「…………」
「…………」
「………プッ」
「……なんですか」
「だいぶ面白いわね、それ」
小さく笑いを浮かべ、顔を上げ視線で指し示してくる香月。その先にあるのは、右頬に湿布を貼ったままのリオの顔。
「腫れがひかないんですよ……」
少し憮然とした表情で答えるリオ。速瀬に殴られた頬が、未だに腫れたままなのだ。笑みを浮かべたまま香月は言葉を続ける。
「殴ったのは速瀬って聞いたけど……ま、彼女に殴られて腫れだけで済んだなんて、むしろ良かったんじゃないの? それともその体の恩恵かしら」
「…………」
問いには答えず、大きく欠伸をするリオ。
目尻に溜まった涙をぬぐい去る。薄くではあるが彼の目の下には隈ができている。
原因としては一昨日手当を終えた後、ピアティフに捕まってしまった所為だろう。整備だけで十分疲れていた上に、香月の秘書である彼女から「元の世界」での戦闘データや兵器に関しての情報を提出するよう命令を受けたのだ。
眠い眠いとぼやきながら、その作業に一昼夜を費やし、何時しか気付けば外界は既に二日目の日が中天に昇る時間帯。一区切り付けて寝付いていた途端に、今度は疲労の原因である香月から呼び出し。実質数十分ほどしか睡眠が取れていないのだ。
「……で、ボクの睡眠時間削った甲斐は有ったんですか?」
寝不足の所為か、微妙に声が尖っているリオ。それに対して香月は、さして気にも留めず目の前のパソコンの画面に食い入っている。其処にはリオが纏めた兵装に関するデータが表示されているはずだった。
新しい玩具を見つけたような、嬉々とした感情を目に浮かべディスプレイに食い入る香月。呼び出され放置されているリオは、することもなくただ椅子に座って脚をブラブラさせているだけ。
やがて一段落したのか、大きく息を吐き出しながら香月が顔を上げる。凝り固まった肩をコキコキと鳴らしている。
「ふぅ………いいわね、悪くないわ。これだけデータが揃ってれば兵器開発もだいぶ楽になるわ」
「それは良かったですね……」
もう帰らせてくれと言わんばかりに、リオは気怠げな返事を返す。やっぱり気にも留めず、またしても画面に見入る香月。
「で? これで全部な訳? 情報提供には報酬を払ってるんだから、包み隠さず教えて」
「戦闘データは量が多すぎましたから、纏めきれてないです。兵装に関しては……各兵装のサンプルと僕が使用した物しか入ってませんね」
「ってことはもっと有るって事ね……思い出せるだけで良いわ、他には? 試作品とかも含めてよ」
「……ちょっと待って下さい」
この女性に抗議しても無駄、と言う事を思い知ったリオは、溜息をつきながらも自身の記憶を引っ張り出す。その中から使えそうな物をピックアップ。
「えと……まずは腕兵装で珍しいのはリニアガンですね。これはそのまま銃身にリニア機構を採用し小型化した兵装です。それからバズーカ、火炎放射器……携帯ミサイルも有りますね」
「それから?」
「ロケット、ブレード……変わった所ではパイルバンカー……位でしょうか。正式採用でこちらの世界にないのはこの辺じゃないですか? レーザー系も一応入れてますが……おそらくこの世界の科学レベルじゃ無理だと思いますよ」
「失礼ね……それより、パイルバンカーって何?」
「簡単に言えば銃の薬室に、でかい杭をくっつけた物です。炸薬の力で高硬度の杭を目標に打ち込む……使う人間を選びましたね、あれは……」
彼の脳裏にそれを装備した1機のACが浮かんだ。正直、あれに狙われた時は死んだと思ったものだ。そんな彼の思い出を掻き消すように、香月は言葉をぶつける。
「回想は後にして頂戴。でも威力だけは高そうねそれ……それで? 腕部兵装って区切ったからには他にもあるんでしょう?」
「ええまぁ……ACは腕の他に背部兵装もありますから」
他にもインサイド、格納兵装とあるのだが全てを晒すほどリオも馬鹿ではない。報酬を貰っている身で何を、と思われるかも知れないが、香月から言われたのは「元の世界の兵器データを出せ」と言う事だけで『どの部分の』とは言われていない。ならば腕兵装と背部兵装だけでその条件は満たせられる。
捻くれてると自分で思いながら、リオは紹介を続ける。
「……そこは主にミサイルや大型キャノン、補助用のレーダーとかを搭載してましたね。こっちで変わった物と言えば……自立兵器ぐらいですか」
「自立兵器?」
「コンテナから射出された後、自動で一定時間滞空して近づく標的を攻撃する兵器です。主に、攪乱や追い込みに使われてました」
「へぇ……悪くないわ、それ。BETAの進行ルートに設置すれば……あ、でもやつら行動予測がやりづらいわね……ならデータリンクと統合して……」
「正式採用された中で主だった物はそれぐらい……って聞いてますか?」
何時の間にやら、1人でブツブツと呟きカタカタとキーボードを叩き始める香月にリオが声を掛ける。が、半分以上上の空の彼女に聞こえているかは甚だ疑問である。
「やっぱり戦術機で……でも火力低下に繋がったら元も子もないから……」
「…………」
訂正。完璧に聞こえていない。
「射出後の制御は簡単なオートで……いっそのこと部隊内に専用機を……」
「……部屋に戻っても良いですか?」
完全に自分の世界に入っている香月に、リオは呆れ声で呟く。比類無き探求心は良いのだが、周囲に目が行かなくなるのは問題だ。
「……なら主機と直結して……あら? 御免なさい。続けて頂戴」
悪びれもせず答える香月。
「あとは試作品ですけど……こっちは殆ど、というより完璧趣味の領域ですよ? あまり参考にならないかも……」
「構わないわ」
これ以上説明するのが面倒だ、と遠回しに語ったリオの心情など露知らず、さらに表情を輝かせる香月。予測はしていたが、科学者という人種に一度火を付けてしまうと取り返しが付かなくなる。
「えっと……マイクロウェーブ発生器、超大型実剣、電磁パルス砲に接近戦用大型ハンマー……それから……ドリル」
「ドリルですって?」
大人しく聞きに徹していた香月が、ピクリと反応した。視線が妙に鋭くなっている。
「ドリルというと……あのボーリングマシンみたいなヤツ? 主に穴掘る時に使う丸っこい……」
「穴を掘るかどうかはおいといて、形状は違います。ボーリングマシンみたいなやつじゃなくて、こう、完璧な円錐形でした。作成者が『この形状じゃないと駄目なんだ』って力説してましたけど」
身振りで形を表すリオ。それを確認して感心したように頷く香月。
「分かってるじゃないの、その作成者。でも使用データが無いって事はあなたは使った事無いの?」
「はい」
「何で使わなかったのよっ!?」
それまでの調子から一転、ダンッと机を叩いた香月は怒りを含んだ視線をリオに向ける。
「何でって……あれ無茶苦茶重いんですよ? ドリル本体に稼働用のモーターなんて仕込んだら、軽量級じゃ下手したら腕がもげるし、重量級でさえ使いこなせないんですから……いっそのこと肩とかコアに付けてくれれば……」
「馬鹿っ、何言ってるのよ!? ドリルは腕に付いてなくちゃ意味がないでしょう!!」
「意味がないでしょうって、そもそもドリルが当たるような距離ならブレード振るった方が早いですし……」
「はぁ、これだからガキンチョは……分かってないわねぇ」
やれやれと首を振る香月。その姿は価値観を理解できないリオを、哀れんでいるように見える。哀れなのは香月の方だろ、と内心毒づくリオ。
「ま、ドリルの話は後日しっかり語ってあげるとして……今日からあなたの階級、少尉よ。ついでに配属先も決定してるから」
ゴソゴソと机から一纏めにされた黒い軍服を取り出し寄越してくる香月。それを受け取りながらも、リオの表情はきょとんとしている。
「へ? そんな事一言も聞いてませんよ」
「当たり前よ。今初めて言ったもの」
何を当たり前な事を、と表情で語る香月に、改めてリオは、厄介な人間に捕まったと再認識した。
「少尉って……軍属になれって言うんですか?」
「あら嫌なの?」
「そりゃそうです。個人的に命令されるのは嫌いですし、客観的に見るなら今まで単機で仕事してきたボクに、いきなり部隊で行動しろって言われても無理です」
元の世界で何回か共同で依頼をこなした事もあったが、その時は各自バラバラ自由行動早い者勝ちお好きにどうぞな状況だったのだ。とてもじゃないが、リオは連携などと言う言葉は知らない。
しかし戦闘と言わず仕事というあたり、リオも一端の傭兵だ。金を貰って国や人々を護るのが軍人なら、金を貰って好き好んで戦闘を行うのは傭兵である。其処には主義主張など一切関係なく、それこそ明日の糧を得る為だけに、破壊行動から人殺しまで血生臭い仕事をこなす。根本的に軍と傭兵は全くの別物なのだ。
「その辺はおいおい慣れさせるから大丈夫よ。あなたの配属先は一応精鋭部隊だから」
「精鋭部隊って、また何でそんな所に……」
「だって、その辺に転がってるような部隊に入れて戦力の磨り潰しなんてされたら堪らないもの」
かりにも自分の基地の部隊を捕まえて、その辺に転がっている、とは少々失礼だと思う。
「それで? どれぐらいの配属期間なんです? データ収集とかの訓練期間だけなら一週間ほどですか? でもそうすると連携なんて必要ないですよね」
自分は仮想敵として、この基地の部隊の訓練相手を努めるのだろうと判断したリオ。元の世界でも、そのような依頼はあった。しかし、その考えは香月に一蹴される事となる。
「今この瞬間から、ずっとよ」
「…………ずっとぉ!?」
「そう。それこそあなたが戦死するまで。あ、心配しなくても給料は出るから」
「そういう問題じゃないです! 何でボクが!?」
百歩譲って軍属は納得できる。この世界で生きていく以上、自身の地盤はしっかりしている方が良い。だが、精鋭部隊に組み込まれるということは戦力増強という理由だけではないだろう。さらに言えば、リオを一所へ留めておく理由となると。
もっと別の理由―――そう、監視だ。香月が、リオを「イレギュラー」と判断している以上、動きを縛る首輪は必要なのだろう。
そしてその予想は当たらずとも遠からずといったところだろう。もちろんそんな気配は微塵も出さず、香月は言葉を続ける。
「あら、あんな物騒な物所持してて、のうのうと平和に暮らせるわけないでしょ? それに幾らあなたが優秀でも、1人で生き残れるほどこの戦争は甘くはないのよ」
「そりゃあなた達じゃそうかもしれませんけど……一応これでも単機で生き残ってきたんですから」
僅かに驕りを含んだリオの言葉。だがそれを香月はあっさりと切り捨てる。
「残念ながら私達の相手は人間じゃなくてBETAなの。何時までも人間相手で考えてたら…………死ぬわよ」
「む……」
凄みを増した香月の視線に黙り込むリオ。声にならない言葉が口から漏れる。せめてもの抵抗として、嫌そうな顔を隠しもせず目の前の女に視線を向ける。
「そんな顔しても無駄よ。向こうにはもう話通してるから、早速今日からね」
「仕事が早いですね……」
顰めた表所を隠しもせず、皮肉を叩く。対して何処吹く風の香月は鼻で笑い飛ばした。
「褒めてくれて嬉しいわ」
「褒めてません」
「正直になれば?」
「今この瞬間は正直です」
さらに顔を顰め切り捨てるリオ。それを面白そうに見ている香月。ふと彼女の脳に名案が浮かんだ。
「そんなに嫌なの? じゃあ変えてあげる」
「へ?」
予想外の言葉にリオは間の抜けた声を上げる。だが、香月の次の言葉は、彼の脳裏に浮かんだ希望とはかけ離れた現実だった。
「傭兵……レイヴンって言ったかしらね、そのリオ・レムレースに依頼するわ。内容は、今後こちらが用意した部隊と共同で戦争……あなた達の言葉で言う戦闘補助かしら? それを行うこと。期限は依頼主である私の機嫌が変わるまで。報酬は定期的に支払われる給料ね」
「……んなっ!? それは横暴ですっ!!」
一拍遅れて何を言われたか理解したリオ。当然のように憤る。
傭兵として生活してきたリオにとって「依頼」と「報酬」、この二つの文字は大きな意味を持つ。その言葉を、耳にタコが出来るほど聞いてきたのが彼の人生なのだ。
とはいえ、一応傭兵側にも依頼を受けるかどうかの選択権はある。だが今回の場合、今後の生活に必須な物―――金―――を得るためには拒否など出来るはずがない。この世界で、最初でそして最後であるだろう正式な依頼。
断れるはずが無い。断ったら干乾しになる。
「なんて事をっ!? 人の生活を盾にして!!」
「ふふん、何とでも言いなさいな」
顎に指を揃えた手を当てて高笑いする香月。いや、実際はしていないのだが、リオの目にはそう見えた。魔女め。
「卑怯者! 職権乱用者!」
「あら、痛くも痒くも無いわねぇ」
「このマッドサイエンティスト! 冷血!」
「負け犬の遠吠えが五月蝿いわぁ」
嘲笑い軽く受け流す香月。それに対してリオは、最後の手段に出た。
子供故に思慮が足らず、それがもたらす被害など考えもせず、頭に浮かんだその単語を素直に口にしてしまう。
「………年増」
ぼそりと紡がれた禁断の言葉。それに応えるは、超電導さえ起こしそうな絶対零度の笑みを浮かべ白衣を纏った美女。目の前には哀れな生け贄たる少年。
ゴキャッ!! という硬い物の拉げる音が、比喩でも何でもなく本当に響いた。
容赦なく振り下ろされたクリップボードが、リオの脳天を直撃したのだ。たとえ力の無い香月とは言え、充分にスピードの乗ったクリップボードの「角」は尋常ではない破壊力を保持している。
何時ぞやのように椅子から転げ落ち、どたんばたんと悶絶するリオ。
「坊や、口には気をつけなさいよ……でないと」
口だけの笑みを浮かべ、冷たい視線を向けてくる香月。簡単に言えば、怒っている。
ゆらりと再びボードを掲げた香月にあわてて頭を下げるリオ。痛いのは誰でも嫌なのだ。それで満足したのか、ボードを投げ出し椅子に座り込む香月。
と、デスクに備え付けられている通信器が呼び出し音を奏でた。
「はい……まりも? どうし…………あら、随分と早いわねぇ。やっぱり2回目ともなると……え? こっちの話よ…………ええ、わかってるわ。今から向かうから………そう、準備はよろしく」
一通り話しきった香月は通信機を切ると立ち上がる。そのまま部屋を出ていこうとする彼女の後に、慌てて付いていくリオ。こんな状況で放って置かれても困るのだ。
「さて、悪いんだけど急用が入ったわ。私が帰ってくるまでに、データちゃんと纏めときなさい」
「え………」
「文句言わない。しばらく時間有るんだからいいでしょ」
「眠いんですが……」
「却下ね。さっき言ったでしょ? 今日この瞬間からあなたはレムレース少尉なのよ。命令には絶対服従、さっさと配属先に挨拶にでも行って来なさい」
廊下を歩き、エレベータフロアに到着。下降してくるエレベータを待ちながら香月に尋ねる。
「その配属先ってなんて部隊ですか?」
「あら、知りたいの? あれだけ軍属を嫌がってた割には結構食い付くわね」
「配属先を気にする事ぐらい普通でしょうが。いいからとっとと教えてください」
そこで一旦言葉を区切り、エレベータに乗り込む。静かに、僅かに重力を増加させながら上昇する鋼鉄の箱。
「あなたの配属先はA-01よ」
「えーぜろわん?」
眉を顰め顔を向けてくるリオ。だが、小さく笑みを浮かべた香月が、それ以上言葉を発する事はなかった。
沈黙の支配する空間。やがてエレベーター自体がその空気に耐えきれなくなったかのように、扉が開く。地上フロアに上がってきた箱からリオと香月は出ると、そのまま別々の方向に歩き出した。
宿舎棟の廊下を1人歩くリオ。彼は今、自分が配属される部隊の指揮官の部屋へ向かって
いる。ただ、廊下を歩く彼の足取りは微妙に重い。
「どんな人だ……」
彼の頭の中は、これから出会うであろう人物で一杯になっていた。
あの香月に精鋭と言わしめる部隊を率いている人物だ。およそ並大抵の人間ではないのだろう。おそらく筋骨隆々とした軍人に違いない。口に葉巻などを咥えているのだろうか。
「返事の後と前には、サーって付けなくちゃいけないのかな?」
間違った先入観に捕らわれながら、歩を進めるリオ。まぁ、幾ら不安だろうが、相手が静止している以上こちらが近づいていけば、何時かは目的地に到達する訳で。
気付けば目の前のは簡素な扉が出現していた。
一旦深呼吸をして落ち着くリオ。というか緊張しすぎである。
少々落ち着いた彼はコンコンと軽くノックする。リオ以外に人っ子1人居ない廊下に、その音はやけに大きく響いた。
「入れ」
ドアの向こう側から、くぐもった声が返ってくる。意外に高いその声が微妙に引っかかりを感じながらも、扉を開く。
「失礼します」
ここまで来たらもういいや、と半ば投げやりな態度で入室するリオ。彼の銀色の瞳は内装とその部屋の主を捉える。
扉の正面には、簡素な事務机。その脇にはベッドと小さめのブックトラック。小難しい本が並ぶその正面に、部屋の主は居た。
すっと背筋の通った身長。軍装に身を包んだその姿は凛としており、一分の隙もないとは正に目の前の人物のことを言うのだろう。手に持っていた本を閉じ、意志の強さを現すかのような紅の瞳を、まっすぐリオに向けてくる。その瞳が妙に顰められているのが気に掛かったがとりあえず挨拶。
「リオ・レムレース……少尉です。初めまして」
およそ軍人とは言えないような挨拶の仕方に、しかし目の前の女性は僅かに眉を動かしただけだった。
しばらくリオの全身を見渡し、持っていた本を棚に戻すと、リオに向かって敬礼を返す。
「A-01隊長、伊隅……」
「ラナ・ニールセン」
「……なに?」
ふとリオから紡がれた人名らしき言葉。だが、目の前の女性はその言葉に聞き覚えなどないようだし、喋った当人であるリオですら、自分が何を言っているのか解らないという表情をしている。
ただ、彼の頭の中に引っ掛かっていた物が消えたのは誰も知らない。
「なんだろ、その声……ナインボール……セラフ……? あ、ご、ごめんなさい。どうぞ」
相手の言葉を遮った事に気付いたのか、慌てて先を促すリオ。
「……A-01隊長伊隅みちるだ。階級は大尉。それで……貴様が副司令の言っていた新任か?」
「そう……なんでしょう」
自信なさげに挙げていた手を下ろす。それに対して探るような視線を向けてくる伊隅。穿つような鋭さと奥が読めない深さを孕んだその視線に、真っ向から晒されるリオ。
「冗談を言っている、というわけでは無さそうだな。しかし……ここまでなのか? 副指令はこのことをご存知か……?」
「?」
「まさかな。確かにあの時……」
何やら眉間にしわを寄せ呟いている伊隅に、リオは何か先程の行動に不備があったかと肝を冷やす。それに対するは佇まいを直した口調。
「……ああ、すまない。気にするな。貴様のような子供があの機体の衛士だと理解するのに時間が掛かっただけだ」
「あの機体の衛士って……ボクの機体何処かで見たんですか?」
その台詞に初めて表情を緩める伊隅。両者の肩の力がやんわりと抜けていく。
「私の声に聞き憶えがないのか? 貴様は我々の任務に介入してきただろう」
その台詞を言われ、脳内から記憶を引っ張り出す。ややあって合点のいく事柄があった。
「ああ……あの時の眉間にしわ寄せていそうな喋り方の人だったんですか」
その思い出し方はどうかと思う。現に伊隅がピクリと反応してるし。
「……まぁいい。今日は貴様が私の隊に来た記念すべき日だからな。大目に見てやろう」
見てやろうとか言っている割には、机の陰で拳が握られていたりするのだが、それはリオから見えていないので放っておくとして。
改めて姿勢を直した伊隅は、形のいい唇から言葉を紡ぐ。
「貴様にはこれから部下達と顔合わせをして貰うわけだが……その前にそれはどうにかならないのか?」
幾分柔らかい口調になった伊隅が、視線で目標を示す。その先には未だにリオの頬に張られた湿布。
「無理です。文句なら殴った人に言って下さい」
リオとしても取ってしまいたいのは山々なのだが、未だに腫れが引いていないのだから仕方ない。人間に殴られるなどかなり久々だったのだから、体が順応するまで多少時間が掛かるかのだ。
順応するほど殴られる生活も嫌だけど。
「犯人は速瀬だな……あいつめ、妙な所で意固地になりおって」
呆れた口調ながらも、口元に僅かに浮かんだ笑みは消す事が出来ない。部下が自分の為に汚れ役をかって出たのだ。諫める必要はあるが、悪い気はしない。もっともそれは原因を作ったリオも同じようで、改めて言及するつもりはないようだ。
「完治していないなら仕方ないな。そのままで良いぞ…………別に恥ずかしいのは私ではないからな」
うわ、この人さっきの言葉、根に持ってる。
にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべる伊隅。
彼女は言うだけ言うと、そのまま部屋を出ていく。小さく嘆息したリオもその後に続く。イメージとは違ったが、また別の意味で厄介な人間だ。あの香月が褒めていた理由もわかる。
しばらくコツコツ、カツカツと廊下に二つの靴音が響く。姿勢の良い伊隅の後ろ姿を眺めながら、完璧主義っぽいとどうでも良い事を考える。
「改めて聞くが、貴様の姓名はリオ・レムレースで間違いないな?」
唐突な伊隅の質問に、顔を顰めるリオ。
「そうですよ? さっきの自己紹介聞こえませんでしたか?」
そんなに小さな声で喋ったつもりではなかったのだが、と言外に語るリオに、伊隅は小さく首を振る。
「いや、そうではない。ただな、あまりの偶然に少々取り乱してしまっただけだ」
「偶然?」
「そう偶然だ」
それ以上の言葉は出なかった。何だったのだろうかと首を捻るリオを後目に、伊隅は通路を進む。
やがて目的の部屋に到着したのだろう、伊隅が電子扉を開く。妙な所でセキュリティーがしっかりしてると思いながら後へ続くリオ。部屋の中には数人の女性が居た。
姿勢を直し、軽く挨拶をしてくる9人の女性。それに伊隅が応える。
と、その中の1人が伊隅に声をかけた。
「あっれぇ大尉、誰ですかその子? 大尉のお子さんですか?」
目上の人間に対して、随分と軽い口調である。だが、伊隅にはさして気にした様子もない。
「柏木……それは私が老けて見えるという遠回しな意見か?」
「いえいえ、とんでも無いですよ~。私はただ思った事を口にしただけですから」
「それって結局そう言ってるんじゃ……」
「しっ! 涼宮中尉、せっかく誤魔化したんだから掘り返しちゃ駄目ですよ」
「……いい根性だ、貴様。後で泣いたり笑ったり出来なくしてやる」
軽口を叩き合う数人。その中に速瀬と涼宮の2人が居る事にリオは気付く。相手の方も同じだったのか、驚きの表情を浮かべた涼宮が、次には表情を笑みに変え小さく手を振ってきた。軽く頭を下げて応える。
別の声が聞こえてきた。
「可愛らしい子ですね。でも実際居たとしても不思議ではないかもしれませんよ? ほら、若い内に仕込んでおけば……」
「か、風間先輩……それはちょっと下品ですよ」
「あらあら、分かってしまうあたり涼宮少尉もなかなかのものではありませんか?」
「ち、違いますよっ。私はただその、なんていうか………」
しどろもどろに言葉を紡ぐ女性……と言うには今ひとつ年齢が足りていない気がする。その彼女の前に立った長身の女性が、何も言うなと言わんばかりに手を挙げて諫めた。
「涼宮、恥ずかしがる事はないぞ。誰しもそうやって人生の荒波に揉まれて大人になっていくんだ」
その女性と同等の身長の別の女性が、呆れた表情で口を挟む。
「いやな美冴、言ってる事は格好いいんだけどな……別に揉まれなくても良い荒波じゃねぇか?」
「あまいわねぇ、らぎっち。そんな事だから男の1人も居な……あ、居るわね。白馬の王子様が」
今度は別の言葉。リオの位置からは陰になって見えないが口調と音程からして女性。その言葉に先程口を挟んだ女性が過剰に反応した。
「て、てめぇっ! それを言うなっ!!」
「恥ずかしがる事無いでしょ~? おねーさんはらぎっちの貰い手が出来て、嬉しいんだからぁ~」
「も、貰い手って。あたしとアイツはそんなんじゃねぇって!!」
「んもう、正直じゃないわねぇ」
どたばたと始まる目の前の漫才を周囲の人間達は楽しそうに見ている。此処で置いてきぼりなリオは有る事に気付いた。男が1人も居ないのだ。
「皆さん、それ位にしておきませんと。新任少尉さんが困っていらっしゃいますよ」
集団から一歩引いてそれでいて騒動の原因を作った女性が、おっとりとした口調で言葉を発する。その台詞で再び全員の目がリオに集中した。9対18個の瞳に晒され、一歩後ずさるリオ。
「速瀬中尉、その目つきは辞めた方がいいですよ。確実に怖がられています」
「まてこら宗像、それはどういう意味かしら」
「コメントは控えさせて貰おう」
「いつぞやと同じ返事を返すな!!」
はぁ、と小さく嘆息する伊隅。その溜息から、苦労していますという雰囲気をビシバシ感じた。
「……まぁ、こんな連中だが私の部下だ。リオ、貴様から挨拶しろ」
文字の並び順で先に来る方を呼んでしまうのは、日本人の習慣なのだろう。この世界でレムレースと呼ばれる事が少ないのはその所為か。
「初めまして……リオ・レムレースです。階級は少尉……これからよろしく……お願いします」
たどたどしく言葉を発し、軽く頭を下げ名乗るリオ。それに対して向けられる視線は、好奇に満ちた物。
「へぇ~速瀬中尉の言ってた通りホントに子供なんだ」
「びっくりだよね。こんな子があれだけの操縦技術を持ってたなんてさ」
「最初はまた、副司令の悪巫山戯かとおもったよな」
ざわざわざわざわ。
一度静まっていたお喋りの炎が、またしても再燃し始める。それを手を挙げて鎮める伊隅。
「貴様等、話が進まないからそれ位にしておけ。リオ、右からCPの涼宮遙だ。階級は中尉」
ほんわかとした雰囲気を纏った桃色の髪の女性が一歩進み出てくる。リオにとっては既に知った顔だ。相手も柔和な表情を浮かべている。
「改めて、これからよろしくね。レムレース少尉」
「よろしくお願いします、涼宮中尉」
堅苦しい敬礼すら柔らかく見えるのはある意味凄い。近くにいるだけで和む、そんな雰囲気を纏っている女性だ。その温かさに思わずリオも警戒心を削がれてしまう。
後ろから伊隅の声が飛んできた。
「優しそうに見えるが、敵に回すと恐ろしいぞ。その辺りを肝に銘じておけ」
冗談と取るには、あまりに真に迫っている口調。リオの表情が凍り付く。
「た、大尉ぃ! そんな訳無いじゃないですかぁ……」
頬を赤く染め、消え入るように慌てて否定する涼宮。しかし、その視線が微妙にぎらついたのはリオの錯覚だろう。おそらく、たぶん。
「次は速瀬水月。ポジションは突撃前衛、階級は涼宮と同じく中尉だが……貴様とは既に知り合いのようだな」
女豹の機敏さと獰猛さを兼ね備えた視線。蒼い髪をポニーテールに纏めた女性が挑戦的な笑みを浮かべて見つめてくる。こちらもリオにとっては既に知った顔である。
その出会いが一悶着有ったのは置いておこう。
「……よろしくお願いします」
遙とは一転して警戒心丸出しで挨拶を行うリオ。速瀬の方もそれを感じ取ったのか、表情が歪んでいる。実に解りやすい女性だ。
「相変わらず年上に対する礼儀がなってないわね……もう一発いっとく?」
グッと握り拳を固める速瀬に対して、リオも今回は後手には回らない。
「遠慮します。ボクだって女性を殴りたくありませんから」
「へぇ……それはどういう意味かしら。あんた、私と殴り合いやるつもり?」
「結果が見えてる勝負をやるほど暇じゃないんで」
バチバチと火花が散る。外野は既に傍観姿勢だ。
「ねね、あの2人って何かあったの?」
「ほら、リオって子、ほっぺたに湿布貼ってるでしょ? 実はかくかくしかじかで……」
「ありゃま、一昨日姿が見えなかったのはそんな事してたんだ。でも速瀬中尉に殴られて湿布で済んだって、かなり手加減されたのかな」
「にしても、言うねぇ。大人の衛士だってみっきーに睨まれたら縮こまるっていうのに」
感心したような年上組に、年下組が懸念を表す。
「驚いてる場合じゃないですよ。止めなくていいんですか?」
「放っときゃいいんだよ、水月だって本気で怒ってる訳じゃねぇんだし……たぶん」
「憶測じゃないですかぁ。本気の速瀬中尉に殴られたら、あんな子供じゃ死んじゃいますよ~?」
「……ねぇ、つきちゃん。それって遠回しにみっきーの事貶してないかしら?」
好き勝手に騒ぎ立てている外野席は2人には見えていない。
さて、一気に冷戦状態の速瀬とリオ。この2人は根本的に合わないようだ……というか、リオが速瀬に対して敵愾心を抱きすぎている所為なのだが。
「お二人ともそれ位でお止めになられてはどうでしょうか? 埃が舞うと困りますし」
止める理由それかよ、という場の空気は無視して。
間に割って入ったのは流れるような緑髪の女性。癒すような視線と長い髪、おしとやかな物言いが相まって、日本人形のようだ。大和撫子と言う言葉は彼女の為にあると、そう感じさせる女性である。リオは大和撫子なんて言葉知らないけど。
「レムレース少尉、私は風間祷子。階級は貴方と同じです。ポジションは制圧支援を担当していますね。以後よろしくお願いしますね」
「は、はい。こちらこそ」
今まで見た事のないタイプの人間に、どう対応して良いものやら解らず、言葉を詰まらせる。彼の苦労した人生が伺える。
「ふふ、そんなに緊張しなくても結構ですよ」
なぜ年下に敬語? そんなリオの疑問は解かれないまま次へ進む。風間の横に長身の陰が並ぶ。そちらにリオが視線を向ければ、何か含みを持たせた笑みの女性。
「宗像美冴……階級は中尉、ポジションは迎撃後衛だ。これからしっかり頼むぞ、リオ」
「はぁ……こちらこそ」
飄々としていながら、一部の冷たさを感じさせる女性。
笑みを浮かべたまま肩をポンポンと叩いてくる。その意図を理解できず曖昧な返事しか返せない。
「貴様のような対速瀬中尉用の人間は大好きだ。しっかり中尉で遊んでいこうじゃないか」
「むなかたぁ……あんたそう言う事は本人に聞こえないように言うモンでしょうが」
宗像の背後から速瀬の怨嗟に満ちた声が響いてくる。それを聞いて目を輝かせる目の前の女性。その視線は、例えて言うなら爬虫類のようだ。
「そんな……聞こえなかったら意味がないでしょう? …………速瀬中尉に」
「ワザとかこらっ!!」
「……とまぁ、こんな感じだ。貴様には素質がありそうだからな、しっかり腕を磨いておけ」
掴みかかる速瀬を、ひょいひょいとあしらいながら言葉を向けてくる。リオにしてみればそんな仲間に組み込まれたくない。後ろからやや呆れ口調の伊隅。
「いつもの事だが……宗像、何も知らない人間をあまり変な方向に引っ張り込むな」
「私はただ、手取り足取りナニ取り教えてあげようと。上官の義務ですから」
「余計な事をっ! 率先して教えるくせにっ! よく言うわよっ! こんのっ!!」
掴みかかってはいるもののどうしても捕まらないのか、言葉で反撃する速瀬。が、宗像にとっては痛くも痒くもないらしい。何事か言い返し、さらに速瀬の怒りの炎に油を注いでいる、第2ラウンド開始な女性2人。
そんな2人を無視して紹介を続ける伊隅。本当にいつもの事なのだろう。
「年長者からいくか。新任は最後だな」
その声を受け長身の女性が2人、リオの前に立つ。
「リオ、うちの特攻隊長である如月だ。如月、リオは貴様とタメをはれる逸材かも知れんぞ」
伊隅の紹介に、そいつは楽しみだ、と口角をゆがめた女性が進み出てくる。
「如月綾女だ。ポジションは突撃前衛。正直、てめぇみたいなガキがあんな腕してるなんて未だに信じられねぇが……ま、これからよろしくな、リオ」
ぞんざいな口調でそう言い放ち、リオの手をやや乱暴に握り握手。だが悪意は感じないので、思った事を素直に口にする率直な性格なのだろう。乱雑とも言う。
腰まである日本人特有の濡れた様な黒い長髪を、無造作に紐で束ねている長身の体は、良く言えばスレンダー、悪く言えば出るべき所が出ていない。女性にしては少々低い声と険のある造形の所為で、男装した方が似合うだろうと言った感じだ。それに拍車を掛けているのは、右眉から右目を両断するように頬にまで走っている大きな傷跡。威圧感はバッチリだ。
「如月は剣撃能力では速瀬以上だぞ。くれぐれも怒らせないよう注意しておけ」
背後から伊隅の言葉が飛んでくる。しかし、そんな恐ろしいポイントをさらっと忠告されても困る。しかも何で怒るのか教えてくれていない。
そんなリオの思考は無視して、伊隅はもう一方の女性へリオを紹介する。
「リオ、実質うちの二番手である朝光だ。朝光、『新任』の『リオ・レムレース』少尉だ。理解したか?」
なぜか妙に語句を強めた伊隅に、こちらへ向いていた朝光と呼ばれた女性は一度天を仰ぐと、笑顔を返してきた。
「朝光春華よん。ポジションは強襲前衛ね。私の事は春華姉様って呼ぶ事。わかった? リオちゃん?」
「ちゃ、ちゃん?」
初対面の人間をいきなりちゃん付けとは。馴れ馴れしいにも程がある。
「そうよん。リオっちとかでも良いけど、それじゃとらぎっちと被っちゃうし。とりあえず良いあだ名が決まるまでリオちゃんで。はいこれ、決定事項ね」
満面の笑みを浮かべ、そう言い放つ朝光。
名前は日本人なのに、その髪は光を反射して黄金色に光っている。ふわふわと軽くウェーブ の掛かった髪と完璧な造形の顔、そして如月とは違い、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる長身体型。完璧な美貌の持ち主で、世が世ならモデルで生活していけられるだろう。
しかし。
「そういえば、おねーさん助けてくれたのもリオちゃんだったわねぇ。御礼しなくっちゃ。ねぇ、キスとハグどっちが良いかしらん?」
軽い。あまりにも軽すぎる。
表現を避けるが、一言一言の後に♪やハートが付いているだろうほどの軽さだ。その口調の所為でせっかくの美貌も半減である。
「いやいやいやいや、どっちが良いとか言う問題じゃないでしょう」
いきなりの無理難題な選択肢を押しつけられ、慌てて拒否するリオ。しかし、彼の心遣いは朝光に勘違いされる。
「もしかして両方が良いの? あらま、見た目の割にはマセてるわねぇ」
「違いますっ!!」
白い頬を赤く染めて精一杯否定するリオ。が、その様子は余計朝光を擽ったようだ。
「可愛いわねぇ~!」
何故か嬉しそうな朝光に、ぎゅうっと抱きしめられるリオ。世の男達が見たら十中八九羨ましがるその光景も、当の本人にすれば災害に他ならない。
必死に抱きしめられる腕から逃げ出す少年。荒い息を付いているのは、驚きだけではないはずだ。
「朝光先輩って………もしかしてああいう趣味?」
「さてな……」
宗像との戦に一段落付いたのか速瀬が疑問を浮かべる。それに答えるのは表情に僅かに陰を落とした伊隅。その陰の存在がどのような理由なのか、速瀬は知らない。
「朝光は私と同期、如月は一つ下だ。朝光は中尉、如月は少尉だ」
続けられる戦乙女達の紹介。
「次は涼宮茜、先程の涼宮遙の妹だ。ポジションは強襲掃討、ついでに少尉だ。リオ、貴様も歳が近い方が話しやすいだろうから、彼女から色々と聞いておけ。涼宮、貴様も突撃前衛志望ならリオから技術を盗んでおけ。こいつの技術は十二分に前衛で役立つぞ」
「解りましたけど……」
今までの女性に比べると幾分か子供っぽい雰囲気の女………少女の方が合うか。で、何故かリオが睨まれている。それに気付いた伊隅が、苦笑を浮かべながら言葉を投げ掛ける。
「涼宮……その親の仇を見るような眼は辞めてやれ。幾らリオの方が技術が上といっても、ポジションはそれだけで決まる訳ではないぞ」
「……すみません。ゴメンね、リオ。気悪くしちゃった?」
「いえ、気にしてませんから」
別に睨まれるのは珍しい事ではないから元々気にしてない。だから謝れる必要もないのだが、頭を下げられればこちらとて無視する訳にはいかない。
「ありがと。それと私に敬語なんて使わなくていいよ。それじゃ、リオ、これからよろしくっ!」
澱んだ空気を払うかのように、元気良く挨拶をする茜。明るい方が元来の性格なのだろう。裏表の解りやすい少女だ。
「柏木晴子だよ。ポジションは打撃支援、階級は少尉。これからよろしく、リオ」
「よろしくお願いします」
水色の髪をショートに纏めている爽やかな女性だ。こちらは茜と違い、年相応の貫禄というか魅力を保持している。それが嫌味でないのは、浮かべている爽やかな笑みの所為だろう。見ている者の気持ちを晴れさせるような笑みだ。
「リオはなんだか下の弟に似てるね。他人の感じがしないよ。それとあたしにも敬語なんて使わなくて良いからね」
あはは、と気楽に笑う柏木。
「そっか、晴子の弟さんってこれぐらいの歳だっけ?」
「下がそうなんだけどね。でもどう見ても、リオは徴兵年齢に届いてない気がするんだけどさ」
「あ、それ私も思った。ねね、何でその年で戦術機なんて乗ってるの? っていうかリオって何歳?」
何歳、と言われても答えようがない。実際の所、リオの年齢など解るはずもない。本人でさえ解っていないのだから。
とりあえず白銀の時と同じ答えでお茶を濁しておく。
「え~と……12? いや13です」
「あらま、私と随分離れてるわねぇ。これじゃ大変だわ」
「何がどう大変なのかは聞かないにしても……そうですね、リオと朝光中尉じゃ一回りぐらい……」
そこで言葉を途切れさせ、しまったという表情を浮かべる涼宮。だが、口から飛び出した言葉はしっかりと朝光の耳に入っていた。見事な造形の顔に氷点下の笑みが浮かぶ。そりゃもう香月並みに。というか周囲の温度まで下がったような錯覚に陥る。
これまた完璧な造形の指を涼宮の頬にそっと添えるとゆっくりと、それでいて舐めるように撫でながら語りかける。リオの背後の伊隅が緊張した表情を浮かべたが、それは誰にも確認されなかった。
「茜ちゃん、それ以上余計な事喋っちゃうと…………気持ちよくなっちゃう事するわよん?」
「ひぇっ!? ど、どんな事でしょうか?」
「そりゃもう検閲に引っ掛かっちゃうぐらい凄いわ。全年齢版なら絶対に発売できないくらいよ」
笑みを浮かべ茜の頬を優しく撫でる朝光。眼が笑っていないのはお約束として、気持ちよくなる、という辺りで、伊隅が今度は怯えたような表情をした。もっとも、やっぱり誰にも確認されていないし、後ろが見える筈もないリオも、その事を知る由はない。
彼は彼で、ヴゥルカーンに乗っている事を突き詰められずに済んで安堵しているのだ。
「私は永遠の17歳なのよん…………コラそこ、歳がバレるなんてツッコミは辞めなさいな」
ヒソヒソと陰口を叩いている宗像達に、ビシッと指を突き付けている。コホンッと咳払いをする伊隅。
「さて、これで全員の紹介が……」
「あ、あのぉ大尉っ! 私はっ!? 私がまだ紹介されてないんですけど~!!」
伊隅の纏めの言葉を遮って、柏木の陰に埋もれていた女性が間延びした声で手を挙げて存在を主張している。リオにしてみれば、今まで全く気が付かなかった。
レイヴンであるリオに気配を察知させないとは、相当の手練れなのだろうか。
「ん? …………ああ、築地か。貴様さっきから何処にいたんだ? ずっと姿が見えなかったようだが……」
「ずっと居ましたー! 酷いですよ~! 幾ら私が本編の方で陰が薄いからってあんまりですぅ! 終いには泣きますよ!!」
「本編がどういう意味か掴めんが……いや、すまん。正直、本気で忘れていたんだ」
「う……うわ~ん!! 茜ちゃ~ん!!」
あ、泣いた。しかも割と本泣き。そんな彼女をよしよしと慰める涼宮。
「大丈夫だよー多恵。皆が忘れても、私は多恵のことちゃんと覚えてた……から」
「うぅ……茜ちゃんありがと~。でもなんで最後が小さくなったの~?」
「……」
「何で目逸らすのぉっ!? もうこれ完璧な隊内イジメじゃないのぉっ! 晴子ちゃん何とか……ってこっち見てぇ!!」
「障害になるようなら切り捨てるって事も大事なんだよ……」
「まずイジメの部分を否定して欲しいって所に気付いてぇっ! お願いだから!!」
血を吐くような築地の慟哭。その声に誰しもが涙した………………表面上は。
「はいはい、お遊びはそれ位で良いでしょ。さ、つきちゃん、リオちゃんに自己紹介しなさないな」
パンパンと手を打ち合わせながら朝光が場を収める。この辺は年長者の自覚があるようだ。
「うう……ぐすっ………築地多恵です~。階級は茜ちゃんたちと一緒、ポジションは制圧支援ですぅ……よろしく、リオ少尉ぃ……」
「こ、こちらこそ」
そんな半泣きな状態で自己紹介されても。
間延びした声で緊張感とかそういうものをすべて忘れてきたような喋り方をする築地。体型は涼宮とほぼ同じか。ただし一部を除いて。
自分の眼前で無駄に自己主張している胸部から視線を引き剥がし、リオは伊隅へ向き直る。
「これで全員だな。妙に長引いてしまったが……まぁいい。それでは、リオ・レムレース少尉」
口調の変わった伊隅の言葉に全員が背筋を伸ばす。
「特務部隊A-01中隊への貴様の入隊を歓迎する」
9人全員が敬礼を行う。今度は遅れずに返すリオ
「貴様も聞いていると思うが、この隊は香月副司令直轄の部隊………の割りに補充など滅多に行われない。だから貴様のような凄腕は嬉しく思うぞ。これからしっかりと扱き使ってやるからな」
意地悪くありながら、嬉しそうに笑みを浮かべる伊隅。本心から喜んでくれているのだろう。リオにとってはそれほど喜ばれると逆に息苦しい。
「では、全員の顔合わせが済んだ所で……中隊、隊規復誦っ!!」
その言葉に、女性陣全員がザッと一糸乱れ動きで踵を合わせる。先程までのおちゃらけていた態度など何処へやら、背筋を伸ばし、まっすぐに自分達を率いる伊隅を見つめている。
その視線に応えるように、腹腔に大きく息を吸い込んだ伊隅が、一瞬の停滞の後、良く通る声を吐き出した。
「死力を尽くして任務にあたれ!」
「「「「「「「「「死力を尽くして任務にあたれ!!」」」」」」」」」
伊隅の言葉に、9人の声が続く。とても嬉しそうに。そして、楽しそうに。
「生ある限り最善を尽くせ!」
「「「「「「「「「生ある限り最善を尽くせ!!」」」」」」」」」
轟っ!! と周囲を威圧するように。それでいて勇気づけるように。
「決して犬死にするな!」
「「「「「「「「「決して犬死にするな!!」」」」」」」」」
美しく通る10人の声は、部屋の空気を震わせ、響き渡った。
彼女達の迫力に圧され、呆然としているリオ。
「……以上が、この隊の規則だ。深く考える必要はない、そのままを実践しろ」
「了解……」
あれやらされるのか……と思っているリオは、妙に歯切れの悪い返事を返す。
とは言え、握っている拳に僅かながら力が籠もっている所を見ると、彼も本心から嫌がっている訳では無さそうだ。
「毎回やって思うんだけど……これって結構疲れるんだよね」
「言えてるね~」
大きく息を付きながら、涼宮と柏木がぼやく。の割には2人とも表情が楽しそうなのだが。
「それと先程涼宮が気にしていたリオのポジションなのだが……これはまだ未定だ。データを見る限り、副司令から随分と評価されているようだがな。本人の適正も分かっていない事だし、下手に決めつける訳にもいかないからな」
「そーよ。実際のとこあんたがどれほど動けるのか詳しくは解ってないんだから。くれぐれもイスミヴァルキリーズの名前に泥塗るようなヘマすんじゃないわよ」
「イスミヴァルキリーズ?」
聞き覚えのない言葉に、素直に反応するリオ。説明してくれるのは涼宮。遙の方だ。
「ええ。主神を護る12人の戦乙女達。それがこの部隊の名前なの」
「の筈なのに男のあんたが入った所為で台無しだわ」
涼宮の言葉を引き継いで、さもがっかりという風に肩をすくめる速瀬。その声を聞いて朝光の表情が輝く。
「んふふ~じゃリオちゃんに女装でもさせてみる? たぶん問題ないわよん」
「それは良いかもしれませんね。情報攪乱という手段なら最適です」
誰が、何の為に、誰に対しての情報攪乱なのかは無視して、風間まで食い付いてきた。災難なのはリオである。
キラキラと目を輝かせる数人は無視して伊隅が話を進めていく。
「さて、堅苦しい話はそれまでだ。リオ、先程も言ったがこの隊は副司令直属の隊でな、その副司令から無駄な事はするな、と言われている。まぁ簡単に言えば、敬語や敬礼は他の人物が居る時のみで構わない。この隊内では堅苦しい姿勢は抜きと言う事だ」
今までの挨拶がヴァルキリーズの中では堅苦しいに分類されているらしい。常識としてそれは良いのかという疑問は残るが、随分とおおらかな雰囲気ではある。リオとしても敬礼や敬語は慣れていないから、そちらの方が助かる。
と思えば。
「でも、実質歳の差があるのよ」
速瀬に釘を差された。早い話が先程タメ口で良いと言った涼宮や柏木、築地以外には敬語を使えと言う事だろう。もっともこの隊全員がリオより年上であるのだが。
慣れない言葉を使う光景を想像したのか、ウンザリした表情をリオは浮かべる。それを目聡く速瀬が目を付けるが、それより先に朝光がリオに絡み出した。
「さてさて、それじゃリオちゃんPX行きましょっか。今日は入隊祝いとしておねーさんが奢ってあげるわよん」
リオの頭を撫でながら、腰を落として目線を合わせて話しかけてくる。完璧に猫可愛がりされている。が、当のリオは撫でられる事を嫌がっているようには見えない。
「あ、ずるいですよ中尉。私達の時はそんな事無かったじゃないですか」
そんな2人を眺めながら、涼宮が朝光の言葉を咎める。それに答えるのは余裕の笑みを浮かべた美女。
「そんな昔の事は忘れたわねぇ。……とはいえこのままじゃ恨まれちゃいそうだから」
「奢ってくれるんですかっ!」
やったという風に喜ぶ涼宮。笑みを浮かべたままその希望を打ち砕く朝光。
「いいわよ? 但しコーヒーモドキだけよん」
「うわケチ!!」
「あら、そんな事言う子には奢ってあげない。じゃ、リオちゃん行きましょ」
「ああ、ゴメンなさいぃ~!」
なんて雑談を交わしながらリオを引き連れ朝光、築地、涼宮とぞろぞろと部屋を出ていく。それに宗像や風間らが続き、最後に如月がその後に続こうとして伊隅に呼び止められた。
部屋に残った2人は双方思っていた事をうち明けると、納得したのだろうか、頷き合い部屋を後にした。
後書き
此処までお読み頂き有難うございます。筆者のD-03です。
ヴァルキリーズ全員との顔合わせとなりました。公式キャラの口調がいまひとつ把握できませんので、もしかしたら皆様のイメージとズレ生じるかもしれません。何卒ご了承ください。築地が書き辛いったらないです。
あとオリキャラですが、どこかで見たことがあるのは気のせいです。ええ、間違いなく。
なお本編中で、リオが伊隅に対して「ラナ・ニールセン」と言っていますが、少しでもニヤリとしていただくと筆者としては嬉しい限りです。
さて、次回はオリキャラの過去話を挟もうと考えています。
では、次回もどうぞ、リオにお付き合いください。