『ヴァルキリーマムよ……ルキリー全機へ。規定の個体……捕獲を確認。輸送部隊到着ま……状を維持せよ。なお、取り……個体は後方より……部隊……受け持つ』
僅かにノイズの混ざる通信が聞こえる。CPの涼宮遙からだ。
「ヴァルキリー1、了解した。各リーダーは全機警戒態勢で待機。小型種は中心に固めておけ」
『B小隊、了解!』
『C小隊、了解』
即座に小隊ごとで警戒態勢を敷くヴァルキリーズの面々。しかし、機体からは硬さが抜けている。
オープンである通信からは大きく溜息まで聞こえてきた。
まぁ、それも仕方がない事だ。新任達にとっては初陣であるこの任務が、何事もなく無事に終了したのだから。
『や~れやれ、やっと終わったなぁ』
さして疲れた様子もなく、如月が呟く。それに朝光が続く。
『随分と楽勝だったわね。みっきーにしてみれば、逆に欲求が溜まりましたって感じだわね』
『みっきーって呼ばないで下さい! 大体、欲求って何ですか!?』
『あらま、みっきーったら人に言わせる気? どうしましょうねぇ、ミサさん?』
『コメントは控えさせてもらおう。私の口からはとても言えない』
『え!? 速瀬中尉ってそんな趣味があったんですか!?』
『……あんたたちぃ!!』
任務が終了したばかりだというのに元気のいい事だ。自分の隊の新任達は随分と消耗しているというのに。
まぁ、これぐらいで疲れていては突撃前衛などとても務まらない。部隊内で最も動き回り、最も消耗率の高いポジション、それが突撃前衛並びに強襲前衛なのだ。
『七瀬と宗像、あんたたち基地に戻ったら憶えてなさいよ! それから朝光先輩も!!』
『私は聞いただけじゃないですか!?』
悲鳴に近い七瀬の声。基地に戻った時の事を想像したのだろう。それに対して朝光と宗像は軽く受け流している。
『だいじょーぶよ、りんりん。あれ、照れてるの隠してるだけだから』
『素直じゃないからな、速瀬中尉は』
宗像が呟いたその言葉に、クスクスと苦笑が聞こえた。犯人は風間である。
『あらあら、それは美冴さんもじゃありませんか?』
『へ? 宗像中尉って照れ屋なんですか?』
『……七瀬、何でもないぞ。それより梼子、ちょっとじっくり話をしようじゃないか』
視界に移映っていた2人の映像が消える。消える寸前風間の笑い声が大きくなったような気がしたが、それはまぁおいておくとして、いささか元気すぎる気がしないでもないが。
苦笑しながら伊隅は通信を繋げる。
「仲が良いのは結構なことだが、あまり緩みすぎるなよ。まだ輸送部隊が到着していない」
『りょ~かい、み……伊隅大尉』
代表して朝光から軽い返事が返ってくる。僅かに聞こえた断片にピクリとこめかみを引きつらせる伊隅。
……なんにせよB小隊(+2人)は放って置いても大丈夫だ。
次は黙り込んでいる新任達。
「涼宮、築地、五十嵐、水無、それと柏木。お前達は随分と静かだな」
その声に答えるように、視界にバストアップで5人の映像が映し出される。その表情は幾分か消耗している。
『大尉……速瀬中尉達が異常です……』
『皐先輩の言うとおりですよぅ。中尉達は疲れって言う言葉を知らないでしょうか~?』
『あはは、たぶん知らないと思うな~』
『何気に失礼な事を言うね、晴子……』
『茜もそんな事じゃ憧れの先輩に追いつけないよ?』
『なっ!? 晴子、その事は言わないでよ!』
『隠すほどの事でもないよ? っていうかみんな知ってるからね~』
『……照れてる……可愛い』
『せ、せんぱいっ!!』
随分と通信が賑やかになってきた。疲れをお喋りで誤魔化そうとしているのだろう。
それは悪い事ではない。疲れという物は以外に伝染しやすいのだ。
消耗している他人を見ると、自分まで疲労しているかの様に錯覚する。共感性というか何というか、人間という物は随分と複雑に出来ている。
「ふぅ……」
当の伊隅でさえ、周囲に気取られないよう小さく息を吐き出す。何にせよ、あとは輸送部隊の到着を待つのみだ。
それとなく気を抜いていた伊隅。任務があまりにも順調に行きすぎた為、緊張感が少しずつ抜け落ち始めているのだ。あまりの順調さ加減に、この後何か悪い事でも起きるのかとまで思ってしまう。
自身に浮かんだ疑心暗鬼を、苦笑を滲ませかき消す伊隅。だが、彼女は気付いていない。
悪い予感とは存外に当たりやすい物だということを。そしてそれは、よりにもよって気を抜いている瞬間を狙うという事を。
『ヴァル……ムより、全……! 地……から侵攻……BE……認! 警戒を………!』
それを肯定するかのように、通信機が突如として声を上げた。
「ヴァルキリー1よりヴァルキリーマム、通信が不明瞭だ、繰り返してくれ」
先程通信に混じっていたノイズが強くなっている。
『……1個……ETA接……! ま……く地……到達……』
「ヴァルキリーマム、よく聞こえない。もう一度頼む」
『……BETA……接近…』
それ以上は通信が途切れた。どうやら山岳地帯と先ほど散布した重金属雲が電波妨害の原因らしい。
が、直前の通信でBETAという単語は理解できた。しかし、改めて周囲をサーチしても先ほど仕留めたBETA共が転がっているだけ。中隊に接近してくるBETAなど影も形もない。もしや山岳の所為でレーダーが阻害されているかもしれないと、疑ってみるのもののどの方向から迫っているのか分からない以上、調べる事も出来ない。
どうしたものかと思案し、シートに体重を掛ける伊隅。その行動の所為か僅かに自機が揺れる。だがその揺れ方に異変を感じた。機体のみならず、周囲の物体も微弱に振動している。この揺れに日本人は馴染み深い。決して歓迎できないであろう地の底から響いてくるような振動。
『騒がない……そんなに大きくはないよ……』
不安そうに視線を彷徨わせている新任達を、五十嵐が静かに諭す。
地震が起きたのだ。震度のほどは2弱と言ったところか。
と言っても地震大国である日本では、それほど珍しい物ではない。それより接近してくるBETAは一体何処から……
そこから先の思考は、またしても震動した自機によってかき消される。先ほどより強く。震度の程は3強から4に上がっていた。段々と強くなっていく。
……妙だ、震源がこちらに向かって近づいているのか? まるで地中を何かが掘り進んでいる様な……
そこで伊隅はある結論に至る。
BETAの行動は予測不能。それはつまり、どの敵が、どのように接近してくるかも予測できないのだ。先程戦った一群が地表にいたからといって、次の一群も地表にいるとは限らない。そう言えば任務前にロストしたBETAの一群が居たはず。
『……大尉、移動する震源って聞いたことあります?』
五十嵐の言葉で、今までの現象が一本の線で繋がる。
が、至ったときには震度は既に7強。決断が遅すぎた。
「いかん!! 全機噴射跳躍にて急速離脱! この場から……」
その言葉を遮って、鈍い衝突音が響いた。
『うあ゛っ!?』
『七瀬!?』
『凛!?』
突如として地中から這い出てきた突撃級によって、離脱の遅れた七瀬の機体が吹き飛ばされる。
闘牛が人間を突き上げる様に、機体の下から掬い上げられた【不知火】は、軽々と吹き飛ばされ、耳障りな音と共に地面に落下し、転がる。
辛うじて原形は留めているものの、下半身は使い物にならないほど拉げていた。
「ヴァルキリー12! 七瀬、応答しろ! 聞こえるか!?」
『―――』
聞こえるのは雑音のみ。呻き声すら聞こえない。最悪の結果が脳裏を過ぎる。
『っ!? 生きています! 大尉、凛は生きています!』
『こちらでも確認したよ。どうやら気絶してるみたいだね……』
僅かに安堵の溜息が漏れる。が、七瀬が生きているからと言って事態が好転するわけではない。むしろ、動けない戦術機など文字通り「棺桶」だ。あのままでは嬲り殺しにされる。
『ヴァルキリー1よりヴァルキリーマム! 遠隔操作によるヴァルキリー12の機関停止を願う!』
『ヴァル……ム、了解』
BETAは基本的に狙う物に優先度を付ける。無人機より有人機を狙い、さらに搭載コンピューターが高性能な方を優先する。戦車より戦闘機、戦闘機より戦術機が狙われやすい。
それ故機体の動力を落とし、搭載しているコンピューターを停止させる。
これで行動不能な七瀬機から自分たちへと標的を代えさせるのだ。
といってもこれは急場凌ぎの方法だ。時間が経てば対人探知能力に優れる小型種が気付かないとも限らない。手早く終わらせなければ危険な事には変わりない。
『ヴァルキリー1より全機! 数は多いが幸いレーザー属種は居ない、冷静に対処しろ!』
『了解!』
『りょ、了解!』
僅かに新任達の返事が遅れる。
肩の力を抜いていた所にこの事態。一度切れた緊張の糸を繋ぎ直すのは予想以上に難しいのだ。だが、それでBETAが手加減をしてくれるわけではない。
「C小隊、援護を! B小隊、一匹たりとも抜けさせるな!」
『『了解!』』
「捕獲した個体から、連中を引き離せ! 各個撃破だ!」
僅かな焦りを抑え付け伊隅は指示を飛ばす。だが、一度悪い方向へ回り出した歯車は、簡単には止まらない。
「さっきの振動はあれか……」
先ほど感じた微弱な振動は、生体兵器が地中を掘り進んでいた事が原因だったのか。
納得したリオの視界に投影される映像は、変化を見せていた。
突如として受けた奇襲によって1機が撃破されたものの、即座に陣形を組み直し、対処した手際は見事と言える。どうやら機体の性能に物を言わせるだけの馬鹿とは違うらしく、指揮官は随分と手練れらしい。
しかし、未だに武装を変更しないのはどういう訳だろうか? まさか、まだ捕獲するつもりなのか?
「捕まえられるときに捕まえておく……そんな状況じゃないと思うんだけどなぁ……」
まぁ、自分には関係ない。それよりこれからどうするべきか。
対処しているとは言え、奇襲を受け仲間が撃破された部隊だ。相当気が立っているだろう。
その状況で友軍信号を発していない機体が接近する。これは致命的に拙い。
「今回は見送ろうかな……」
今ひとつ踏ん切りが付かないが、そうと決まった以上、ここに止まる必要はない。何にせよ人間が居るのは確認できたんだ。他にも居るだろう。
そう考え、機体を立ち上がらせるリオ。が、次の瞬間には立ち上がった機体が激しく揺れ始めた。
この状況で導き出される結論など1つしかない。
「……長居し過ぎたっ!!」
素早くブーストペダルを踏み込み、機体を現在位置から滑走離脱。数秒前まで居た地面が、いくつもの土柱を吹き上げた。そこから多数の生体兵器が這い出してくる。
それに対してエクステンションを起動し、急速反転。次々と立ち上る土柱を視界に捕らえる。
もっとも、リオにしてみればわざわざ姿を現すまで待ってやる必要は全くない。まだ完璧に這い出せていない生体兵器に向かって、右腕兵装のPIXIE3をぶっ放す。モニターの右半分を覆い隠すほどのマズルフラッシュが、発射される銃火の強さを物語る。
ELS(アイリンクシステム)によって視線と同調したロックオンマーカーに捕捉され、無数の銃弾によって、その身を引き千切られる蠍もどき(要撃級)やその足下に群がる大口(戦車級)、芋虫(兵士級)、象鼻(闘士級)などの小型種。
が、デカブツ(突撃級)はその巨大な甲羅でマシンガンの銃弾を受け流し、その巨体をあらわにし、その固体を盾にして、次々と小型種や中型種が、湧き出る様に這い出してくる。
「うわぁ、虫みたい………」
思わず呻いてPIXIE3と一緒に、左手に保持しているWH05BPも発射する。重い発射音と共に、マシンガンなど比較にならない破壊力を秘めたバズーカ砲弾が、巨大な甲羅を持つデカブツに着弾。その甲羅を易々と砕き、内部の軟らかい肉を掻き混ぜながら爆発する。内側から爆発するように四散するデカブツ。
続けてインサイドの184RNを起動、PIXIE3のトリガーリミッターの間隙を縫うように、軽い発射音と共に吐き出された銀色の弾は、這い出してきた小型種の集団に着弾し、剣呑極まりない中身をぶちまける。
それは対AC用のナパーム弾。その火炎による熱量は尋常ではなく、排熱効率に優れる機体ですら一撃で熱暴走に陥れる程の代物。排熱効率が悪ければ、それこそ保持している弾薬が誘爆したり、機体は無事でも中のパイロットが蒸し焼きになる事すらある。
それほどの火炎を生身に喰らえば、あとの結果は悲惨極まる。
生物である以上、肉体は火に弱い。頑強な装甲を持ってしても、周囲から炙られると言う条件化ではむしろそれが仇となり、自らの体を焼いていく。簡単に言えば、熱せられたフライパンを、身に纏っていると考えればよい。
周囲の猛火によって、まず、体組織の細胞壊死から死への秒読みが始まり、火炎に炙られ続ければ与えられた灼熱によって、毛細血管の浸透性が亢進して血漿が組織へ流出してしまい、細胞外液が致命的に不足する為にショックに陥る。大抵の生物はこれで死に至る。
よしんば生き残ったとしても、引き吊った筋肉ではまともな動きは取れないだろう。中型種ですら、人間で言うなら第三度に近い熱傷を負っているのだ。全身で浴びた小型種など一部では完全に炭化し、骨すら見えているヤツが居る。
まぁ、意志があるかどうかも分からない連中だ。気持ち悪さこそあれ、良心など全く痛まない。
小型種を焼き払い、蠍もどきにはマシンガンを浴びせかけ、デカブツにはバズーカの巨弾を叩き込み、それぞれ振り分けて攻撃する。この程度なら肩兵装を使うまでもなく、まるでその攻撃自体が壁の様に、穴から這い出してきた生体兵器は、闇色の機体に近づく事が出来ない。
もっともリオにしてみれば、そうでなくては困るのだ。接近戦は今の機体状態では向いていない。
リオが搭乗しているACは、中距離からの撃ち合いを主目的に置いて設計されている。
中距離というのは、例外を除いて、殆どの兵装が命中しやすい距離でもある。それ故多少の被弾にはビクともしない重装甲に、目標に追従できるように高出力のブースター、コンデンサ容量の多いジェネレーター、排熱効率に優れるラジエーターを組み込み、それなりの高機動ACにも対応できる機動力を得ている。その代償として些か細かな動きが鈍いが、それは腕で補える範囲である。
その反面、近距離戦は機体の特徴上得意ではなく、距離が離れればロックオン距離に不安が残る。
勿論相手が自分以上に鈍重なら高機動戦に移る事も出来るし、近距離用兵装も一応装備はしてあるのだが、この中距離を保っているのが一番「楽」なのだ。
何にせよ、こうしてある程度距離が離れているには問題はない。目の前にいるヤツらはどう見ても近距離戦しか出来ない構造のようだし。
それなら近づけなければ、苦戦する相手ではない。
多少の安堵と僅かな油断が、リオの心中に生まれる。が、その認識は甘かった。
またしても周囲で上がる土柱。そこからACより巨大な、黒いレンズを持った生体兵器が、二本脚でその巨体を支えながら出現した。
即座にマシンガンをそちらに向け、銃弾の洗礼を浴びせようとする。
と、そのレンズがこちらを向く。それと同時に背筋に氷塊を滑り落とされた様な感覚が襲ってきた。
久しく―――と言ってもこの異常事態に遭遇してからだが―――忘れていた感情が襲いかかる。
それはあらゆる生物が持っている、本能的な恐怖という名の感情。全身の産毛が総毛立つ様な感覚。
即座に攻撃を中止、操縦桿をへし折る勢いで倒し、その場から急速離脱。
次の瞬間には光の束が襲いかかり、数瞬前まで居た地面が派手に爆散する。
冷や汗をかきながら、先ほどのレンズを持つ生体兵器に注目する。よく見ればその足下には同じように黒いレンズを持った小さいヤツらが居た。しかもそいつらは、大きさこそ小さいものの、黒々としたレンズを二つも持っている。その姿はあたかも人間の瞳の様だった。
しかし、人間は瞳から光など出さない。
前言撤回、どうやら敵さんにも遠距離攻撃が出来るヤツが居た。しかも光の正体は高出力のレーザーのよう。こいつは厄介極まりない。
即座に武装を変更、背部兵装であるKINNARAを起動させる。黒々としたレンズを向けてくる集団に向けてシーカーを重ね、発射ボタンを押し込む。
僅かに機体が後退する反動を残し、7発のマイクロミサイルが集団に向かって飛来。その破壊の牙を突き立てようと迫る。
が、ここで既に何度目か分からない驚愕をリオは受ける事となる。
またしても黒目から発射されたレーザーの奔流。それは迫るミサイルの群れに襲いかかり、次々と撃墜していく。
ACの保持するミサイル迎撃装置に匹敵する、完璧すぎる対空迎撃性能。それは同時に、誘導兵器での攻撃を一切封じるという現実を突きつけていた。
しかもその集団に構っている間に、先程から出現していた連中が接近してくる。
無視をするなと言わんばかりに、デカブツはその巨体から想像も出来ないほどのスピードで迫ってくる。その速度は軽く100キロを突破している。幾ら何でもそんなスピードで衝突されれば、重装ACと言えども無事では済まない。
機体を半身に動かし、脇を抜ける様に回避するリオ。通り過ぎたデカブツのケツにPIXIE3を叩き込む。
前面装甲は頑丈で、後部は貧弱。まるで戦車だ、と思うリオを後目に、他の中型種や小型種が次々と迫ってくる。その後方から黒いレンズが覗いている。
目の前の敵よりアイツらの方が拙い。脳の一部で冷静な声がそう告げる。だが、潰そうにも目の前の連中が壁となって攻撃が通らない。下手に飛び越えようものなら、即座にレーザーに撃ちぬかれる。この距離では発射から着弾までのタイムラグなど無いに等しい。というか光学兵器にそんな物は無いのだが。
半分八つ当たり気味にミサイルを放つリオ。ミサイルなら放物線を描く為、障害物越しでも攻撃が出来る。しかしまたしても撃ち落とされるミサイル。光に爆炎の華が咲く。
だが、先程の確認したよりレーザーの数が少ない。しかも自機には飛んでこない。目の前の蠍もどきをPIXIE3で引き千切りながら、リオは訝しげる。
そこである事に気付いた。
目の前に蠍もどきやデカブツが居る限り、レーザーが飛んでくる事はない。と言う事はこのままこの連中を壁にしつつ、後退が可能ではないか。さらに先程レーザーの数が減少していたことから推測するに、発射に少しばかり時間がかかるようなのだ。おそらく充填時間らしきものが存在するのだろう。先程のレーザー数から逆算すると、おそらくレンズを持つ連中の内、三分の二以上は発射したはずだ。それならばもう一度迎撃させれば、逃げ出す時間ぐらいは稼げるかもしれない。
わざわざこの気持ち悪い集団に構う必要は全くない。殲滅してから優々と離脱しようかとも思ったが、以外に数が多い。幸いにして生体兵器共のスピードはそれ程の物ではない。軽量ACの歩行スピードの方が速いぐらいだ。
簡単に言えば遅い。 であるならば、充分振り切れる。
ある程度振り切ったら、山岳を盾にして離脱。いくら何でも山までは貫いてこないだろう。
簡潔にまとめ、リオや三度マイクロミサイルを発射。今度も全弾撃墜される。
が、それは想定内、目的は別だ。
エクステンションによって即座に機体を反転させたリオは、オーバードブーストを作動。振り回される衝撃の後には、押し潰すような抵抗を体で感じながらその場を急速離脱。
だが、リオが機体を向けた先は伊隅達の戦域。
あまりにも単純すぎるミスに、リオは気付いていない。
『………あ………』
金属が拉げる耳障りな音と同時に、レーダー上の味方を表すマーカーが1つ消える。
それは仲間が一人、帰らぬ人となった事を示していた。
『さ、皐先輩っ!?』
水無の絶叫が響く。その声に振り向けば、ヴァルキリー9の管制ユニットを、要撃級の前腕が貫いていた。どう見てもそこに搭乗している衛士が生き残れる状況ではない。
まるで見せびらかすように、貫いた機体ごと前腕を持ち上げる要撃級。
ギリッと奥歯を噛み締め、その忌々しい要撃級に弱装弾を叩き込む。
第一陣で地中から出撃したBETAの数はおよそ1個大隊。大した驚異ではないとタカを括ってしまった。たかが500程のBETA、しかも半数は小型種だ。精鋭であるヴァルキリーズにとっては、捕獲用兵装でも充分カタが付くと思われた。
そこへ第二陣。前方に注意を向けている内に、連隊規模のBETAで構成された一群に側面からの奇襲を受け、B小隊の援護に徹していたヴァルキリー9―――五十嵐皐が撃破された。
まるで隙を突いたかのような攻撃。だが、知能など感じ取れないBETAにそのような事が出来る筈がない。
しかし、その知能の無い連中に大切な部下を奪われたのも事実。奥歯を噛み締めている顎に、さらに力が篭る。
だが、間もなくだ。もう少しで殲滅できる、そうすれば七瀬の救助にも迎える。みすみす部下を失った自分の未熟さが口惜しいが、後悔などは後で幾らでも出来る。今は全員、生き残る事が先決だ。
部下を失った悲しみなど表面上はおくびも出さず、伊隅は機体を操る。もっとも、部隊長という立場上、間違っても表面に出す訳には行かないのだ。
しかし伊隅の願いを嘲笑うかのように、またしても数本の土柱が上がる。そこから現れたモノに部隊の半数は畏怖を、残りの半数は苦々しい視線を向けた。
そいつを簡単に表せばこう言えるだろう。
十本の脚を持つ巨大な蜂。
要塞級のお出ましだった。
要塞級。単体での驚異度はさして高くはない。問題はその周辺に中型種や小型種が散っている場合。
そう、今現在の状況そのものだ。
小型種の盾が中型種なら、それらを守るのが要塞級だ。接近する目標に向けて尾節に収められている衝角を振り回し、あわよくば十本の脚で蹴り飛ばす。しかも優に戦術機の三倍はある図体に比例して、耐久力が桁違いに高い。
そいつらがまるで出番を待っていたというように次々と出現する。予測通りなら存在しないはずの個体が目の前に居る。
それはそうだろう。目の前の要塞級は地中を進んできた。そしてこの要塞級こそが「ロストしたBETA」なのだ。
第12と第14師団は少なくない犠牲を払って、確かに大型種である要塞級を潰していた。だが、それは「上」に居た個体の事で、「下」を進む個体が居るなど誰が予測できただろうか。とてもではないが、察知できるはずがない。よしんば察知できたとしても攻撃手段など何一つ無い。
だが今は、そんな事に思考を使う余裕はない。ただ1つ確かに言える事は、状況は極めて拙くなったと言う事だけ。
要塞級相手に弱装弾や麻酔弾が有効とは思えない。通常弾である36ミリでさえ有効ではない。弱点を狙わない限り120ミリでさえ効果が薄い。
これ以上は限界だ。
そう判断した伊隅は通信を繋ぐ。
「ヴァルキリー1よりヴァルキリーマムへ! 全兵装へ実弾装填の許可願う!」
わざわざお伺いを立てなければいけないのは、軍隊と言う組織である以上、仕方がない。
しかし、今の状況ではその僅かなタイムラグでさえ凶と出る。
『後ろ5時方向! 水無、貴様だ!!』
『へっ!? う、嘘!? 来ないで!!』
要塞級に注意を引かれていたヴァルキリー5に戦車級が群がる。弱装弾によってその足を止めようとする水無。だが、その機体が一瞬で視界から消えた。
正確に言えば接近した要塞級の「脚」によって蹴り飛ばされたのだ。そして無様に転がった機体に戦車級が迫る。
『C小隊、頭を抑えろ!』
それに気付いた宗像達が機体を向かわせるが、突如として急制動。慌てて飛び退く。
一拍遅れて、寸前まで居た地面に突き立つ要塞級の衝角。その持ち主は地面から白煙を上げさせながら衝角を引き抜き、一見無作為でありながら、周囲のBETAや自分の「脚」には一切触れず、驚異的な器用さで危険な凶器を振り回す。
その蜂の様な能面が、にやりと笑っているかのように伊隅は錯覚した。
まるで、戦車級が餌を食べ終わるまで待て、と言わんばかりに。
―――ふざけるな!
憤る伊隅に待ちかねた声が聞こえてくる。
『ヴァルキリー……より全機、……弾装填……許可する。捕獲した個体以……は、全て排除…
…』
「全機装備を実弾兵装に変更! ヤツらに鉛弾をたっぷりとくれてやれ!」
すぐさまマガジンと薬室内に残っていた弾薬を排出。自動で予備のマガジンを叩き込む。
だが、遅すぎた。
銃口を向けたその先で、水無の機体が、赤褐色に染まっていた。
『ひぃっ!? たす、助けて下さい、大尉ぃ!! 茜ぇ!!』
『由香!?』
叫び声に、涼宮が機体を噴射跳躍させ、銃口を水無の機体へ向ける。が、撃てない。
戦車級に群がられているとは言え、まだ水無は生きている。36ミリでは器用に戦車級だけを撃ち抜く事など出来るはずがない。そして回避に重点を置いた不知火は、装甲が厚いとは言
えないのだ。下手をすれば、自分の手で仲間を殺す事になる。
その認識が、涼宮にトリガーを引く事を躊躇わせた。
が、その行為はむしろ水無の苦痛を増やしただけ。いっそのこと撃ち殺された方がマシだっ
ただろう。
『や、やつらが!? 嫌ぁぁぁ、来ないでぇっ!! 来ないでぇぇ!! やだやだやだやいぎゃぁぁああぁぁ!!』
そこから先は、胸の悪くなる音に変わった。
肉が喰い千切られ、咀嚼される音が通信機から響く
また1人、死んだ。
『……由香? 由香ぁっ!?』
涼宮の絶叫。数分前に言葉を交わした人間が、既に存在しない。その現実を受け入れられないのか。
『よくも……よくも、由香を!! 皐先輩を!!』
怒りに任せ、涼宮が敵集団に向かう。防御も何も考えていない無謀な突進。前衛であるB小隊すら飛び越さんばかりの突撃。死にに行くようなものだ。
「馬鹿者っ! 涼宮前に出すぎだ、死にたいのか!? 下がれっ!!」
『っ!? りょ、了解!!』
伊隅の怒号に我に返ったのか機体を後退させる涼宮。怒りに捕らわれて余計な犠牲を増やすだけだ。
「貴様ら……ただで済むと思うなよ……」
移動してくる要塞級を睨み付けながら小さく吐き捨てる。
だが、当の伊隅にしても目の前で無惨に部下が喰い殺されるのを見せつけられ、頭に血が上っている。
だから、視野狭窄に陥っていた。
故に、敵の侵攻を食い止める壁役のB小隊が突出しすぎていることに気付かず、その後方を迂回するように迫った中型種の集団に対しての反応が遅れた。
BETAにしてみればただ単に接近しただけだが、結果としてB小隊とA小隊の隙間に入り込む形になる。
陣形が、分断された。
無謀な突撃を行った涼宮の後退を援護しようと、突出したB小隊。その殿といえる最後衛である朝光の背後に、要撃級が迫っていた。
伊隅がそれに気付いたは良いが、時既に遅し。その頑強な前腕は、既に後ろに引き絞られており……
「朝光!? 後ろだ!!」
『えっ!?』
援護しようにも、割り込んだ突撃級が壁となって射線が確保できない。目の前のBETAに銃弾を叩き込みながら歯噛みする。
集団突撃戦術しか持たないBETAにここまでやられるとは、と思わず顔を顰めた伊隅の眼に予想外の光景が映った。
僅かでも抵抗しようと機体を反転させ、そのままの勢いで長刀を殴りつけようとする朝光機。
遅いと言わんばかりに前腕を突き出そうとする要撃級。しかし、戦術機の装甲でさえ打ち破る頑強な前腕が朝光機の装甲に到達する寸前。
事は、起こった。
要撃級の図体が無数の銃弾によって切り裂かれていく。尻尾のような頭部が千切れ、胴体の肉が削り取られ、血飛沫が舞う。
まるで、豪雨、といった風に降り注ぐ銃弾に、刮ぎ落とされていく要撃級の肉体。
それでも残った胴体は、最後に与えられた指令だけでも全うしようと前腕を突き出す。だが、最後の最後までその要撃級の願いは叶わなかった。
グシャッと生々しい音を立てて、その巨体が潰れる。力を失った前腕は、ガツンと僅かに朝光の機体を揺らして悪足掻きをしたものの、それ以上動く事はなく地に落ちた。
伊隅も、朝光も、周囲の機体も、そして心なしかBETA共でさえ呆然としている様に感じとれる、一瞬凪が訪れた戦場。
誰一人、何一つ、動こうとはしなかった。奇妙な沈黙が周囲に広がる。
それを行った張本人は、何事も無かったかのように静かに佇んでいた。
突如として上空より降ってきた飲み込まれるような深い黒色の機体。
脚部を血塗れにしながら踏みつけた要撃級など、毛の先程も意に介さず、その両椀に保持する兵装を、群がるBETAへ向けた。
物言わぬ主に代わり、その兵器は咆哮する。
後書き
ここまで読んで頂き有難うございます。筆者のD-03です。
今回はリオの対BETA戦です。執筆中に「初体験といこうじゃないか」と散々言われましたので、戦闘シーンは少々力を入れてみました。
重量級やタンクだと動き回るより、足を止めて弾幕を張ったほうが強そうに見えるのは気のせいでしょうか。しかし、「弾幕はパワーだぜ」などと言う台詞を聞いた覚えがありますし……。
しかし前回介入するとか言っておきながらこの展開の遅さ。まことに申し訳ありません。
「筆者には、誇りもないのか? 生き易いものだな、ふらやましいよ」
友人にこんなことを言われては次回は展開を進めなくてはいけませんね。次回こそ、介入すると思いますので何卒お待ちください。
では、次回もどうぞ、リオにお付き合いください。