時間は少々遡る。
先の戦闘から離脱に成功した。そこまではよかったのだ。
だが、先の戦闘機動によって機体の方角を見失っていたリオは、自分が離脱した方角に伊隅達の戦域がある事を気付かなかった。
もしも場慣れした玄人で有れば、たとえ方角が分からなくても、すぐさま進行ルートを割り出し、自機の進行方向に今まで遠距離カメラ越しに覗いていた戦域がある事に、気付けただろう。
しかし、これまでさんざん異変に遭遇したリオの脳の容量は、既に限界だった。その結果頭の中は、その場から如何に素早く離れるか、という名目のみが支配していた。
実にお粗末。仮にも一個人で戦闘を行う人間が、行ってよい失態ではない。
離脱時に使用したオーバードブーストから、通常のブーストに推進器を変更し、ブーストペダルを踏み込み、最高速度で離脱を図るリオ。その先には伊隅達や残存BETA共が存在している事にも気付かず、背の低い山岳地帯を飛び越える。
その途端、モニターが別の光景を映し出した。
「……やばっ!?」
そして気付いた時には遅かった。
ACの驚異的なスピードが仇となる。
飛び越えたその先には、ものの見事に伊隅達+BETAが待ち構える戦域が広がっていた。それに気づくも眼下には既に鉄火場、慌てて急制動を掛け、手近な高台に機体を着地させるのが精一杯。一息遅れて銃口と視線を左右に向ける。
FCSの反応と、ロックオン警報の有無でまだ発見はされていないと判断。胸を撫で下ろし、少々落ち着いた所で、改めて視線を高台の下に向ける。
そこでようやく、目の前の光景は今まで自分が覗いていたものだと判断する。
そして乱戦の戦場には、もはや統率などと言う言葉は何処にもなかった。
最後に映像で見たときより生体兵器の数が増えている、さらに奇襲を受けて陣形を乱されたらしい。部隊間の距離が若干開いている。
そして見下ろした先では、1機が赤褐色に染まっていた。どうやら大口に集られている。
機体が動いている所を見ると、中のパイロットはまだ生きている可能性がある。あの生体兵器がどうのような性質を持っているかは分からないが、何の攻撃手段もなく機体に取り付くとは考えられない。それを肯定するかのように、周囲の残存している機が、僅かに浮き足立った。どうやら取り付かれると相当拙いらしい。
それでも何機かが、集られている機体を助けようと動き出す。だが、その動きは新たな脅威に邪魔される。
それの正体は、巨大な蜂、とでも表現できるだろうか。ACの数倍は有ろうかという巨躯を、十本の尖った赤黒い脚らしきもので支えている生体兵器。地響きさえ轟かせ移動するその巨体、確認出来た個体数は8体。
「また新しいヤツ?」
と、リオが内心辟易しているのを後目に、その巨大な生体兵器は蜂で言うなら尾部に収められている針にあたる部分を振り回し、周囲の機体を近づけようとしない。
それでも伏している機体に一歩でも近づこうと、振り回される針を回避しながら他の機体は動く。
しかし、既に集られている機体は動きを止めている。リオの位置からなら狙うことも可能だっただが、このACに保持している兵装では大口だけを狙い撃つなど出来る筈がなく、集られている機体ごと、まとめて吹き飛ばしてしまう可能性のほうが高い。
それなら無駄弾を使う必要もない。搭乗していた人間には気の毒だと思うが、自分が生き残るには僅かでも弾が残っている方が有利だ。
そう自分に言い聞かせ、リオはレイヴンの視線で戦域を見渡す。
ほぼ乱戦の体をなしている戦場は、混乱の坩堝だ。部隊ごとに動けているだけまだマシだろう。だが、それも次第に崩れて始めている。個人個人が、自身を守るだけで精一杯のようだ。
今までの映像からリオは、この部隊の中で前衛と後衛を受け持つ機体を、大まかに判別していた。そして部隊自体を、さらに3つの小さな部隊に分ける事が出来ることも、理解していた。
前衛で固められた部隊が敵陣に突入、さらにその後方に1部隊随伴し、その2部隊と戦域全体を、後方に陣取る1部隊が援護する。他にもあるだろうが、これが確認できた陣形だ。
昔の戦術で例えるなら、前衛が戦車の役割で敵陣を打ち破り、中間が随伴歩兵で敵陣の傷を広げ、あわよくば殲滅、。そして後衛は、援護射撃や制圧砲撃を行う支援部隊といったところか。勿論陣形はこれに限った話ではないだろう。
完璧にチームワークがものを言う編成だが、目の前の部隊は見事にやってのけていた。なんとも凄い仲間意識。おそらく部隊内では相当の繋がりが出来ているのだろう。それも縦だけでなく、横方向にまで。
トップダウン式の軍隊で、横方向の繋がりを持つというのはかなり難しい。それ相応の柔軟な対応が可能になる反面、各部隊が勝手に動き回る可能性すら有り得るのだ。
だが目に映る部隊は、それこそ小規模だが未だに組織だった反抗を行っている。優勢とは言いがたいものの、敵に押し切られずに済んでいるのはそのお陰なのだろう。
嘲りでも同情でもなく、ただ純粋に戦闘力という点で、リオは感心する。
単独戦闘が主だったリオは、強固な繋がりを持つ部隊を敵に回せばどうなるか、それは恐ろしいほど身に滲みているのだ。優秀な指揮官に統率された部隊は、その戦力を数倍まで引き上げることが出来る。
そして、部隊戦闘は単独戦闘では決して味わう事のない気持ちを芽生えさせる。
自分1人ではない、安堵感という感情を与えてくれるのだ。
分断されながらも、懸命に相互援護を行い反撃を仕掛ける眼下の機体達を見ていたリオの中に、小さな別の感情が宿る。
「…………」
その感情の名は羨望。無意識に、聞こえないほどの小ささで、羨ましい、と呟くリオ。
かつて自分にも仲間、と呼べるかどうか微妙だが、とにかくそれに近い間柄の人物は居た。片手で数えられるほどだが、共同で作戦を行った事もあった。その時は個人で仕事をこなす時よりも、色々な意味で騒がしかった。
しかし、今は居ない。元の世界でこの機体を譲り受けた時には、彼女達は存在していない。
その原因を作ったのは他でもないリオであるため、彼はそれ以降、ひたすら単独戦闘を行い、周囲との接触も控えてきた。それがどうしてなのかは、未だに自分でも理解できていない。ただ漠然とした考えとして、仲間を作ってはいけないと感じていたのだ。
もしも、自分がこの機体に乗ったときに居てくれたら、目に映っている部隊の様に戦えたのだろうか。相手に背中を任せ、相手の背中を守るという戦いを続ける事が出来たのだろうか。
だが過ぎ去った事に、たられば、は無い。過ぎ去った時間は幾ら嘆こうが戻っては来ない。
小さく息を吐き、もう一度、羨ましいとリオは思う。それと同時に冷静な脳は自身の感情を嘲笑う。今更何を……と吐き捨てた彼の心境に、僅かずつだが変化が現れだした。
と、眼下の戦場に異変が起きる。
V字隊形を組み、中型種の進行を押し止めていた前衛役の三機が、僅かに突出する。随伴する部隊との間に生じた隙間に、生体兵器が割り込み陣形を分断した。
それが起こった時には前衛の殿である機体に、蠍もどきが迫っていた。しかし迫られている機体は気付いていない。眼前に迫る別の生体兵器に気を取られている。
あのままなら撃破される、と再びレイヴンの視点でリオは見詰めていた。他の機体達も気付いていない。つまりこの場でその脅威に気付いているのは、リオただ1人。
今すぐにでも他の機体が援護に向かえば、充分に間に合う距離だ。だが、どの機体も目の前の敵で手一杯らしい。
殿の機体が撃破されれば、突出している前衛の部隊は完璧に包囲攻撃を受ける。
そうなった場合、その部隊が壊滅するのは時間の問題で、それは後衛の2部隊が直に敵の脅威に晒されると言う事になる。どう見ても、中から遠距離用の装備だけで固められた後衛が、接近戦で生体兵器を押し戻す事は不可能だろう。何かしらの抵抗は出来るだろうが、それまでだ。
殿の機体に迫る「死」を、ただ見ているだけのリオ。気づかぬうちに、操縦桿を握る手に力が篭る。
わざわざ他人の為に機体を消耗させる事もないと切り捨てる。そして、これ以上は見学する必要もないだろうと機体を翻そうとした。他人とはいえ、人間が死んで行く所を見続けるほど、リオは悪趣味ではない。
エクステンションを起動し、機体を反転。しかるのちこの戦場とは別方向へ移動。とりあえず距離を取れば良い、と判断したリオは、エクステンション起動ボタンを押し込んだ。
……………………。
全く振動が無い。不気味すぎるほど機体は沈黙している。
それはそうだろう。実際には、機体は動いていない。何時まで待っても、急速反転用ブースターが、噴射炎を吐き出すことは無かった。
「………?」
奇妙に思いもう一度、機体を反転させた。
だが、またしても動かない。
「…………あ」
ようやく合点がいった。
頭で命令しても体が動いていない。腕から先は、操縦桿を握ったまま完璧に硬直している。
いや、腕だけではない。まるでこの場から去る事を拒否すると語っているのか、体は全く動かない。
それについて頭はまたか、と冷静に考える。体と意識が別の行動をする現象がリオには時々起こる。そしてそれが起こる原因のもっとも有力候補は、リオ自身が「理解はして納得はしていない」ということ。。
この場で飛び出してあの機体を助けた所で、味方と認識される保証は何処にもない。生体兵器と一緒くたに攻撃を受ける可能性の方が大きい。わざわざ、危険に飛び込むなど馬鹿のする事だ。そして、レイヴンは馬鹿ではない。
最強の汎用人型兵器を操るレイヴンは、ただ単に戦闘技術が優れるだけではやってはいけない。状況判断や自身が置かれている立場を正確に認識する広い視野、臨機応変な柔軟な思考を必要とする。時として非情な判断を、的確に下す必要があるのだ。
今がその時の筈。
だと言うのに、まるで彫像のように体は動かない。まるで金縛りにあったようだ。
命令を聞かない体に、頭は焦りを憶え始める。説得するように言葉を紡ぐ。
自分は何人も殺してきている傭兵。いまさら1人救った所で何になるんだ? 偽善者被れや自己満足で自分まで危険に晒したら意味がないだろ。
自身に向かって言葉の刃を放つ。最後の方は叱責に近い。
そこで、はたと気付く。自分は昔聞かされた言葉を紡いでいる。
それを思い出した途端、脳内に情景が浮かんだ。騒がしい声、何処から聞こえるガラスコップがぶつかる音、目の前には酒瓶の転がる机に突っ伏した、男と女。
盛大にいびきをかく女の横で、酒に酔って呂律の回らない男の言葉が、いやにハッキリと聞こえた。
―――使いどころを誤るな―――
あまりにも感情的な言葉。レイヴンとして、いっぱしの兵士として、その考えは不合格だ。
ならばリオ個人としてはどうなのだろう。
自問自答に使用した時間は異常に長く感じたものの、実際には数瞬だ。僅かに体が動く。それは心が揺れ動いている証拠。
その、体と頭の喧嘩にケリを付けたのは、優しく響いた女の声だった。
―――しっかり、私を護ってちょうだいよ?―――
頭を撫でられる感触と共にその声を思い出した途端、頭の中で何かが入れ替わる。自分の目に映っている機体に乗っているのは他人の筈なのに、何故か思い出にある女が喋ったような気がした。
チリン、と腰に結い着けているモノが涼やかに鳴った。まるでその考えを肯定するかのように。
最後の最後まで文句を言い続ける、レイヴンとしての思考を抑え付け、体は別の行動を開始する。
優しい、苦笑の声が聞こえた気がした。
ガンッと、ブーストペダルを底抜けするほど踏み込む。僅かな予備動作の後、背中から目映い光芒を引いた機体は、呆気ないほど軽々と宙を舞っていた。
ある程度高度を稼いで、自由落下に変更。下方に銃口を向け、PIXIE3から銃弾の雨を降らせる。
視線によって制御された照準を、殿の機体に迫っている生体兵器に定める。サイト内に捉え、ロックマーカーが目標と重なる。トリガーを引き、PIXIE3を発射。マズルフラッシュが煌めく。
空中のため、衝撃吸収の利かない機体が激しく振動。だが、高性能FSCと射撃補正精度の高い腕部によって制御されたPIXIE3は、一片の狂いも無く、蠍もどきに向かって死を吐き出す。
炸薬による爆発エネルギーと、重力による運動エネルギーを自身の力に加算した銃弾は、まるで意思を持つかのように、醜い生体兵器の全身に喰らい付く。上空からの雨によって、その身を細切れにされていく生体兵器。
しかし、まだ動いている。
ならば誰が見ても分かるように、完全に、完璧に殺す。
その激情のまま、リオはしぶとく生きているそいつの上に、悪足掻きもいい加減にしろ、と言わんばかりの勢いで機体を落下させてやった。
人間で言えば、頭の上に重量物が降ってきた様なものだ。ひとたまりもなく、潰れる蠍もどき。生々しい音を立て、トマトを押し潰したかのように、赤い肉片と血飛沫を飛び散らせる。間近にいた殿の機体が、その赤いシャワーを浴びる。
その押し潰した感触を直に感じ取ったのか、リオは背筋を振るわせた。
据わった視線を左右に向ける。目の前には呆然としている大量の生体兵器と軽量級のACっぽい機体達。
その光景を眼にして、やっとリオは自分のしでかした事に気付いた。
コクピットの中で、我に返り、頭を抱える。
「………しまったぁ………」
兵士としては失格だ。わざわざ危険に飛び込むなど。
だが後悔しても、やってしまった事は仕方がない。それより今は、目の前の気持ち悪い連中を片づける方が先だ。呆然としている周りの機体に、自分は敵ではないとアピールする必要がある。
モニター全域を目まぐるしく動き回る視線。リオの頭部を覆っているヘルメットに内蔵さたELSによって、それに同調したロックオンマーカーが、自動的に確認した生体兵器に脅威優先度を付ける。
目の前で固まっている別の蠍もどきに銃弾を叩き込みながらの作業。というかここまで数が多いとロックなどせずに、ばら撒いた方が早いかもしれない。
仲間がやられた事に気付いたのか、他のデカブツが体を旋回させこちらに向かってこようとする。周囲から蠍もどきも迫ってきた。そして足下からは大口や芋虫。
にしても。
「………おそっ」
思わず呟いてしまった。
のたのたと体を旋回させるデカブツは言うに及ばず、蠍もどきにしてもまるで亀が這っている様な遅さだ。MTでさえあそこまで遅いのは希だ。
数だけは多いが、あの遅さなら大した驚異ではないだろう。それに、こんな派手に登場しておいて逃げるわけにもいかない。
もう少し冷静になるべきだったかな。
迫った小型種に銃弾を叩き込みながら、リオは自嘲する。とりあえず迫る脅威を排除するとしよう。
目標、目の前の烏合の衆。
右腕兵装WR07M-PIXIE3、左腕兵装CR-WH05BP、補助兵装CR-184RN、背部兵装KINNARA及びWB14RG-LADON、全て残弾問題なし。機体冷却、コンデンサ容量回復、エクステンション、OB、他のパーツへのエネルギー供給全て順調稼動。
奇妙な事に、危険が迫っているというのに、心はまるで遊びに行くかのように浮かれ始めている。やはり、リオ・レムレースは、レイヴンという人種は、どこか狂っているようだ。
「邪魔」
戯けた調子で、目の前の気持ち悪い集団に、ヘルメットの下で唇を歪めながらそう語る。
それと同時に、両腕の兵器が咆吼した。
何処の馬鹿だ、いまさらこんな戦術機を造ったのは。
「戦闘機動が出来るのか……?」
伊隅が眼にしたその機体の第一印象は、その一言に尽きた。
突如として上空から降ってきた、戦術機より少しばかり全高が小柄な機体。だが、要撃級を押し潰した事からそれなりの重量がある事は分かる。
機体全体が黒く塗装されており、一瞬近衛部隊の機体かと錯覚させる。だが、その機体色は黒を基調としながらも呑み込まれるような深い色合いを保持しており、まるで雨に濡れた鴉の羽のようだ。
機体形状は、一瞬【撃震】かと見間違うほどの重装甲。その上半身を支えるのは【不知火】の二倍の太さは有ろうかという脚部。
見たことも聞いたことも無い機体だ。
データバンクにも登録されておらず、事前に説明されていた他の部隊の展開状況を鑑みても、今この場にいる部隊は我々だけの筈。濡れ羽色の機体には通信すら繋がらない。
つまり目の前の機体は、何処の部隊にも所属しておらず、その存在自体が確認されていないと言う事になる。そもそも自分達は秘匿作戦中の身だ。敵ならともかく、援護要請も出していないのに味方が来るとは信じがたい。
どうなってるんだ。目の前の機体は幻か?
だが、現実としか思えないその鈍重そうな機体は、戦術機の進化過程を完璧に逆行していた。
敵の攻撃に耐えるよりも回避することに着目し、機動性を駆使しての高機動戦闘、接近戦においては上半身に重点を置く事で機体に掛かる慣性力を最大限に利用できる構造。極めて人間に近く人間以上の機動を可能とする機体、それが現在生み出されている、第三世代戦術機の設計思想だ。
だが網膜投影に映っている機体は、どう見てもその思想を無視している。おまけに腰部に装着されているはずの噴射ユニットすら見えない。
一目見て分かる、重装甲と高火力に傾倒した機体構成。
もはや【撃震】というより【海神】に近い。完璧に廃れたはずの設計思想。
それでも兵装に関しては一目置くべき所があるのだろう。右手には突撃砲らしき武装で、左手には見た事もない武装を保持している。
それだけでなく、機体の背中には右側に自立誘導弾を装填しているであろうコンテナまで装備し、さらに左側には、折り畳まれた砲身がぶら下がっていた。
もはや、戦術機と言うより砲台と呼ぶ方が相応しい。
1機で1小隊の火力があるだろうか、過剰なほどの突撃砲の火線は、闇色の機体の前方に存在する要撃級や小型種を、次々と肉塊に変えていく。その間隙を縫うように、肩部の正面装甲板が開いた。そこから銀色の弾が発射される。それは地面に着弾するやいなや、着弾した地点一体を猛火で包んだ。そこに存在していた小型種を巻き込んで。盛大な焚き火が始まる。
確認しただけでも五種類の武装を保持し、着地した地点から1歩も動かずBETAを仕留めるその姿は、まるで壁のようだ。
だが、動きを止めてBETAに勝てるなら戦術機など必要ない。
伊隅の考えを肯定するように、固定砲台に徹していたその機体めがけて突撃級が突っ込んで行く。距離が近い為、トップスピードまでではないにしろ、それでも100キロ近い速度で、その機体を吹き飛ばしてやろうと向かっていく。
それを迎え撃つのは突撃砲の銃弾だが、頑丈な甲羅には効果が薄いようだ。幾らかは直撃しているものの、足を止めるまでには至っていない。
鬱陶しげに突撃級に視線を向けた闇色の機体は、右手の突撃砲の照準を手近な要撃級に
変更しながら、左手の兵装を迫る突撃級に発射した。
冗談の様に巨大な口径から撃ち出された銃弾、いや、もはや砲弾と呼ぶに相応しいその巨弾は、突っ込んでいく突撃級の甲羅を易々と打ち砕き、中身まで一緒に吹き飛ばす。
まるで艦砲のような威力にケツから派手に肉片と血飛沫を撒き散らしながらも、それでも慣性のまま地面を削りつつ突っ込む突撃級の死骸。
あの重装甲では回避もままならないのではないか。
そんな伊隅の不安を一蹴するかのように、ヒラリと最小限の動きで回避行動を行う闇色の機体。軽やかとさえ言えるその機体の動きは、もはや矛盾さえ感じられる。
突如として出現したその機体に、いつの間にか全てのBETAが矛先を向け、全ての戦術機が目を奪われていた。
『大尉……あの機体は一体……?』
周囲の小型種を掃討し、一時的な安全を確保した宗像が尋ねてくる。
そんなこと私が知っている訳ないだろう、と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、眼前で銃弾の壁を作っている機体を見つめる。
が、何時までも惚けてはいられない。まだBETAは少なからず残っているのだ。その中には要塞級も含まれる。
やれるのだろうか……。
と、伊隅が浮かべた小さな懸念を感じ取ったのか、その愚鈍そうな機体がこちらに視線を向ける。
スカイブルーに輝く不揃いの3つのメインカメラは「そこで大人しく見ているだけか?」と暗に語りかけているようだ。
それに気付いた途端、僅かに伊隅の頬が朱に染まった。顔面の温度が上昇する。
怒りに、ではなく心の何処かで目の前のBETA共に負けていた自分に、羞恥心が生まれたのだ。
「……ふっ」
私としたことが、随分と弱気になっていたものだ。
思わず伊隅は苦笑する。そして一度操縦桿を握り直し、大きく一回深呼吸を行う。
次の瞬間にその表情は、伊隅みちるからA-01部隊隊長に変わっていた。美しい紅い瞳が、ギラリと輝きを増す。
普通ならたった1機の機体が増えたところで、好転するほどこの状況は甘くはないだろう。
だが、目に映る闇色の機体は「普通」ではないことがわかる。そして我々も「普通」の部隊ではない。現に先程私自身がそう部下達に言ってのけたのだから。
部隊が分断された? 仲間を失って戦力が落ちている? 要塞級が出現した?
だからどうした。
もう一度言ってやろう。
「貴様ら、ただで済むと思うなよ……!!」
戦乙女が、再び武具を構える。
足下の小型種を184RNで焼き払い、デカブツを回避するついでにPIXIE3の銃弾を叩き込む。迫る蠍もどきの前腕を後退して空振りさせ、その隙をついて再接近。体に飛び乗り押し潰すついでに、歯茎剥き出しの頭部を蹴り飛ばす。闇に、飛び散る紅が混じっていく。
「とりあえず攻撃してくる様子は無し……よかった……」
今更のように安堵する。今はその事実だけで充分。
機体を操りながら、銃弾を叩き込みながら、リオは冷静に周囲に散っている機体に目を向ける。
動き出した1機に影響されたように、周囲の機体も次々と生体兵器を潰していく。
大口や芋虫の小型種は言うに及ばず、蠍もどきやデカブツに対しての対処は、彼らの方に一日の長があるだろう。
まぁ、正直に言えば中型種を相手取るのがいい加減面倒になってきた。何せただの的当てもいいところなのだから
余裕が出来たなら、こっちは、地響きをたてて接近する巨大蜂でも相手取ってみよう。 いくら十本の「脚」だろうが振り回せる針だろうが、自身の真上に攻撃できるわけではない。そう判断して、機体をジャンプさせる。
大出力のブースーターのよって、巨大蜂の全高を遙かに超える高さに到達した機体を、そのまま、これまた巨大な頭部に着地させる。即座に足下に向けてPIXIE3を発射。だが、肉は削れるものの致命傷までは至っていない。
それでも痛みは感じたらしい。絶叫らしき鳴き声を響かせながらその巨体を揺すり、自分の上に乗っている異物を振り落とそうと、巨大蜂は動き回る。
零距離に近い射撃を受けて、致命傷にならないとはなかなかに頑丈だ。
振り回される巨体から一旦離れ、リオは感心しながら機体を着地させる
着地点にいる大口や象鼻を吹き飛ばし、踏みつけながら。圧縮された血と肉片が脚部に飛び散る。
「でも、甘く見てもらっちゃ困る」
笑みを浮かべそう語りかける。PIXIE3が利かないので有れば、別の兵装で攻撃するまで。
横合いから迫る針をバックステップで回避。再度ブースターに点火、垂直ジャンプ。こちらを見上げるように顔を頭部を向けてくる巨大蜂。
「そんなに見詰めないでよ。照れるから」
軽口とは裏腹に、重い発射音を響かせるWH05BP。顔面の中心に着弾させてやる。
爆炎に混じって、肉片が飛び散る。
絶叫を上げ崩れ落ちる巨大蜂。死んだかどうかは微妙だが、しばらく行動不能なのは確かだ。
お次は何奴? と、振り返ったら目の前に迫るのは、小型種を中心とした集団。ちょっと数が多い。それを目にしたリオが、ピキッと擬音を立てて一瞬凍りつく。
うぞうぞうぞうぞわさわさわさわさわらわらわらわら。
「…………………………い」
い?
「………いやぁぁぁああぁぁっ!!」
思わず絶叫。
只でさえ数が多いのに、それが小さいとなれば、それはもはや嫌がらせに近い。まるで油虫のようにわらわらと向かってくる。
うぞうぞわさわさわらわら。
この状況に関係ないけど、アイツらって、なんで始末しようとするとこっちに飛んでくるんだろ? しかも叩く寸前に。
本当に関係ない事を考え、思考を落ち着かせようとするリオ。人それを、現実逃避という。まぁいくらレイヴンとはいえ、相手が弱いとはいえ、気持ち悪い物は気持ち悪い。しかも派手に登場したせいか、殆どの生体兵器が自分に向かって来ている。
「間違えたかなぁ……」
早くも弱音を吐いてしまう。飛び出した事を心底後悔し始めるリオ。
しかし、言葉とは別に、迸る銃火は正確にその集団を吹き飛ばす。少しスッキリしたが、その後ろに新しい集団に確認してしまう。
もうやだ、早く終わらせよう。
半分涙目になりながら、リオは決意した。
『にゃろがっ!!』
『ほらほら邪魔よっ!!』
分断され追い込まれていた姿など何処へやら、B小隊の面々は実弾兵装に切り替えた事で本来の勢いを取り戻し、それに迫る要撃級や突撃級はC小隊の支援突撃砲の前に崩れ落ちていく。
「各機、槌型第弐陣形だ! 押し上げろ!」
勿論伊隅が直に率いるA小隊も怠けているわけではない。面制圧に徹し、わさわさと向かってくる小型種を、ロックする端から撃ち貫いていく。
だが、それ以上のスピードでBETAを殲滅していく機体。
そいつは先程、要塞級に狙いを定めたかと思うと、次の瞬間には遙か上空に噴射跳躍していた。よく見れば背面から黄緑色の光芒を引いていたのが確認できた。
あの鈍重な機体をあそこまで持ち上げるなんて、どれほどの出力を持っている跳躍ユニットなんだ。
その場の全員の疑問を無視して、闇色の機体はさして苦もなく要塞級に接近。そのまま目の前の要塞級の頭部に着地。足下に向けて突撃砲を発射する。飛び散る肉片に血。だが、致命傷ではない。
痛みで怒り狂い、その巨体を捩らす要塞級。その流れに逆らわないよう、されるがまま振り落とされる機体。だが、ただでは振り落とされないらしい。
着地点に向かってきた突撃級を吹き飛ばし、邪魔と言わんばかりに戦車級や闘士級などの小型種を、薙ぎ払い踏みつぶす。
『凄ぇな』
如月の声。だいぶ余裕が戻ってきているようだ。
その視線の先に闇色の機体。着地時の衝撃を膝をたわませ吸収。そのまま利用し地面から反発するかのように、横合いから迫る衝角を回避して、またしても飛び上がる。
さきほど取り付いていた要塞級の前面に接近。超至近距離で左手の兵装を発射した。
爆炎に包まれる要塞級の顔面。絶叫を上げて崩れ落ちるその個体。
36ミリでは倒す事すら叶わず、120ミリや近接長刀をもってしても、間接部を正確に狙わなければ動きを止める事すら出来ない要塞級を、濡れ羽色の機体は数秒足らずで片づけた。しかも片手間に小型種や中型種まで殲滅しながらだ。
『巧い……』
もはや何度目か分からない涼宮の感嘆まじりの呟きが聞こえてくる。突撃前衛志望の彼女には、目の前で舞う闇色の機体は、ことさらに凄まじく見えたのだろう。
件の機体を目で追うと、着地したその後方に戦車級や兵士級が迫っている。なにか絶叫が聞こえたような気がした。
それをあまり気に留めず、援護に向かうべきと伊隅は行動を起こそうとした瞬間、通信機が音を上げた。
出鼻をくじかれ、幾分憮然として通信を繋げる伊隅。だが、次の瞬間に憮然とした表情は消え去っていた。
視界に映像が映し出される。そこには見覚えのある女性がバストアップで映っていた。
白衣を纏っているその女性は、微笑を浮かべながらも、冷たささえ感じ取れる表情を作っている。
『聞こえてる? 伊隅』
「香月副司令……」
自分達の直属の上司にして、横浜基地の副司令でもある女性の登場だった。
周囲に数機の護衛を付けて、残存しているBETAから距離を取り、通信に意識を傾ける。
それほどまでに、目の前の人物からの通信は重要度が高いのだ。
その人物―――横浜基地副司令の任にある香月夕呼―――は先程までの表情とは打って変わって、何か含みを持たせた笑みをしている。
この人物がこういう表情をするときは、何かある。今までの経験から、それは「絶対」と言いきって良いレベルだと、伊隅は自負している。
そんな伊隅の内心を見透かしたように、香月は言葉を続ける。
『そんな嫌そうな顔しなくても良いでしょ? 私からの通信がそんなに気に入らない?』
「い、いえ。決してそのような事は………」
いかん、顔に出てしまったか。
思わず口籠もりながら内心冷や汗をかく伊隅の反応に、香月はニヤリと笑う。その表情は、してやったりという形に変わっていた。
……もしかして嵌められたのか?
『ま、いいわ。それより話題沸騰中の所属不明機についての処遇を伝えるわね』
それを肯定するかのようにカマ懸けに成功した香月は、にやけた表情を隠さず言葉を続ける。
子供か、この人は。
「はい」
憮然とした気持ちを切り替え、冷静に伊隅は答える。
いつ話題沸騰したんだとか、そういうツッコミは一切抜き。いちいち付き合っていたらキリがないのだ。
『とりあえずは勝手に動いてもらいなさい。BETAの大半はその機体に向かってるんでしょ?』
「はい、それは確かなのですが……」
伊隅の言葉の続きを断ち切るように、香月が続ける。
『なら良いわ。こっちの任務は終わってるんだし、わざわざ消耗する事もないでしょ。で、周囲のBETAを一掃したら……』
消耗と言う言葉に、伊隅の表情に一瞬陰が落ちる。
が、それも刹那の事。次の瞬間には、普段通り指揮官の顔になっていた。
それに気付いたのかいないのか、香月は何事もなかったかのように指示を出す。
『その所属不明機の衛士、拘束しなさい』
その言葉の意味を理解するのに数秒の時間を有した。
「…………は?」
思わず頓狂な声が出てしまう。自分でも間抜けに口を開けているのが分かる。
『だからぁ、拘束しなさいって言ったの。あ、でもこの場合なら連行って言った方が合うかしら? それとも投降勧告?』
「いや……言葉の問題ではなくですね……よろしければ、理由をお聞かせ願いたいのですが……」
所属不明とは言え、部下を救ってくれた機体だ。常識なら礼の一つでも言わなくてはいけないだろうに。
それを差し置いていきなり拘束しろとは、少々穏やかではない。
僅かに硬さを増した伊隅の言葉。
それに対して香月は面倒くさいと言った表情を隠しもせず、語る。
『ん~……あまり喋りたくないけど……知りたいの? 実は……』
一旦言葉を切り、途端に真顔になる香月。その迫力に押され、意識せず喉を鳴らす伊隅。
まさか私は、とんでもない事を聞いてしまったのだろうか? 不相応に首を突っ込みすぎたか。
そこで伊隅は、今更のように「Need To Know」という言葉を思い出した。知るべき情報は的確な時期をもって伝えられる。裏を返せば、その時期まで知る必要が無いということ。それを失念するとは、指揮官としてかなりの失態だ。どうやら気づかないうちに、たいぶ精神が参っているらしい。
少々後悔の念が渦巻く内心。だが、時既に遅く、香月の唇からは言葉が発せられた。
『私が秘密で造った凄く強い試作型戦術機よ』
「………………」
あながち冗談と取れない辺り、この香月夕呼という人物は恐ろしいのだ。もしこんな状況でなければ、おそらく伊隅とて納得していたであろう。
『それがちょっとした事故で起動しちゃって。因みに乗っている衛士は、科学で生み出されたエリートソルジャーで……』
それもここまで来れば立派な嘘だ。
「副司令……」
『衛士としての専門的な訓練を受けているんだけど常識を知らなくて……って何よ? これから聞くも涙、語るも涙な半生が始まるんだけど』
「後日ゆっくり聞かせていただきます」
教える気が無いなら、最初からそう言って欲しい。
無駄な事が嫌いな香月にしては、随分と遊んでくれる。よく見ればその表情は心なしか嬉しそうだ。まるで新しいお玩具を見つけた子供のようだ。
『そう? 仕方ないわね……とにかく、さっさと捕まえて帰還しなさい。勿論BETAも忘れずにね』
「りょうか……あ」
そこで伊隅は最も懸念していた事を思い出す。
『何? 何か問題でもあるの?』
「いえ、不明機とは通信が繋がりませんし、抵抗された場合は如何しましょうか。撃破する必要性も出てきますが」
あの機動性を目の当たりにして、撃破すると言い切る自身は今の伊隅にはなかった。しかし最大の懸念材料は香月の言葉で否定される。
『心配いらないわ』
ぴしゃりと伊隅の言葉を断ち切って、香月は言ってのける。迷いなど一切無いその言葉は、何か確固たる証拠に裏付けされた雰囲気を醸し出す。
『素直に従うわよ。こちらから仕掛けない限りはね』
「何か根拠があるのですか?」
『……あるわよ。とにかく捕獲したBETA共々一緒に連れてきなさい。輸送部隊も、もう間もなく到着するから。通信に関しては全ての手段を許可するわよ。無線、有線、外部スピーカー……何でも良いわ。どうせ周囲にはあなた達以外存在しないから』
「はぁ……」
釈然としない、といった風の伊隅。しかし、香月の指示が間違っていた事は無いので不安はあまり無いのだが。
ただその指示が、無茶かどうかと聞かれれば、言葉に詰まる所だ。しかも、無茶であっても無理ではない所がタチが悪い。
『まぁ……相手は軽い錯乱状態だろうから、会話が成り立たなくても気にしないで。少なくとも人間よ。それから輸送部隊の方にはもう連絡入れてるから……それじゃね』
軽い言葉と共に映像が途切れる。
少なくとも、と言う表現が気になるが命令された以上従うしかない。
周囲の機体に指示を飛ばし、さり気なく濡れ羽色の機体を包囲すべく、陣形を組ませようとする。
溜息を漏らしつつ意識を戻した戦場は、既に終焉を迎えていた。
後書き
ここまで読んで頂き有難うございます。筆者のD-03です。
ようやく戦闘介入ですね。同時にリオの内心も描いて見ましたが如何でしたでしょうか。
今まで控えてきましたが、ここまで来ると読者の方々もリオがどんな人間か、見た目的な意味で想像が付くのではないでしょうか。
なお、作中に登場するヴゥルカーンですが、LRで組んで見たところ、重量制限ギリギリという、逆の意味でピーキーな機体になってしまいました。流石に格納まで使い果たすと、ACと言うより歩く武器庫になってしまいますね。でも一応ラスジナは倒せますよ。
あと筆者は、ミッション時に左手はブレードと決めているオールドレイヴンです。と言うことは勿論ヴゥルカーンにも……。
では、次回もどうぞ、リオにお付き合いください。