第壱話




「―――」
 自分を見下ろす女何かを呟く。
 その表情には呆れと苦笑、そして優しさが等分されていた。
 それに対して自分は何かを言い返そうとして……口を開閉させるだけだ。
「まぁ、悪いとは言わないけどねぇ……あとあと後悔することになるかもしれないわよ?」
 今度こそ何かを言い返した。そのつもりだが、何を言い返したか分からない。
「あら、随分と威勢の良いことで」
 微笑み、頭を撫でてくる女。
 それがとても嬉しくて、同時に気恥ずかしくなり、やや乱暴に置かれた手を払い除ける。
「分かった、分かった……まったく、いつまで経っても子供なのねぇ」
 何故か嬉しそうに答える女。憮然として顔を背ける。
 顔を背ける自分に、優しく女は語りかける。
「しっかり、私を護ってちょうだいよ?」



「化け物め……!」
 片腕を失い、半身を朱に染めた男がそう呟く。
 床に転がる男を見下ろして、腕を上げる。
「化け物め……そんな成りをしていて、なんて中身なんだ……」
 怯えと嘲笑、そして喜びを浮かべた男が吐き捨てる。
 それが何故か、とてつもなく気に入らなくて、引き金を引く。
 腕に発砲の反動が伝わる度に、男の身体がビクンビクンと跳ねる。血飛沫と肉片が身体に降りかかる。
 それでも指は止まらない。目の前に横たわる男に、何度も、何度も、銃弾を撃ち込み続ける。



「ただ殺すだけなら動物にだって出来る。人間と動物の差は何だ? 自分の行為をちゃんと理解しそれがもたらす結果を予測できることだ」
 酒に酔った男は、普段とは打って変わって饒舌になる。
「分かるか? 自身の持つ力が周囲にどのような影響を与えるのかを理解することだ。制御されない力は只の暴力だし、出し惜しみをする力は只の飾りに過ぎない。適切に使用してこその持つことの許される『力』だ」
 絡んできた男に対して首を傾げる。自分は漠然とその言葉の意味を受け止めていた。
 誰かの声が聞こえた。
「……ああ、お前の言いたいこともわかる。だから、人間には脳味噌があるんだろう。その首から上についている物体が飾りではないのなら、多少なりとも理解は出来るだろう?」
 また別の声が聞こえる。
「……そういうことだ。今は難しく考えなくて良い。ただ一つ覚えておくことはだ、『使いどころを誤るな』ということだ」



 視界が一色に埋め尽くされる。
 赤、朱、紅、アカ。次々と降り注ぐ赤い物体。
 それらは雨の様に周囲に降り注ぎ、辺りを根刮ぎ吹き飛ばす。
 勿論周囲だけでなく、自分にも、そして聳え立つ鋼鉄の巨人にも降り注ぐ。
 巨人の右腕が、左足が、胸部が、左肩が、頭部が、次々と削られ、吹き飛ばされていく。
 それでも雄々しく、一歩も退かず、目の前の巨人は引き金を引き続ける。
 降ってくる赤い雨。その一粒でも消し去れば救われるモノがある。
 そう信じるかのように、目の前の巨人は引き金を、引き続ける。
 そこには無謀な兵士であり、勇敢な人間が居た。



 僅かに振動を感じる。微弱ながらも体の心から揺さぶってくるそれは、これ以上の睡眠を妨害するつもりらしい。体を揺さぶられ、心地よい眠りから引き起こされる。
「……んぁ……」
 なんとも間抜けな声を上げて、その声の主―――リオ・レムレースは瞼を開く。
 起きた直後のボンヤリと霞掛かったような思考。未だに重たい瞼。
 頭がその状況なのだ、体など動く以前の問題である。まるで血液の代わりに水銀が流れているのかと錯覚するほど重い。まるで首から下が身を起こす事を拒否しているかのようだ。
 まぁ、起きるのが面倒なだけだろうが。
 ぼんやりとしたリオの唇から、言葉が紡がれる。
「……今朝の当番はヴァローナでしょ? 昨日遅かったから今日はゆっくり寝るんだ、邪魔しないで……おやすみ……」
 ただ単に寝言だった。
 ブツブツと寝言を呟きながら瞼を閉じる。だんだん体の重さと心地よさが増していき、再びリオは夢の中へ…………。
「……って、違ぁぁぁう!!」
 自らに対して思わず叫び、体を預けていたシートからガバッと跳ね起きる。チリンと涼やかな音がした。
 頭を振り、意識を無理矢理覚醒させる。
 だんだんとクリアになっていく意識とそれに比例するかのように表情が徐々に険しくなっていく。
 即座に辺りを見渡して、周囲を確認。正面はモニターで埋め尽くされ、残りは鋼鉄の壁。事此処にいたってようやく、自分が人型汎用兵器アーマードコア―――ACのコクピットにいると認識する。
 今まで感じていた振動は、機体がアイドリング状態である事を示していたようだ。コクピットに表示されている計器類、レーダー表示には何の異常も映されていない。
「ついでに身体機能も異常なし……っていうか、なんで寝てるんだよ……」
 不用心この上ない自分に向かって内心で叱責しながら、リオは沈黙していた機体のメインコンピューターを起動させる。
 合成的な女性の声と共に、メインカメラが外部の映像を取り入れる。やがてコクピット内の壁の半分近くを占める外部映像モニターが、リオの眼に、取り入れられた光学映像を映す。
 そこに映っていたのは見た事もない景色だった。
 一面、緑、碧、翠。所々に赤茶けた部分が混ざっているのは、どうやら枯れ始めた樹木らしい。周囲全体が起伏に富む地形であり、リオの搭乗するACはどうやら、山岳地帯にいるようだ。
 一瞬ルガ峡谷かとも思ったが、あそこはその名の通り峡谷に架かる橋以外が作戦領域になる事はない。なにより目印とも言える2本の橋と深い峡谷が見あたらない。
 かつて存在した地下都市にも、同じような場所が有ったと聞くが、匂いさえ漂ってきそうな濃密な緑色と、土壌の状態からどうやら偽物の自然ではないと認識する。ならば、新たな作戦領域だろうか。
 そう思い立って、今までなりを潜めていた混乱が一気に襲ってきた。
 待て待て待て。ちょっと待って。
 意識を失う前にはインターネサインに居たはずだ。そこで攻撃を仕掛けてきた敵ACに対して反撃した。そこまではハッキリと憶えている。
 だが、周囲を見渡せばその機体どころか、インターネサインすら存在していない。巨大だった地下構造物は消え去り、代わりにモニターに映るのは自然がいっぱいな山岳地帯。
 カメラを右に向ければ、山岳地帯。
 左に向ければ緑ばかり。
 なんで山に囲まれてるんだよ。
 思わず内心で、モニターに八つ当たりの言葉を吐きながら、記憶を掘り返す。
 インタネーサイン中枢を破壊した後、出現した紫陽花色のACに対して反撃した。それはいい。
 しかし、その後の記憶が曖昧だ。必死に頭を回転させ、その時の映像を思い出す。
 脳裏に浮んで来るのは目まぐるしく変わっていく戦闘の情景。と思えば、脳内の映像が切り替わり、膝を突く紫陽花色の機体が映っている。
 その映像と同時に警告音が耳に響くコクピット、体感で感じ取る異常な高熱、モニターの隅に表示されていた機体ステータスは、機体温度とジェネレーター状態が危険である事を示していて……続きは先程の目を覚ました所からだ。
 何が起こったかを出来る限り推測してみる。といっても、前後の状況から読みとれるのは、機体の異常状態のみ。それだけで推測してみると、以外とあっさり結論が出た。
 ああ、ジェネレーターが熱暴走で爆発したのか。で、機体ごと吹き飛んだと。
 自分で結論に行き着いて、数秒後に血の気が引いていく。もともと白い肌がさらに血の気を失った。思わず身震いしてしまう。
「……なんで生きてるんだ……?」
 自分が生きている事を確かめるように、言葉にして呟く。
 普通は爆発に巻き込まれて死ぬ。それでなくても、こんな五体満足には存在してはいられない。
 その混乱に、意識を向けた外部映像がさらに拍車を掛ける。
 それにここは何処だ? 自分が眠っている間に輸送でもされたのだろうか?
 それならそれで、情報の一つでも有って欲しいけど……と思い、通信機に呼びかける。通信傍受とか機密保持とか、そんな事は構っていられない。
「オペレーター、応答を………オペレーター? おーい、シーラぁ?」
 反応無し。妨害の兆候もないとなればコイツは少し変だ。
 何と言っても作戦が始まれば誰より、勿論レイヴンであるリオより先に喋り出すのが、専属オペレーターであるシーラ・コードウェルの仕事。
 その輩の声が無いとなると、どうやら状況は不透明を通り越して、不明の様だ。
 とにかく機体状況を知るべきと自己診断モードを起動するリオ。数秒の後、次々と情報が押し寄せてくる。
 それによると、機体の状態は完璧とは言わないまでも良好。武装も全て弾薬補充済みとの事。レーダーは異常の1つも映し出しておらず、通信機器が黙り込んでいる事と現在位置の特定が出来ない事以外は至って問題なし。
 その情報を理解したリオは、一言も発さない。むしろ発せないと言った方が正しいか。沈黙がコクピット内を満たしていく。
「……うん、異常無しで異常有りまくりだ」
 やっと声が出た。
 よし、とりあえず落ち着こう。大きく深呼吸だ。短く二回吸って、深く一回吐き出す。短く二回吸って深く一回、ってこれはラマーズ法!
 混乱しているのか落ち着いているのか分からないが、1人で忙しくボケとツッコミをこなしながらも、なんとかリオの思考は冷静に戻っていく。
 荒い息を吐きながらも、落ち着いた所で状況整理。
 まずは機体の自己診断。問題は無しと表示されたが、それがおかしい。
 記憶に残っているだけでも右腕は大破したし、ジェネレーターも熱暴走を起こしていた。緊急冷却を行うエネルギーさえ尽きていたのだから間違いない。
 しかもその後、爆発したようなのだが……まぁ、これは確信が持てないから放っておくとして。
 とにかくまともな行動など出来ない状態だったと、認識している。
 だが今の機体状態は、普段出撃する前となんら変わりがない。
 それ相応の設備が有れば修理も可能だが、辺り一面山であるこの場所で、修理どころか弾薬の補給すら出来る筈が無く。
 となると、誰かが機体を修理し、今いる場所に輸送して来た事になるのだが、その意図が掴めない。
 新しい仕事だろうか? と別の視点から考えてみる。
 それならば少しは現状を理解出来るかも知れない。自分の職業を思い出しロキは黙考する。
 リオ=レムレースは傭兵だ。別の言い方をすれば戦闘のプロだ。
 それもただの傭兵でなく、最強の人型汎用兵機、アーマード・コアを駆るレイヴンだ。
 依頼主から法外的な金銭を貰い、それと引き替えに命のやり取りを行う。そういう職業柄である。
 そんなリオの元には多数の依頼が、主に表沙汰に出来ない依頼が舞い込んでくる。だから、他言無用や依頼自体を忘れろというのは当たり前なのだ。虚偽の情報を流す場合もある。
 だが、目の前の現状を新たな依頼と結びつけるのは多少無理がありそうだ。
 ……いや、違う。依頼じゃない。自ら行き着いた結論を否定。
 仕事の依頼なら事前情報が一切無しという事はあり得ないし、そうでなければこんな事をする理由が見つからない。
 一体誰が好き好んで、こんな機体を修理しようとするのか。
 運良くボランティアの修理屋でも居たのだろうか。それとも童話に登場する靴屋の小人さんだろうか。それなら眠っている間に機体が直されていても不思議ではない。
 おお、なるほど。犯人の正体は靴屋の小人さん達か。わぁい、問題が1つ解決しちゃった。
「……って、そんなわけ無い」
 またしても自分でツッコむ。とにかく、馬鹿な思考はそこまでにしても、問題はそれだけでない。
 自分が今居る場所が特定できないのだ。
 マップを更新しようにも光点の一つも映し出さないレーダーは役に立たず、外部状況を伝える映像が示しているのは全く見覚えのない景色。
 頭部に搭載されているオートマップ機能を起動し確認しても、自機を中心にして周囲数百メートル以内しか情報がない。その情報だって高低差のある山岳地帯だけしか表されていない。
 故障している様子はないから、普段なら進行ルートや建築物などが記憶される、が、それが無いとなると今この場所に初めて降り立ったか、ここまでのマップを消去したかだ。
 勿論、リオ本人はそんなことはしていない。
 意識がとぎれる前はインターネサインにいて、目が覚めたら山岳らしき地帯の中。機体まで謎の人物(?)に修理され、そのくせ情報などは一切無し。
 夢かと思って頬を抓れば、結構痛い。
 微妙に涙目になりながら、リオはもう一度、頭から状況を整理しようとして……辞めた。
「はぁ……まいったなぁ……」
 ため息をつくと一旦思考を停止して、頭を冷やす。これ以上考えていると、煙が出そうだ。
 というかいくら考えても答えが出そうにない。ここにいてもこれ以上の情報は入手できそうにないし、となれば、動き回ってみるに限る。
 とりあえず一息ついて、機体を戦闘モードに移行。
 何が起こるか分からない以上、悪い事が起こると思っておいた方がいい。出来るだけ心構えはしておく。
 でも接続しない。あれ、疲れるし。
「メインシステム、戦闘モードを起動します」
 合成音声を聞きながら、リオはブーストペダルを踏み込む。
 重い機体が周囲の木々を吹き飛ばしながら滑走を始める。



 意気込んでは見たものの、数刻機体を走らせても状況に変化はなかった。
「……うーん、何もない」
 勿論何も無いというわけではない。森林があり、山や河川もあった。
 だが、それだけなのだ。
 情報入手以前の問題で、人々の生活している気配すら掴めない。まるで世界で1人だけになった様だ。
 それはちょっと勘弁してほしい、とリオは願う。
 それに問題はそれだけではない。機体の消耗云々以前にもっと差し迫った問題。
 食料の備蓄が少ないのだ。
 リオとて人間である以上、腹も減るし疲れもする。眠くもなれば苛立ったりもする。
 多少、他の人間に比べれば頑丈なだけで、それは空腹とは関係ない。むしろそのお陰で他より多く食べるほどなのだ。
 一応、ACにはシートの後に非常用のサバイバルキット(らしき物)と護身用の物が幾つか置いてあった筈だが、実際の所レイヴンには非常用と名の付く物は不必要だ。
 ACを使用する仕事は早くて数十分。遅くても数時間もたたないで終わる事もある。そんな状況でわざわざ機体に食料を積み込む奴など居ない。第一、機体を捨てて脱出などこの仕事に就いてから一回も行った事がないし、またその行為をした輩の事も聞いた事がない。
 理由は簡単。
 機体を捨てる暇がないのだ。大方機体と一緒に吹き飛んでいる。
 レイヴンとは基本的に一匹狼。数機で共同任務をこなす機会もあるが、その場合でも他のレイヴンを助けるという考えは、一切持ち合わせない。
 任務を失敗するのはその者が弱いからであり、弱い奴は生き残れない。それが暗黙のルールなのだ。
 そして任務に失敗イコール死に直結、が原則的な方程式だ。もっとも死にたくなければ、それ以前に任務を放棄する場合もある。
 何にせよ、不必要な物はコクピットに持ち込まないのが、レイヴン達の間では通例となっている。
 戦闘機動中のコクピットでそんな物の固定が外れた日には、自損事故この上ない。任務失敗の理由が「コクピットの中でサバイバルキットが暴れた所為です」、なんて喋った日には笑い話にしかならない。いや、笑い話なら良い方で、死因がサバイバルキットになるかもしれないのだ。そんな事になっては死んでも死にきれない。
 もっともこれは通例な訳で、もちろん食料その他を持ち込む輩もいる。お守り代わりの代物や、家族の写真などを持ち込んでいる奴も居た。リオの場合、持ち込んでいるのは食料だけではないが。
「……まっずいなぁ」
 なんにせよ、このまま何もなければ先に限界が来るのは機体ではなく自分の方だ。
 燃費の悪い機体同様に、リオの身体は消耗が早い。キット内のレーションではカロリーは補給出来ても、あまり腹が膨れないのだ。しかも量が少ない。
 それにそのカロリーが無くなれば、まともな思考すら出来なくなる。
 脳細胞の高次機能が損なわれ、柔軟な思考、客観的な見方などが損なわれ、変わりに心理的過敏に陥る。空腹の動物の気が荒いのはこれの所為だ。
 閑話休題
 とにかく、状況が一切不明のこの現状でそれは危険極まりない。かといって今ここで食料を尽かせば後々、面倒な事になる。今はまだ客観的な見方が出来るから、もう少し保つようだ。
「う~ん……」
 随分と小さな事で苦悩していると、リオは苦笑する。長い間コクピットに収まっていた所為で、気が滅入ってしまっているようだ。
 気分転換が必要かもしれない。これ以上は息が詰まりそうだし、レーダーにも今のところ反応がないから、少しばかり外の空気を吸っても良いかも。
 そう思い立ったリオは、近場の樹木の影に機体を跪かせると、システムを切り替えた。
 女性の合成音声を聞きながら、コンソールのハッチ開閉システムをポチッと押し込む。空気が抜けるような音が響き、ACの背中が開いた。
 そこから人間が1人乗り出してくる。
 小柄な体をパイロットスーツに包んだその人物は、丁度ACの肩の部分に立つと、頭部に被っていたヘルメットを脱ぎ去る。大雑把に切られた銀髪が零れた。
「んーーーー!」
 思いっきり背伸びをし、凝り固まった身体を解すリオ。
「やっぱ、自然の空気は美味いよ……にしても」
 牢に放り込まれていた犯罪者のような事を呟きながら、改めて周囲を見渡す。
 相も変わらず辺り一面、緑 碧 翠。そして、所々に赤褐色……ではなく、いまや周囲は草木が斑にしか生えていない荒野になっていた。
 もっとも、人の気配がしないのは一緒なので、事態が好転したわけではない。
「はぁぁ……もういいってぇ……」
 げんなりしながら呟くリオ。もうこれほどまで見た事もない景色が続けば、いっそ此処は自分の知らない別世界なんじゃないかと思う。
 確かに、別の世界なら自分が知らない場所であっても不思議ではないし、機体が修理されていた事も頷ける。何か、こう、超次元的な力が働いたという感じで…………。
「アホか……」
 三度、自分にツッコむリオ。というかこれ、癖になってきた。
 しかし、現実問題どうしたものだろうか。このままでは飢え死にという可能性も……。
 ――――。

「っ!?」
 無意味に言葉を羅列していた思考を吹き飛ばし、全神経を一瞬感じた何かに向ける。正確に言えば何か聞こえた。その方向に顔を向ける。
 一切の動きを止め、聴覚に意識を集中する。僅かでも異変を感じ取るために。

―――ォン! ―――!
 聞こえた。今度は間違いなく。
 遠雷のような腹の底に響くような音。一度気付けば、その音は複数存在している事も分かる。
 方角は……西北西。距離にして山数個分と言ったところか。人間にすれば山を越える事など重労働だが、こちらにはACがある。数分も経たない内に音の正体を確かめられるだろう。
 だが、確かめに行くという行動は正しいだろうか。
 レーダーに反応がなかったところを見ると、あちらも恐らくは気付いていない、もしくはレーダー圏外に居るのだろう。接近してきているという可能性もあるが、それならばこちらの手間が省けるだけ。
 そしてこの遠雷のように聞こえてくる音。良く聞けば随分と耳に慣れた音だ。どうやら砲撃音のようだ。上空からの風切り音がないので、自分の方に向かって砲撃している、というわけではなさそうである。
 思わず、唇が笑みの形に歪む。と同時に、残っているカロリーを消費し、脳内の一部で冷静に思考する。
 つまり、この先で戦闘が行われていると言う事なのだろう。規模の程は分からないにしても、それはあまり重要ではない。
 問題はそこに進んでいって戦闘に巻き込まれるのも馬鹿らしいということだ。しかし、この異変に遭遇してから初めて人間に会える可能性を得たのだ。それを失うのも惜しい。
 どうするべきか。
 危険を回避して次のチャンスを待つか、花火の中に突っ込むか。
 積極的に介入すべきか、傍観すべきか。
 向かう場合接続すべきか、未接続か。
 消費したカロリーは今補充しておくべきか、あとに取っておくべきか。
 最後はどうでもいいが、自分で生み出した意見に板挟みされ、悶々と苦悩するリオ。
 それを一押ししたのは、意外な物だった。
 クゥ~と可愛らしい音が腹部から響く。そこで思い出したかのように空腹が襲ってきた。つい腹部に手を当ててしまう。
 その音はリオから思考を剥ぎ取った。
 ……ええい、ここで悩んでたって腹は膨れないんだ。とにかく、偵察だけでもしてみよう。いざとなれば一目散に逃げるだけだ。できれば食料とか分けて貰いたいけど。
 面倒くさくなって複雑な思考を放棄したリオはコクピットに滑り込み、ハッチを閉鎖。機体を立ち上がらせる。
 目の前のモニターに様々なステータスが表示され、一瞬で消え去る。だがそれで充分、内容は全て把握できるのだ。
「メインシステム、戦闘モードを起動します」
 二度目の無機質な声を聞きながら、機体を音が聞こえた方角へ走らせる。僅かに足取りが軽くなったような動きで、闇色の機体は高出力のブースターによって、軽々と山を飛び越えていく。
 だが、自分の向かう先に、必ずしも人間「だけ」が居るとは限らない事に、リオは気付いていない。
 もっともそれが不幸か幸運かは、神の身ならないリオに分かるはずがない。



 後書き
 ここまでお読み頂き有難うございます。筆者のD-03と申します。
 今回は導入編といったところでしょうか。数多あるSS様と同じような展開なのは御容赦頂けると嬉しいです。それ以外は特に変化はございません。
 あと今回は、冒頭の独白にニヤリとして頂ければ筆者としては嬉しい限りです。両方の「AC」を体験されている方でしたら恐らく判る内容だと思いますので。
 さて、次回はヴァルキリーズの登場、BETAの新潟上陸に舞台を移したいと思います。
 では、次回もどうぞリオにお付き合いください。