知ってるか?
レイヴンと呼ばれる人間は3種類ある。
報酬に執着する奴。
企業の狗に成り下がる奴。
ひたすらに強さを求める奴。
この3つだ。
アイツは……いや、アイツらは……。
狭い通路の中を右に左に、機体を切り返しながら前進する。 時にはブーストを噴かし、天井に激突するほど上昇。すぐさま機体の軌道をずらし、眼前に迫った赤い物体を紙一重で回避。
着地後の僅かな硬直ですら、致命傷になりかねない。接地する瞬間に機体を滑らし、衝撃を逃がし、すぐさま前進を再開する。
ロックオンマーカーを頼りに、眼前に迫る物体のみを最小の動きで回避し、時に撃破し進んでいく闇色の機体。
重量級のその機体は、狭い排出パイプの中を必死に逆走しながら、ある場所を目指していた。
目標のである場所の名は、「インターネサイン」。
およそ半年ほど前に突如として出現し、世界に動乱を引き起こした原因である「Unknown」。
通称、特攻兵器と呼ばれるそれらを生み出したのは【新資源】と命名された狂気の産物。
誰が、何時、何の為に創造したのか。そのどれかの答えの1つも手にしないまま、人々はこの狂気を目覚めさせてしまった。
過去を遡れば、この様な状況に陥ったのはおよそ2年前、ED(地球歴)259年に新進企業であるナービス社が、【新資源】と名付けられた過去の遺産を発掘した事に端を発する。
それは、人類が地下に逃げ込む原因となった[大破壊]と呼ばれる地球規模の大規模災害以前に創造されたと推測される、過去の遺産ともいえる超高等技術体の事であり、それは人工知能―――AIまでも生み出す程だったと解析された。
その【新資源】と呼ばれる様になった遺産は、高度の技術を有しており、それを発見、所有したナービス社はその技術を基盤に、大きく技術的革新を遂げる。それこそ名も無き中小企業が、一大トップシェアに躍り出るほどに、だ。
しかしそのような貴重な代物を、他の競争相手が見逃すはずも無く。
翌年、ED260年。世界№1の勢力を誇ると言っても過言ではないミラージュ社が、自社の勢力拡大の為か、企業間競争を制する為か、はたまたただ単に気に入らなかったのか、ナービス社の有する【新資源】に関する調査を強行。これに反発したナービス社への武力行使にまで発展する。
その行動は、事態を静観していたクレスト社、キサラギ社、OAE(企業群管理機構)までをも巻き込み、大規模軍事衝突にまで発展した。
もともと、【新資源】を手にし相手を出し抜こうという考えは、どの企業もが持っていた。ミラージュ社によるナービス社への武力行使は、その考えを表面化させただけに過ぎない。各企業はこぞって騒ぎ出し、知略を巡らし、相手を嵌め、時に裏切り、その【新資源】確保に全力を費やした。
しかしそこまで躍起になっていたにもかかわらず、どの企業の1つとさえ、「ある事」に気付かなかったのだ。
すなわち、[大破壊]と【新資源】の関連。
そして企業間抗争が大詰めを迎え、ついに【新資源】の実体である旧世代の物と思われる制御システムをキサラギ社が起動させた時、それは起こった。
ED(地球歴)261年。突如として全世界に出現した「Unknown」―――後に特攻兵器と命名されるその旧世代兵器は、その異常とも言える個体数を武器に地上社会に攻撃を開始。それはまるでかつて人類を地下に追いやった【大破壊】のようであり、しかし、あわや地上文明が崩壊するという寸前で、それらは出現したときと同じくその姿を消した。
人類の滅亡一歩手前で助かった幸運を喜ぶべきか、折角の超技術の固まりが、人類を殲滅させる兵器だったことを嘆くべきか。
結果として誰もが得る物など何もなかった災害から半年後、後少しで崩壊寸前だった地上社会でも、残存したミラージュ、キサラギ、クレストの三社が新たに「アライアンス」と命名された管理機構を発足。復興に乗り出していた。
しかし、その復興が軌道に乗り始めた矢先、新たな脅威が発生する。
『アライアンスの打倒、そしてレイヴンによる新たな秩序の創出』
極めて簡潔な声明を発したのは、企業による支配を嫌い、人型汎用兵器アーマード・コアを操るレイヴンと呼ばれる傭兵達、彼らによる新秩序の樹立を目的とした「バーテックス」と名乗る武装集団であった。
自らの思想を絶対と考えるアライアンスと、その思想を頭から否定するバーテックス。当然、両者は激突した。
生まれた火種は瞬く間に人や物、あらゆる物体を巻き込み大火へと成長していった。そしてバーテックスはアライアンスに対し、一大攻勢を宣言。24時間というリミットを設けさせ、戦力の磨り潰しを図る。
そしてその行動は、半年前の災害を生き残っていたレイヴン達を、否応なしに戦火へと引きずり込むものであった。
生き残っていたレイヴン達には高額の賞金が掛けられ、誰しもがこの隙に一旗揚げようと野心を燃やす。弱小ながら多数の武力集団も出来た程だ。
しかし、主役は二大の雄。
現場で鍛えられた精鋭のレイヴン達が多数所属するバーテックスに対し、豊富な資金と巨大とも言える企業間体制で数を揃えるアライアンス。両者の対決は、一見して勝敗の付くものではなかった。
だが、またしても両者の思惑の外側に、予想外の事態が起こる。
突如としてその抗争間に現れた所属不明機体。
その機体はアライアンス、バーテックス両者に見境無く攻撃を仕掛け、混乱と破壊を振りまいた。
後の調査でかつての旧世代兵器と判明したそれは【パルヴァライザー】と名付けられる。そしてその機体は、戦闘を繰り返すことによって、驚異的な速度で進化を行う、半ば生物と言っても過言ではない危険な代物だとも判明した。そして、それに呼応するかのように、またもや出現し始めた特攻兵器。
放置すれば、今度こそ人類文明の崩壊が始まる。
そう判断したバーテックスの中心人物であるジャック・Oは襲撃予告時刻が迫る寸前に、パルヴァライザーとその統括機構であるインターネサインの破壊を、未だ生存していた2人のレイヴンに依頼したのだった。
場面は冒頭に戻る。
『下層部に交戦中のACがいるわ』
専属オペレーターであるシーラの静かな声が、コア内に存在するコクピットに響く。初めて出会った頃に比べれば、だいぶ硬さの取れたその声も、今は緊張で僅かに震えている。
「交戦中のAC……ジャック? それともジナイーダ?」
『どちらかはハッキリしないわね。でも、交戦している相手は……』
みなまで言わなくても分かる。この先に待ち受けている物と言えば一つしか思い当たらない。
「パルヴァライザー……かな」
『ええ、恐らくね』
「随分と気が早い事で……っと!? 危なかった……」
軽口を叩いている間に眼前にまで接近していた特攻兵器を、寸での所で回避する。コクピットの中で揺さぶられる小柄な身体。顔面はフルフェイスのヘルメットに覆われ窺えない。操縦者の腰に結びつけられている物がちりんと涼やかな音色を奏でる。
接近する紅い固まりを回避する重量級に設計された機体は、一応直撃にも耐え抜くとは思われるが、さりとてダメージを受け続けて良いものではない。この後に何が控えているか、全く分からないのだ。
『そろそろ目標地点に到達するわ。気を抜かないで』
「了解……」
気を引き締め、操縦桿を握る手に力を込める。
目的地である最下層へと続く排出パイプは目の前に迫っていた。特攻兵器を吐き出し続けるそここそが、中枢部であるインターネサインへと繋がっているのだ。
『中枢に突入。いよいよね……必ず、必ず帰ってきて……』
いつも通り静かながら、僅かに懇願の色を浮かべたシーラの声に押され、機体はパイプへ飛び込んだ。
永遠に続くかと思われた深淵は、唐突に開けた場所によって終わりを告げる。
ブーストを噴かし、落下速度を調節して、床に降り立った。機体の重量を受け止めた脚部が軋みを上げる。
接地した機体が体勢を立て直している僅かの間、目の前に広がる光景に心を奪われた。
「わぁ……」
『これがインターネサイン……なんて大きさなの……』
思わず発した言葉がシーラの声と重なる。
垂直シャフトを抜けて降り立った場所は、地下に建造されているとは思えないほどの巨大さを誇っていた。ビル一つ分程もある巨大な中央構造物に、それを収めて尚余りある広さの空間。部屋の外周円部に先ほど通ってきたシャフトらしきものが走っており、そこを嫌というほど目にした特攻兵器が上昇していく。次々と生み出され、吐き出されていくその姿は、まるで大量発生した昆虫の姿だ。
そして、それを背景にして部屋の中心に6つの光の帯が突き刺さっている。それを辿ってみると、壁面にある装置から壁、そして天井を伝い、中心部に集められている。どのような構造でその光の帯を屈折させているのかは知らないが、どう見ても重要な部分である事に間違いはなさそうだ。
『壁面に6つの熱源を確認。あの装置がこの施設全体にエネルギーを送っているようね』
機体が捉えた映像を解析し、情報を整理したシーラが新たな目標としてデータを送信してくる。
『装置の数は全部で6つ。全て破壊して』
その声と同時に、相手側もこちらを認識してくれたのか。何でもないかのように機体を右に急速移動させた直後、元居た場所に数丈のレーザーが突き刺さる。着弾した床面を溶解させる高出力の光学兵器。おそらく施設内の防御機構なのだろう。
が、如何せん命中精度が悪すぎる。楽々とその攻撃を回避し、エネルギーの源であろう装置に攻撃を加えていく。
1つ装置を破壊するごとに、中心部に突き刺さっている光の帯が1本消えて行く。
それは何故か、消えていく生命の様に見えた。
もっともその命を尽きさせようとしているのは自分なのだが、と苦笑を浮かべ、最後の1つを破壊する。
中心部に残っていた最後の光が消え去り、その後を追う様に、次々と生み出されていた特攻兵器が姿を消した。エネルギーの断絶によって、施設を維持する動力が沈黙したらしい。
『施設の全機能停止を確認。やったわね』
僅かに弾んだシーラの声が響く。これで最後のミッションも成功したのだから、それも当然と言えば当然だ。
『帰還用の輸送機を手配するわ。レイヴン、離脱用のルートを検索するからそのまま待機していて』
言われなくても、とでも答えているのか、暗くなったインターネサインで濡れ羽色の機体は動きを止めていた。
だがよく観察すれば周囲に溶け込むかとも錯覚させるその姿は、待機していると言うよりは、むしろ何かを待っている様だった。
『レイヴン……?』
その不可解な行動にシーラが詰問も込めて呼びかける。しかし帰ってきた声は彼女の望んだ答えとは見当違いの物だった。
「まだ終わっちゃ駄目か……」
シーラの問いには答えず、ただ発されたその一言。
その一言を待っていたか、部屋の上部に幾本も口を開いている排出パイプから、新しい「客」が現れた。
最下層に佇む濡れ羽色の機体と同じ、鋼鉄の人形。紫陽花色に塗装された人型汎用兵器アーマード・コア。構成された機体形状は、細身で優雅ささえ感じさせる。その紫陽花色の機体は各武装の変更点こそ見られるものの、シーラにとっても、そして佇む「先客」に搭乗するレイヴンにとってもよく見知った物であった。
『あれは……さっきのAC……?』
機体に僅かに紫電を走らせながら、目の前に着地する傷ついた機体は、数分前まで激しい戦闘を行っていた事を物語っている。
それも当然だろう。なにせ、この部屋に居るはずの「奴」が居なかったのだ。
となれば目の前の機体が「奴」―――パルヴァライザーと戦闘を繰り広げていたと考えるのが自然な流れだろう。
そして、戦闘を繰り広げていた筈のこの機体が、単機でこの場所に現れたと言う事はそれすなわち、パルヴァライザーの撃破に成功したと言う事実に他ならない。
パルヴァライザーと、その統括機構であるインターネサインの破壊が成功したという結末は、この二機が対峙している時点で明確だ。
静かに向かい合う、濡れ羽と紫陽花。この2機は、見事にミッションを果たしたのである。
だと言うのに、対峙する両者からは作戦を成功させたという喜びは微塵も感じられない。むしろ緊張感が高まっていくのか、両機の間の空気が徐々に硬質化していく。
その空気をうち破るように先に言葉を発したのは、紫陽花色の機体だった。
『お前か……やはりな、そんな気がしていた』
「……」
嬉しそうに紡がれたその言葉の意味を理解する前に、さらに紫陽花色の機体は言葉を続ける。
『私達の存在……それが何を意味するか……これで分かる気がする……』
次の瞬間、紫陽花色の機体から途方もない殺気が叩き付けられる。常人では立っていられないほどの、それ自体が密度を持っているのかと、錯覚するほどに濃密なモノが吹き付けてくる。
それでも濡れ羽色の機体は真っ向からそれを受け止めていた。何故殺気がぶつけられているのかという常識的な疑問は既に頭か消え去っている。
対峙した次の瞬間には砲火を交える。レイヴンとはそう言う存在なのだ。倫理も思想も概念も関係ない、自身が降り立ったその場所を戦場と化する。それがレイヴンであり、それに操られるアーマード・コアの存在意義だ。
『お前を倒し……最後の1人となった……』
その考えを肯定するのか、紫陽花色の機体が腕部に保持する兵装を構え、膝をたわませる。
『その瞬間に……!』
その言葉が耳朶に届いた次の瞬間、紫陽花色の機体が宙を舞った。
軽やかに空中を舞う細身の紫陽花色の機体。
まるで抱擁するかのように迫るミサイル。
頭上から撃ちかけられるマシンガンの豪雨。
軽い発射音とは裏腹に、機体の表面装甲を融解させ、熱量を跳ね上げさせるパルスライフルの煌めき。
そして全てを射抜くハンドレールガンの青白い閃光。
対するは地を滑り鈍重な巨躯を振り回す濡れ羽色の機体。
威力を軽減させた変わりに同時発射数を増したミサイルの壁。
装弾数と連射力で押すマシンガンの暴風。
重低音と共に吐き出される巨大なバズーカ砲弾。
攻防は一進一退を極めた。
時間にして数時間か、数十分か。もしくは数分か、数秒か。
『まだだ……まだやれる!』
前方を舞う様に飛行する紫陽花色の機体。その機体から聞く者を惚れさせる、それでいて明確に殺意を持った力強い声が発せられる。
その声と同時に、相手の右手に握られている兵装が甲高い音を立て始めた。
その音を聴覚で認識し、全身の産毛が総毛立つ。
本能的な感覚に従い即座に反応し、ブーストペダルを底抜けするほど蹴り込む。素直に素早く機体は反応し、その重量級の機体を無理矢理後退、向けられた砲口の射線軸上から離脱する。
一瞬後に目の前に着弾する青白い光弾。
ハンドレールガンから放たれた砲弾が、恐るべき速度を持ってして一瞬前にいた地面に突き刺さる。その着弾箇所は砲弾の持つ運動エネルギーを吸収しきれず爆発。クレーターを形成した。
いくら装甲が厚いとは言え直撃を受ければ無事では済まない。しかし必死で操る機体もそろそろ限界に近い。右腕部は既に損傷し、武装の命中精度は極めて悪い。散々至近弾に晒された頭部も同じで、視覚野に投影される映像には部分的に砂嵐がまぎれる。
操縦桿を握る手が、グッショリと濡れており、頬から冷や汗が滴り落ちた。
追い詰められている。分が悪い。重量級と軽量級じゃ機動力が違いすぎる。
端的に結論づけよう。かなり拙い。
何度も接続しようと思った。死ぬ位ならそっちの方がマシ。そう感じていた、そしてそう考えていた筈なのだ。
しかし実際には、純粋にレイヴンとして、『人間』として、この機体のパイロットとして操っている。
何故か?
そんなの分からない。ただ接続という行為が全てを掛けて挑んでくる目の前の相手に、とても失礼な気がしたのだ。
そんな事を言っている場合ではないと何度も言い聞かせる。死んだら元も子もないのだ。
だが、頭では分かっても心が反応しない。
落ちる冷や汗、背筋に氷塊を滑り落とされる様な恐怖感、総毛立つ産毛。噛み締めた唇からは声にならない音が漏れる。
だが、漏れたのは悲鳴ではなかった。
「ハ……ハハ…」
喉が引き吊るっているような笑い声。恐怖のあまりおかしくなったのだろうか。
そうではない。楽しいのだ。生死を賭けたギリギリの戦いが。
それは汎用人型兵器「アーマード・コア」、通称ACを操る者、レイヴンと呼ばれる者のみが感じることの出来る、狂った喜悦。
そして次第にその笑い声は高く、大きくなっていく。
まるで壊れた機械の様に、嬉しそうに、楽しそうに、悦ぶように、その笑い声は止まらない。
その声に反応してか、目の前の紫陽花色の機体もさらに機動に磨きが掛かる。
『終わらせる……!』
聞こえてくる言葉と共に青い閃光が機体を掠めて飛び去り、背後の壁にまたしてもクレーターを形成させる。それに続く様に迫ってくるミサイル。
まるでそれ自体が意志を持っているかの様に、回避行動を行うその先に、さらに先に次々と着弾する。それに紛れて襲ってくるパルスライフルの火線。それすらも布石と思わせるマシンガンの来襲。
光学と実弾を混ぜ合わせた豪雨が迫る。
逃げ切れるわけがない。
衝撃。
身体を揺すられながらも回避運動を続行。機体のステータスが視界の隅に表示される。
右腕大破武装破棄、左腕小破、脚部小破、頭部中破。
およそ傷の無い所は無いと言わんばかりの状況説明。やはりこの重量級の機体では避けきれない。
右腕兵装は既に破棄し、左腕兵装は弾数が心許なく、背部兵装に至ってはミサイルは弾切れ、もう一方の兵装は構える暇すらない。このままではいずれ、光学弾と実弾の雨に追いつかれ、蜂の巣にされるだけだ。
早々にケリを付けなくてはいけない。このままでは長時間の戦闘には耐えきれない。そしてそれは機体の強度を無視して高機動を行う相手も同じ筈だ。
「……………はぁ」
そう思い立って、溜息が漏れる。
機体の状態に、ではない。この戦闘が終わる事が残念に感じたのだ。もはや純粋に戦闘を楽しんでいる。
いったい何処まで狂っているというのか。次の瞬間には死んでいるかもしれないと言うのに。
だが、彼らにその言葉は無粋なのだ。むしろ正しい姿だと言うべきなのかもしれない。
力と力のぶつかり合い。相手より一歩先を読み、相手に手の内を読まれぬよう行動する。機体の状態など関係ない。気持ちが折れた方が、意志の弱い方が負ける。
機体の調子が悪かった、などとは言い訳に過ぎない。そして負けると言うことはその言い訳する機会すら永遠に失われると言うこと。
例え機体がボロボロであっても、僅かにでも動くので有れば、それは戦闘が出来ると言う事。相手に、牙を突き立てられるという事。
そして、その状態で勝利を得るには絶対的な自信と驚異的な諦めの悪さ、そしてそれに答えるだけの操縦技術が必要。
弾薬が1発でも、装甲が1ミリでも残っていれば、勝利を得る事が出来るのだ。
それは1と0の世界。極めて近く、限りなく遠い世界の事象。
そしてそれは原始的な、あまりにも美しい戦。2匹の猛獣の様に、2振りの刀の様に、2丁の銃の様に、互いに存在を認め合い、その存在を抹消しようと死力を尽くす、そんな光景。
そしてその光景も、やがては終焉を迎える。形ある物に必ず滅びが訪れるかの如く。
目の前を舞い、左前方から迫ってきていた紫陽花色の機体が目の前を横切り、右手前方に一瞬着地する。その隙を逃さず、機体を右回転させつつ、ロックオンサイトへ。視覚に連動したシーカーが紫陽花色の機体に重なる瞬間、引き金を引いて、左手兵装であるCR-WH05BPを発射する。選択弾種は対装甲弾頭。ACの頭部ほどの大きさがあるバズーカ砲弾が、轟音と共に飛び出す。
着地直後は衝撃吸収硬直のため、一瞬動きが停滞する。そこを狙えば弾速の遅いバズーカでも直撃させられる。
その筈だった。
降り立ったと思われた紫陽花色の機体は、今までの滞空行動で付いていた慣性を無理矢理殺し、地面から反発する様に左に飛び、砲弾を回避する。しかし、一瞬その空間に残った左腕に直撃。上腕から下を引き千切る。さらにその衝撃で左半身が後方に流れる紫陽花色の機体。相手は体勢を崩した。
自機の正面で体勢を崩した相手。それを確認した瞬間には、機体の背中に内蔵されている高出力推進装置、通称オーバードブーストの作動スイッチを押し込んでいた。
ジェネレーターに蓄積されていたエネルギーの大半をつぎ込み、爆発的な加速を生み出す装置が、まるで今までの鬱憤を吐き出すかのように咆哮する。次の瞬間には、ドンッと大気の壁にぶちあたる音が聞こえた。
パイロットの体をシートに無理矢理押しつけ、さらに押し潰すのではないかと錯覚させる程の殺人的加速。
それは音速に迫る世界。周囲に飛び散っていた破片が奔流する推進剤の余波を受け、吹き飛ぶ。
ようやく、体勢を立て直した紫陽花色の機体にそのまま突っ込んだ。それに答えるのか、残った右手を持ち上げブーストを噴かす相手。相対速度の変化によって劇的に距離が縮まる。
ロックオン警報が鳴り響く。おそらく相手もだろう。だが、まだ撃たない。
巨大な破壊力を持つバズーカか。驚異的な弾速を持つハンドレールガンか。互いに必中距離まで引きつける。
ふと、奇妙な感覚に襲われた。自分を含めて周囲の光景がスローモーションの様にゆっくりと後方へ流れ始めた。それと同時に相手の右手が青白く発光し始める。レールガンへの充填作業だ。
距離は200弱。回避されるかもしれない、だが命中するかもしれない、微妙な距離。
迷わず、引き金を引いた。
コクピットから伝わった信号に機体が反応し、左手に命令を下す。バズーカの引き金が引かれ、撃発が薬莢部の信管に接触し内部の火薬を爆発。その爆発を力として巨大な砲弾が送り出された。ほぼ同時に相手の右手も煌めき、青白い光が自分と相手を繋ぐ直線空間を走ってくる。
交錯する光と鋼の固まり。それは偶然にも同一直線上で交わり、その結果、互いを喰らい合う。
純粋な貫通を目的とした運動エネルギーに対して、衝撃と爆発を破壊力に使う砲弾は分が悪かった。砲弾を貫通し、爆炎を発生させたレールガンの閃光は、その威力を削がれながらも迫っていた機体に着弾する。
コア前面装甲破損。同時に衝撃によってオーバードブーストが停止。だが、貫通力の削がれた光弾ではそれまで。コア中心部のコクピットまでは被害が及ばなかった。
自身の運の良さに唇の端を吊り上げ、警告を上げるジェネレーター状態を無視し、さらにブースターを噴かす。
そして爆炎を抜ける寸前にバズーカを破棄。残されていた左手兵装を装着する。
爆炎を抜けた先には、紫陽花色の機体が密着できるほどの距離で迫っていた。撃ちかけられたマシンガンの火線が機体を揺らし、最後まで持っていた頭部をも吹き飛ばした。
砂嵐となったメインモニターはもはや意に介さず、ほとんど条件反射で左腕を構え、胸の前に持ってきて右から左へ、一気に振り抜く。
もしも、相手が一歩でも退いていれば、そして自分から見て左側に存在していれば、外れ居たであろう攻撃。
だが結果として密着同然の状態で放たれた蒼色の一閃は、紫陽花色の機体の腰から入り、コア下半部を深く薙いで、そのまま脇腹から抜けていた。
そこはACにとって最も重要なパーツであるジェネレーターが収まっている場所。駆け抜けた高出力のエネルギーの光刃はそれすらも焼き払っていた。
先程までの騒がしさとはうって変わって、一切の動きの停止する二機。片方はエネルギーが底を尽き、緊急冷却すら行なえず熱暴走を起こしており、片方は間もなくその機能自体が停止しようとしている。
異常高温の警告が響くコクピットの中。唐突に終わりを告げた狂乱に、思考を呆然とさせながらも視覚に映る映像に意識を向ける。
そこに映るのは崩れ落ち片膝を付く紫陽花色の機体。それでもその機体は、最後の力を振り絞りカメラアイをこちらに向けてくる。
最後の一時まで、強烈な意志を孕ませた視線をはずさない。その考えに機体が答えているのか。勝った、という感慨は存在せず、ただ空虚を感じ、呆然としてその姿を目に焼き付ける。
力尽きる寸前でありながら、目の前の機体からは、ハッキリと言葉が紡がれた。
『私はただひたすらに……強くあろうとした……』
雑音まみれの声。
『そこに私が生きる意味があると信じていた……』
もうすぐそこまで死が迫っていると感じさせる、壮絶な覚悟を決めた声。
『やっと追い求めていたものに……手が届いた気がする……』
それでいてどこか嬉しそうに、喜びという感情を織り交ぜた声。
『レイヴン……その称号は……お前にこそふさわしい……』
最後にそう呟き、紫陽花色の機体は前のめりに倒れる。
爆炎が、弾けた。
それが収まった後には、紫陽花色の機体の、彼女の存在を示す物は何一つ残っていなかった。
『彼女の伝えたかった事……何となくだけど、私にもわかる気がする』
全てを見守っていたシーラが呟く。少し悲しそうに。
それでも次の瞬間には、オペレーターとしての冷静さを取り戻し、普段通りの口調に戻っていた。
『さぁ、帰りましょう。みんな待って……』
それ以上の声は聞こえなかった。
酷使し続けた代償か、それとも既に損傷していたのか。
緊急冷却用のエネルギーさえ尽きていたジェネレーターは、上昇する機内温度に耐えきれず熱暴走を開始。その身を、自ら発した熱量で崩壊させていく。
コクピットに鳴り響いていた警告音が消えた直後、視界が閃光に包まれた。
……ちりぃん……
後書き
初めての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりです。D-03と申します。
まずはこの場を借りて掲載場所を提供して下さったべやろう様に心よりの感謝を。何分遅筆ではございますが、ご迷惑は掛けないよう精進して参ります。何卒宜しくお願いいたします。
さて、私自身処女作というわけではございませんが、なにぶん素人同然の執筆ですので、物語の展開上ご都合主義や超展開が発生するかもしれません。さらにこの作品には多数のオリジナル設定、キャラクター、独自解釈などが含まれます。また執筆上、少々エロティック及びグロテスクな表現を含む場合がございます。
上記の内容に嫌悪感を抱かれる方はどうぞご注意ください。
なお、加筆修正と言うことで題名を「終わりと始まり」から「N・G」へと変更させていただきます。意味合いに関しましては本編で晒すつもりですのでお待ち下さいますようお願い申し上げます。
では、次回もどうぞ、リオにお付き合いください。