのに!」
「……ねぇ、つきちゃん、時々思うんだけどね、つきちゃんってもしかしてどさくさに紛れて人貶すの得意じゃない?」
「そ、そんなことしませんよぉ。し、失礼ですね~」
じゃあその頬を伝い落ちる一筋の汗は何だよ、とリオは内心ツッコむ。
「……ま、いいわ。でもねつきちゃん、一つ間違ってるわよ」
「え?」
「らぎっちはこう見えても意外と家庭的よ?」
「「え゛っ!?」」
一応耳を傾けていたリオと築地の声が見事に被る。2人とも驚きを隠しきれていない。
「この娘ったらこんな振舞いするでしょ? だから周囲に誤解されやすいんだけど本性は別物よ。おねーさんだってお嫁に欲しい位なんだからね~。後は床上手だったら文句無いのにっ!」
床上手ってあんた。
仮にも女性が軽々しく、しかも大声で口にする言葉ではない。
「うひゃ~……如月先輩を見る目、明日から変わっちゃいそうですよ~」
「でね、相手の方もそこを見抜いたんでしょうね。お陰で2人は…………」
「へぇ~……ふむふむ…………うえっ!? そんなことまでしちゃったんですかぁ? うひゃぁ~……」
「まだまだよん。でねその後…………」
「きゃーっ!! きゃーっ!! スッゴイですねぇ!」
黄色い声を上げながら人の本性をばらして遊んでいる女性2人。まるっきり蚊帳の外であるリオとその足元に転がる如月。
「もうやめてぇ……」
足下から死者の呻きのような声が聞こえた。それが如月の発した物だと気付くまで、数秒の時間を有したリオ。
ようやく一段落したのか額の汗を拭う、ふりをする朝光。疲れているのは本人だけだ。
「ふぅ……思わず熱く語っちゃったけど……別に良いわよね、らぎっち。だって自分で喋っても良いぞって言ったし」
「悪魔かてめぇは……」
「悪魔でいいわよん」
如月が身を起こしながら、本来の口調に戻り怨嗟に満ちた声を吐き出す。と起抜けにその顔がぐるんとリオの方を向く。ただでさえ日本人特有の漆黒の瞳が、一切の光を伴わず覗き込んでくる。その怖さに思わず上体を引くものの、肩を掴まれ動きを止められた。万力のように締め付けてくる如月の手。
掴まれている部分の骨がミシミシ鳴っているのだが、何故かリオには振り解けない。
「いいな? もしも今聞いた事一言でも部隊の連中にバラしてみろ……五体満足で日の出拝めねぇと思えよ」
脅迫された。
顎を縦に振り理解を示すリオ。幾多の戦場を駆け抜けたレイヴンが、1人の女性に恐怖を感じている。
しかし肩が痛い。何処がどう家庭的なんだ。
「さてさて、随分と話し込んじゃったわねぇ……あらま、昼食の時間がもう残ってないじゃないの。リオちゃん、もうちょっと時間配分考えてちょうだいな」
「えっ? あ、ホントですね~。あ~まいったなぁ。これじゃ多分間に合いませんねぇ。リオ少尉が話し長引かせるからだよぉ」
「てめぇ余計なことまで聞きやがって。メシ抜きになっちまったじゃねぇか」
「えぇ~……」
理不尽に責められた。
もっとも、事の発端はリオが如月の傷跡に気を向けてしまった所為であるのだから、全部が全部、朝光の不手際ということではない。何にせよ、ここにいる4人は昼食が食べられなくなったということだ。
そう思い立った瞬間、リオの腹が音を立てる。燃費の悪いこの体は何とかならないものか。自分はこの後訓練なんか無いし、一応PX行ってみようか。
一人悶々としているリオを無視して話を進める3人。
「しょーがないわねぇ。一食位我慢しましょうか」
「そうですかぁ……残念ですけどぉ~、痩せられると思えば良いかなぁ」
その言葉に朝光と如月がピクリと反応する。
「何ですって? つきちゃん、意外と深刻なの?」
「ち、違いますよ。ただこう、最近胸周りが少しきついかなと……」
胸元に手を当てながら何気なく呟く築地。そこまでいって、慌てて口を塞ぐ築地だが、出てしまった言葉が消えることはない。
次の瞬間隣に立つ如月から途方も無い殺気を感じた。その背後にメラメラとドス黒く燃え上がる炎が見える。というかオーラ。
リオの動物的本能が告げた。即刻この場から離れるべし、と。築地もそれを感じ取ったのか、ビクリと背筋を震わせ、決して如月に目を合わせないよう壊れた玩具のようにぎこちなく足を前に進め始める。
「そ、それじゃ朝光先輩、わ、わた、わたし達も訓練に、も、戻りま、しょ、しょうかっ!? ねっ!!」
「そうねぇ~、これ以上つきちゃんを成長させるわけにもいかないし」
「そういう意味じゃっ……!!」
「解ってる、解ってるわよ、つきちゃん。自分はこれ以上成長しなくても充分だって言いたいんでしょ。解るわ、その気持ち」
「ちがっ……」
もうやめてぇ! と視線で訴える築地。だが、その視線を受け止めながらも朝光は悪魔の笑顔を絶やさない。
ピクリと反応した如月の腕、リオにはそれが得物に飛びかかる寸前の猛禽類の様に見えたのだが、それに気づいたのか、いないのか。はたまたワザとか、朝光が余計な一言を紡いだ。
「でもやっぱり大きいと肩は凝るわよねぇ~? 私としては誰かさんみたいに小振りな」
ダッ!
ダダダッ!
それ以上の言葉は発さず、突如として駆け出す朝光。それに数瞬たりとも遅れず後を追う如月。あっという間に2人の姿は消え去った。
朝光にとっては沈みかけていた場の空気を戻す為の行為だったようだが、少々悪ふざけが過ぎたようだ。横では築地が、大きな安堵のため息を付いていた。よく見ればその額はびっしりと冷や汗をかいている。どれだけ恐ろしかったのか。リオ自身も知らずの内に握り締めていた拳を解きながら、その内心を察する。
「じゃ、じゃぁ、リオ少尉。また後でねぇ」
そう言うと彼女も2人が消えた後を追った。ただ彼女は去り際にこんな事を言い残していた。
「どうにかならないのかなー…………ヴァルキリーズ」
どうにもならないと思う、とは疲れきった彼女に掛ける言葉としては、あまりに酷であった。とりあえず言える事は、如月が怒るポイントが解ったと言う事だけ。
1人ぽつねんと残されたリオの足は、やがて自動的にPXの方へ向いていた。
隣に立つ人物は、既にその手に保持する刃を下ろしている。僅かに額に汗を浮かべている物の、それ以外に疲れを感じ取る事は出来ない。自分は既に限界に近いというのにこの差はいったい何だというのか。改めてそれを認識し、負けたと改めて実感する。
圧倒的だった。よくよく考えれば、子供が親に喧嘩を売るような無謀な勝負だったのだろう。そのツケが、身の程を知れといわんばかりの大差。覆しようのない敗北。膝から下が崩れ落ちるような感覚に襲われる。
だが、自分とて意地はある。決着は付いているとは言え、仕事を投げ出す事などで出来はしない。それがたとえ、他人から見れば小さな事でもだ。
手を伸ばし、最後の目標を掴み取る。手に収まった物体の形状を指と視覚で確認、無駄な力を込めず、しかしズレないよう保持を行う。此処までが第1段階。
続いてその形状に最適な刃の通し方を判別する。上部から攻めるか、突出部を切り取るか、はたまた側面から面制圧を行うか、一瞬で判断。天井の照明を反射し、濡れた刃は艶めかしく光る。第2段階終了。
そして刃を負荷の掛からない角度で目標に当て……いや、添える。そう、動かすべきは刃ではない、目標の方なのだ。表皮の強度を確認し、最初は慎重に、刃が入った後には躊躇わず、一気に目標を動かし始める。一瞬の躊躇いは、むしろ相手の苦しみを増やすだけ。一度動き始めれば、全てを終えるまで止まる事は許されないのだ。
入り込んだ刃は、あたかも自身の進む道がそうであるかのように大した抵抗もなくその身を滑らせいく。表面を保護する頑強な表皮と、その内側にある柔らかい肉の隙間を苦もなく分離させる。しかし、此処で気を抜いてはならない。もしも、一寸でもこの刃の道筋が歪めば、多大な負荷を刃に与えるだけでなく、貴重な内部まで傷つけるという取り返しの付かない事態に陥ってしまう。貴重な資源を無駄にする事は許されないのだ。
どうにか表皮の剥離には成功した。額の汗を拭う。
だが、目標の脅威は未だに健在である。その脅威とはその身に埋め込まれている小型な凹凸。一見無害に見えるその凹凸は、その実もっとも害のある部分なのだ。その部分の排除を行う為に、装備する刃の末端を利用する事にする。直角に飛び出している末端を約30度の角度で凹凸の周辺部位に当てると、可能な限り無駄な犠牲を払わないよう切り込んでいく。先程凹凸部に害があると言ったが、それは裏を返せば他の部分には害がないのだ。それ故凹凸部のみを排除し、尚かつ周辺部への被害を極力避けなければならない。
話に戻ろう。切り込んだ刃をそのままに、手に保持する物体をくるりと一回転させる。その行為によってターゲットと認識した凹凸部の周囲が、まるで刳り貫かれたようにまるく切り取られる。
上手く事が運んだことに僅かに安堵の溜息を漏らしつつ、その部分を取りだそうと刃の先端で抉る。だが、伝わってくるのは奇妙な手応え。まるで根を張っているかのように切り取ったはずの凹凸部が動かない。それを認識した次の瞬間、体に衝撃が走る。
滲み出る嫌な冷や汗、荒くなっていく呼吸、刃を保持する手が小刻みに震える。
認めたくはないが、自らの攻撃手段が相手に対して甘かったようだ。どうやらこのターゲット、かなりの深度にまで浸食しているらしい。
……致し方ない、多少の犠牲には目を瞑るしかないと唇を噛み苦渋の決断を下す。
そう判断すると、再度刃の末端を当てる。そして今度は円周部を大きく取りさらに、目標に対して約45度近くの急角度で切り込んでいく。先程とは違う、無害な部分にまで刃が入る嫌な感触。奥歯を噛み締め、その感覚を振り払い、もう一度同じ手段を行う。物体を一回転させ、恐る恐る凹凸部を取り出そうとする。
ドクンッ、ドクンッ、と自身の心音がやけに大きく聞こえた。耳障りなほどに聞こえる動悸を無視し、ゆっくりと抉り出していく。と、先程の抵抗が嘘のように、あまりにも呆気なくその部分は転がり落ちた。
そう、正に呆気なくだ。それを認識し、喜びより先に怒りが沸いてきた。それほど簡単に摘出できるのなら、何故1度目で陥落しなかったのか、と。
もちろん理不尽な怒りだということは理解している。そもそも1度目で陥落しなかったのは、相手に対する自分の過小評価が招いた結果であって、それならば非は当然自分の側にある。だが、もしも1度目で陥落してくれていれば、目の前に転がる犠牲を払わなくて済んだのだ。
それがどうしても容認できなかった。自分の非だと認めても、その結果に妥協する事は出来なかった。いやむしろ、自分の所為であるが故に、目眩を起こしそうなほどの怒りすら沸いてくる。自分にもう僅かでも冷静に戦局を見渡せる視点があれば、起こりえない事態であったのだ。
それが悔しくてならない。噛み締めた奥歯の間から声にならない慟哭が漏れる。
と、崩れ落ちる自分の肩に手を置きながら、目の前の人物は言葉を投げ掛けてくる。
―――恥じる事はない。貴様は存分に力を尽くした―――
その言葉に自分はただ首を横に振るだけ。
―――悔しいか。ならばその気持ち、無駄にせず一層奮起して見せろ―――
―――負ける事は決して無駄にはならぬ。負けた理由を見つけ、模索し、改良し、高め、更なる極みを目指せ―――
その言葉に一筋の光を見た。救われた罪人のように、顔を上げる。
―――何を躊躇う事がある。貴様の腕は十二分に通用した。恐れる事はないはずだ―――
一言一言が、まるで土に吸い込まれる水のように体に染み渡っていく。体の奥底から、沸々と何かがわき上がるような錯覚を憶えた。
―――そうだ、その面構えだ。人の歩みを止めるのは敗北ではない、自身の慢心なのだ。それに気付いた貴様は、もはや別の人間へと変わった―――
満足そうな笑みを浮かべ立ち上がった人物は、もはや用は無しと言わんばかりに背を向ける。最後の最後まで気高くあったその背中、去りながら言葉を寄越してくる。
―――土を喰らい、泥を啜ろうとも決して歩みを止めるな。そして再び我の前に立って見せろ―――
「………? 何ですかこの展開」
「新しい表現方法の模索かね?」
手に持っている皮の剥き終えたジャガモドキを、別の器に放り込みながらリオは呆れた口調で京塚に尋ねる。それに答える京塚も、苦笑いを浮かべたまま目の前の下拵えされた食材を片づけていく。
何の事はない、ただ単に炊事の真っ最中だったのだ。
遡る事、数十分ほど前―――。
朝光達と別れたリオは、結局PXに赴いていた。昼食を取るつもりであったが、訪れたPX内は随分と閑散としていた。それもそのはず、今は訓練の真っ最中なのだ。いくら日本内部で最後衛の位置に当たる横浜基地とは言え、基地に駐屯する部隊の練度を落としては話にならない。故に正規兵と言えどこんな中途半端な時間に居るリオの方が問題なのだ。
閑話休題。
献立を見繕っていたリオに、カウンターの奥から京塚が声を掛けてくる。
「おや、リオじゃないか。どうかしたのかい?」
「あ、曹長、何か残ってます?」
その言葉に、京塚はバツが悪そうな表情を浮かべた。よく見れば厨房内には殆どの食器やトレイが洗浄され片づけられている。どうやら食事時の波に乗り遅れたようだ。
「あ~………すまないねぇ。もう殆ど使い切っちまったし、今から晩の仕込みしなきゃいけないんだよ」
「そうですか……」
肩を落とし、見るからに落胆するリオ。たかが食事で何を、と思うかもしれないが、兵士にとっての食事は立派な娯楽の一つなのだ。しかもリオの体は体格に反比例して燃費が悪い。他人が思う以上に、リオにとって食事とは重要な行動なのだ。
そんなリオを救う京塚の一言。
「少し時間くれるんなら、有り合わせで良けりゃなんか出来るけどね」
「ホントですかっ! じゃあ、お願いします!」
「あいよっ………と言いたい所だけど、これ終わるまで待ってくれるかい?」
そういって厨房内の調理台を指差す。そこにはうず高く積まれた野菜類が、まるで昔話に搭乗するバベルの塔のように聳え立っていた。ジャガイモ、人参、玉葱、ピーマン、キャベツ、椎茸、その他諸々と、正に野菜の博覧会だ。しかもその隅にはデザート用か果物まである。蛋白合成食品だが、全てを一人で仕込むには相当の労力が必要だ。しかも厨房内に京塚以外の人間の姿は無い。他の炊事員は昼休みか、元々1人で切り盛りしているのか、どちらにせよ重労働だ。
そう思い立った次の瞬間には、リオの唇から本人でさえ予想していなかった言葉が飛び出していた。
「手伝いましょうか?」
一瞬きょとんとした京塚は、次には相好を崩す。
「おやま、本当かい? そりゃこっちも楽になるから嬉しいけどね」
「構いませんよ。どうせこの後には何もないですから」
「何もない……? 訓練はどうしたんだい。あんただって衛士だろ?」
口を滑らしたリオに、疑惑を浮かべた顔を向けてくる。
「あ、え~と、香月博士の特別任務だったんですよ、で、ボクだけ早めに終わったから……」
内心無理があるかなと思いながら大嘘を言い放つ。しかし、京塚は何か納得したのか、ぽんと手を打っていた。
「ふぅん……ま、いいかね。じゃあ、頼むよ」
それ以上は深く言及せず、厨房内にリオを招きこむ京塚。中に入ってきた少年に、磨きあげられた包丁を手渡す。少々幅広で短い刃と手に馴染む檜造りの持ち手。俗に言う三徳包丁という種類だ。これ一本有れば専門食でもない限り如何なる料理にも対応できる、別名万能包丁とも呼ばれるもの。日本人である京塚は、用途用途で使い分けるナイフ類より包丁の方が慣れているのだろう。もちろん彼女の目の前には様々な種類の包丁もあるのだが、リオにとってはこれ一本で充分だ。
「さてと、言い出したからにはきっちり仕事して貰うよ?」
「はいっ」
「よしっいい返事だね、気に入ったよ! それじゃいっちょういこうさね!!」
次の瞬間に、京塚の纏う雰囲気が別の物に姿を変えた。今まで隠されていた別の姿がかいま見える。例えるなら眠っていた猛獣が牙を剥いたようなその雰囲気は、しかしリオにとっては随分と懐かしいものだった。
「曹長、人参は?」
「冷蔵庫の三段目だね。ああ、ジャガモドキ放り込むんなら水につけておきなよ」
「分かってますって」
場面は戻って、厨房内で仕込んだ食材を仕分けしていくリオ。その背後では京塚が残り物に火を通し始めている。当初の約束通り、リオの為に遅い昼食を作ってくれているのだ。合成蛋白食品で有りながら、本物に勝るとも劣らない味わいを作り出す京塚の腕前は推して知るべし。加熱された食材の発する匂いがリオの鼻孔を擽る。
一端の兵士といえ、食事に関する気持ちは一般人のそれと変わらない。むしろ強い。旨い物を腹一杯食べたいという考えは万国共通だ。たとえそれが別の世界の人間でもだ。
「あいよ、お待たせっ!」
威勢の良いかけ声と共に、目の前に大盛りの丼飯が置かれる。その上には……何だろうか、しっかりと煮込まれ味が滲みていると見える細切れの牛肉と玉葱、糸蒟蒻と小さく切られ、程良く型くずれを起こしている芋が乗っていた。
簡単に言えば牛丼、いや、肉じゃが丼と言った所か。まぁリオにとっては食べられれば何でも言い訳で、その正体について深く言及するつもりはない。頂きますと小さく手を合わせ箸を付ける。妙に日本人っぽいのが不思議だ。
鬱憤を晴らすかのように黙々とどんぶりの中身を口にかき込んでいく。京塚はその対面の椅子に腰を下ろす。
「どうだい? 残り物に味付けて煮込んでみたんだけどね」
「ほいひーれふ」
「こらこら、呑み込んでから喋りなって」
苦笑を浮かべ自身は合成宇治茶を煎れ、まったりと啜りながら眺める京塚。優しい光を帯びた視線がリオに向けられる。それには気付かず、ただ食べる事に夢中なリオ。
「そういやリオ、あんた随分と包丁使い慣れてたね。誰かに鍛えてもっらたのかい?」
先程の仕分けの最中ずっと隣に立っていた京塚は、自身が作業をする合間にリオの手捌きを目にしていた。プロ、というか京塚並みとまでは言わないにしても、一般の炊事なら十二分に通用するほど器用だったのだ。
女性が戦場に出る事が当たり前になったこのご時世、もはや男女の差など無いに等しくなった。とはいえ未だに男尊女卑という考えは根深い。その点から見るなら男であるリオ、しかも子供が、あれ程包丁の扱いに慣れている事に京塚が疑問を感じても、何ら不思議ではない。
「鍛えて貰ったと言うより、ボクが料理しないと飢え死にしましたから。ロッシュは自分からは動かないし、ヴァローナはそもそも………」
妙に遠い目をしてブツブツと呟き、最後に鼻で自嘲気味に笑った目の前の少年は、随分と苦労したようだ。その姿が随分と煤けたように見えた京塚は、慌ててその幻影を振り払い言葉を続ける。
「なんだか随分と苦労したようだねぇ。じゃあ、その2人のお陰でそんなに巧くなったのかい?」
「いえ、料理自体は施設にいた頃から教えられてました。自給自足できるようにって」
「施設?」
「捨て子だったんですよ、ボク」
あっさりと口にしたその単語に、京塚が苦み切った顔つきになった。リオにとってはむしろその表情は不思議に思う。
白銀もそうだったが、何故この世界の人間はたかが孤児だったくらいでこんなに痛々しい表情をするのだろう。元の世界など、親子が揃って生活できればかなり恵まれた家庭と認識されるというのに。むしろ親の顔など知らない子供の方が多い。
それにこの世界とて戦争の真っ最中、身内が既に故人である人間などそこら中に転がっているだろうに。
「拙い事聞いちゃったかねぇ……」
「いえ、全然。今まで何回も聞かれてますから。それに顔も知らない親なんて、居ても居なくてもどうでも良いですし」
言葉を濁した京塚に、顔の前で手をパタパタ振りながらとんでもない事を言い切ったリオ。その言葉に京塚は別の意味で顔を顰めながら言葉を続ける。
「でも不安じゃないのかい? 自分が誰の子か解らないんだろ?」
「生まれなんてどうでも良いですよ。それで何が決まる訳でもないし、わざわざ知ろうとも思いません」
「随分と投げやりだね」
「興味ないですから」
本当にどうでも良いと言いきる少年。その表情は妙に冷めた視線を含んでいたが、一瞬後にはその光を消し去っている。
「まぁ、生きてるのか死んでるのかどうでも良い親……って呼べるのかどうかも解らないけど、そんなヤツらの事は幾ら話しても面白くないですから、こんな話止めましょうよ」
「……ああ、そうだね」
これ以上空気が重くなるの嫌ったリオが、自分から話題を変えてくる。その気遣いを感じ取ったのか、京塚もいつもの明るい笑みを顔に浮かべる。
「じゃあ……ってかなり唐突になるけど、どうしてその年で衛士なんてやってるんだい? どう見たって徴兵受けたって感じじゃないさね」
「ん~……成り行き上でしょうか」
「成り行き?」
「はい、適正があるとか何とかで半ば自動的に。そのまま運良く生き残って」
あまり嘘は言ってはいない。半ばではなく強制なのだが、それを話し出すと長くなるし、せっかく盛り返した場の空気がまた沈む事になる。
「へぇ~立派なモンだね」
「そうでもないですよ、仕事でしたから」
これも嘘ではない。傭兵家業であるレイヴンは、この世界の衛士―――兵士とはまったく違う。金を貰っているという大きな括りでは仕事と呼べるが、兵士は人民やその財産を護るのに対し、傭兵に護る物など何もない。強いてあげるなら自分の命ぐらいだ。
「でも、幾ら成り行きって言っても何か目的があるんだろ? でなきゃそこまで命を張る理由が解らないねぇ」
「理由?」
「そうさね。理由もなしに衛士やってるヤツなんていないだろう? 何かあるんじゃないのかい? ほら、護りたい物とか、そんなのがさ」
笑みを浮かべ身を乗り出してくる京塚は、おそらく勘違いをしている。
リオにとっての護りたい物など無くなった。今だって、衛士をやっていく以外生きていく方法がないから香月に協力しているのだ。何もしなくても生きていけるならそれに越した事はない。自分からわざわざ死にに行くほどリオは酔狂ではない。
「護りたい物? ……自分の命、でしょうか」
「それは誰だって一緒だよ。そこから一歩先さ」
「一歩先?」
「そうさ。何でも良いよ、とにかく何か支えが有れば人間は強くなれるんだよ?」
「だから、自分の命ですって」
「それは当たり前さね。自分の命も守れないようなヤツが他の何を護れるって言うんだい? それに、それは手段であって目的じゃないよ。生き残ってどうするつもりかって聞いてるんだよ」
問われ黙り込むリオ。
正直ここまでしつこく聞かれるとは思っていなかった。
そもそも支えと言われても、別の世界の人間がそんな物持っている筈がないし、持とうとも思わない。それにリオ本人からすれば護りたい物など無い。そう言えば白銀も京塚と同じような事を言っていた気がするが、この世界の人間はこんな考えばかり持っているのだろうか。
随分と面倒くさい事を考えて戦争してるんだな、と内心で呟く。
「ま、そう焦って見つける物でもないからね。解らないようなら仲間に聞いてみるといいよ」
仲間と聞いて一番に思い浮かんだのがA-01の女性達。同じ部隊内ならそれ程抵抗もないだろうと考える。白銀は聞いてもいない内に勝手に喋ったし、香月は自ら喋るタイプではない。となると消去法で自動的に決定する。
リオの沈黙を、別の意味で解釈した京塚が席を立ちながら言葉を放つ。立ちあがりざまにリオの頭をぐしゃぐしゃと撫でて行く。唐突なその行為に憮然とし、乱れた髪の毛を弄りながらリオが疑問を放つ。
「じゃ、曹長は何かあるんですか? 護りたい物……っていうか支えみたいな物が」
その言葉に京塚は太陽のような笑みを浮かべながら振り向いた。
「当たり前だよ。あたしの支えは、この基地であたしの食事を食べてくれる連中全員だよ。そいつ等の為にあたしは毎日腕奮ってるんだ、当然その中にはあんたも入ってるよ。まぁこりゃ需品科や炊事科全員に言える事だけど、銃後の護りのあたしらに出来る事で、少しでも矢面に立つ連中が生き延びてくれればそれほど嬉しい事はないね」
リオを指さしながら厨房へと京塚は戻っていく。その背後を見つめながらリオの内心に別の感情が生まれた。
一瞬迷った後、誘惑には勝てず厨房に入っていく背中にリオは声をかける。
「曹長、まだ言いたい事があるんですけど」
「うん、何だい?」
先程の続きかと振り向いた京塚の目の前に、空になった丼が差し出された。下から銀色の視線が懇願の色を浮かべ見つめてくる。
その行為が今ひとつ理解できない京塚。彼女にリオは真剣な口調で言葉を放った。
「おかわり、有ります?」
京塚は思わず苦笑いを浮かべ脱力する。その表情は呆れも含んでいる。
「あれで足りなかったのかい?」
コクンと頷くリオ。もはや笑うしかなくなった京塚は、それでも律儀に丼を受け取ると残りを全てその中に放り込んだ。それを受け取り、嬉しそうにまた箸を付けるリオ。切り替えが早いというか、目先の事に捕らわれやすいと言うか、何ともはや、実に白黒ハッキリしている少年である。
「よく食べるんだねぇ」
「育ち盛りですから」
言い切った少年。
だが、その言葉が嘘にまみれていた事に京塚は気付かなかった。
後書き
ここまでお読み頂き有難うございます。筆者のD-03です。
今回は正直時間稼ぎ、というか時間飛ばしの感が強いお話です。これから不自然にならない程度で日数を飛ばしていこうと考えております。
さて、本編に関してですが、前半はオリキャラの過去話ですね。実は若干伏線が入っていまので鋭い方は気づかれたと思います。
筆者はこういう一行二行程度の伏線を張るのが大好きですので、ご注意ください。
さて後半は少し遊びすぎました。しかしヴァルキリーズに対しては壁を作るくせに、おばちゃんには素直なリオ。実に面倒です。
さて次回は恐らく模擬戦になると思います。いわゆる通過儀礼的なお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
では、次回もどうぞ、リオにお付き合いください。